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初恋 2
しおりを挟む昼食とともに交渉と聞いていたので、てっきりフォルクハルトとアルノーと三人での話し合いなのだとカミルはてっきり思ってたが、その場に居たのはアルノーのみでありフォルクハルトは街の散策に出かけて取り分については、アルノーに一任するとのことだった。
フィーネは一見とても好意的に思っているような笑みをアルノーに向けつつ、その目にはどのようにこの土地にプラスになるように交渉しようかとバチバチとしたやる気がみなぎっていた。
丁寧に並べられた素材たちを眺めながら会話をして、食事を食べ終わるころにやっとアルノーから切り出した。
「……君は少し警戒しているようだが、どうかそれほど気負わないでくれ。こうして宿と食事の世話にもなっている、多くを望む気はない」
言われてフィーネは、少しキョトンとした後に、あからさまに予想外でありとても理解できないという顔をした。カミルが白魔法を使って心を読んでみると、フィーネはその人当たりがよさそうな笑顔の内側で、まるで嫌いな人に向けるような恐怖といら立ちを感じていた。
『……そうやって、私に恩を売ってどうするつもり?いいえ、それともしばらくここに滞在するつもりなのかしら?どちらにせよ、意図がわからないわ』
「それに、君と俺の仲だろう、緊急時にはいつでも連絡してくれてかまわない」
その気難しそうな外見からは想像がつかないような、屈託のない笑顔を浮かべるアルノーにフィーネは「……ええと、その、どうしましょうかしら」と遠慮しているような少し困った笑み返す。しかし彼女は心の中で、あまりよくない感情を膨らませていて、珍しいこともあるものだと思う。
フィーネは割と他人の機微に聡い方だ。昨日から感じていたがアルノーはそれなりにフィーネに好意的に接しているような気がする。しかし一方で初対面が悪かったとはいえ、フィーネは心の中でアルノーに決して悟られはしないが敵対心を向けている。
「遠慮しなくていい、昨日の話もどうか前向きに考えてくれ」
頼むと言わんばかりのアルノーの声音に、フィーネがさらに、彼を恐ろしく思っているのがわかって、なんだか二人の会話……というか意思疎通ができていないような気がして、カミルは魔物の毛皮の手触りを確かめつつフィーネの心を読んだ。
『ああ、そういう話なのね。もしかして、私が彼のものになってからも美味しい思いをさせてくれるという、示唆なのかしら?でも流石にそれほど、甘い考えは持ってないのよ』
……なーんか飛躍してる。
『そうね、それに、昨日ははっきりしなかったけれど、そういえば、彼は私の力を使いたいのか、それとも私の血筋が欲しいのかどちらなのかしら、もしくは両方?』
……今日も考え過ぎてるなー、現実よりずっとおしゃべり。
「でも、無償でというのはやっぱり、私の心が落ち着かないの。よければ偶然生まれたこんなものがあるのだけど……」
「なんだ?」
考えていることと会話がごっちゃになってきて、よくフィーネはこんな器用なことをしているなとカミルは思う。
フィーネが合図をするとロミーが小さな箱を持ってきて二人の間に、先程のフィーネの瞳の色に染まった美しい魔石を置いた。
小さな箱に、白い布が敷かれ美しい魔石が光をはらんでキラキラと輝いている。
その魔石を見て、アルノーの動きが一瞬、止まる。それをまじまじとのぞき込んでから、一旦落ち着くようにアルノーは食後の紅茶を一口飲んで、フィーネに視線を戻す。
「私が欲しいのでしょ、これで代用は効かないかしら?」
ハーフアップにしている髪を少し耳にかけて、フィーネは少し悪い女のようにそう言った。
『それができるのなら、これをどうにか作れる方法を探して、渡せばいいのよ。それで取引として助けてもらうことができる』
……なるほど、そういう算段ね。
しかし、やっぱりカミルが懸念していたことは、それでは起こってしまいそうだったが、とにかくこのアルノーという男の目的を知る必要があるだろうと思う。
「……確かに、君に近い親和性を感じるし、懐かしいとも、思うが……君の代用にはならないだろう?」
「そう、かしら」
『やっぱり血筋が欲しいのね。どうしよう。それでもいいと昨日は思ったけれど、上手い手口が思い浮かばない、それにこの人たまに、距離感がおかしいと思うし、それに私よりずっと立場が上だし、なにより、なにを考えてるかわからないのよ』
……そりゃ、相手も今君がこんなこと考えてると思ってないと思うよ???
彼女の思考についつい突っ込みを入れてしまったが、やっぱり心のなかだけでおしゃべりな彼女は少し面白い、しかし確かにアルノーは何を考えているのか分からないが、カミルはそんなに悪いやつだとは思えなくて、彼を見た。
彼はまだ騎士としては若いし、それにロジーネの話では気難しく女嫌いという話だったが、以外にもフィーネには、その少し堀が深く整った怖そうな顔を一生懸命に緩ませて、気に入られようとしているようにも見える。
まったくフィーネと面識のない彼女の協力者なんて、こんなに好意的であっただけでもまたとない幸運を引き当てたと思うのだが、フィーネはアルノーのことをそんな風には思えていないようだった。
そんな彼は、その小さな魔石を眺めながら言う。
「しかし、惜しいな。その石もとても気に入ったのでできれば報酬としてそれだけでも貰っていこうかと思ったが、君の代わりにはならないからな。諦めるか」
心残りがあるのかアルノーがそんなことを言って、フィーネはさらに意味が分からないと、少しだけ表情に出したがすぐにほほ笑んで、言葉を紡ぐ。
カミルは流石にもう、彼女の感情を読むのはやめた。たぶん、すごく長い事を考えていそうだったから。
「いいえ、こちらでよければ差し上げるわ。むしろ、あれほど早く助けに来てくださったのにこんなものでよいか不安なぐらい」
「何言ってるんだ、ありがたい。これで、たとえ君が俺の元に来てくれなくてもすこしは……ほんの少しだけはましになる」
出来れば口に出している言葉から、フィーネの考えていることを察したかったが、この会話内容では、まったくわからないのでカミルが大人しく、彼女の心を読むと、やっぱり濁流のごとく沢山の感情と言葉が流れてきて、少し頭が痛くなった。
どうにか要約すると、子も産ませて力も存分に使いたいという事??と、とてもそんなわけがない事を考えていたのに、フィーネの心の中の説明を聞いているとそんな気もしてくる。
しかしそれは、こじつけの考察みたいにパズルでがっちり固められていて、それは彼女が自分の感情を押し殺すときによくやっていることだった。
けれどもその魔石を手に入れたアルノーは、とても大切な壊れ物でも手にするようにそっと触れて、嬉しいんだか、悲しいんだかわからない、そんな顔をして、笑みを浮かべた。
……これって、単にフィーネに惚れてるだけじゃ……。
心底愛おしいような表情で、魔石を見つめてそのまま、上品な仕草でデザートを食べるフィーネのことも同じように見た。
小さな口が生クリームたっぷりのケーキを食べるのを見ているとついついニヤついてしまうのをアルノーはフィーネにばれないように口元に手を持ってきて、バレないようにしながら眺めて居た。
そんな時でもフィーネは頭の中で
『私の力については彼にとって一定の価値があると仮定してもよさそうね。それに言い方からして彼は何か追い詰められているのね。そうすると身内に精感の問題を抱えている人がいるなどの可能性が浮上するわ。ああ、思い出すのよ。彼の家族構成は……頭を回すには糖分が大切よ、フィーネお腹いっぱいでも食べなくては━━━━
とこれまた、長い思考が繰り返されていた。
ただ単に、先程のアルノーの発言は、好きな人が自分を選んでくれなくても思い出せるものがあるだけ幾分マシという意味だとカミルにだってわかったが、フィーネはそれからずっと、なんとも疲れそうな会話をアルノーと続けるのだった。
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