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人間らしい裏切り 12

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「……」

 しかし、考えを改めなければならないだろう。元の地位に戻ることを望むだけでは、この人は協力してくれない。

 それに同じことを望まれていようとも、ハンスとベティーナの幸せの下にある不幸はフィーネを殺す。しかし、この男の望む幸福の下にあるフィーネの不幸はどの程度のものだろうか。

 ……だめよ。なんでも言うとおりに明け渡すから、助けてなんて言ってはダメ。いくら、まともそうに見えたのだとしても、男の人というのは女の人をゲームの駒だとか美しいお花だとしか思っていないのよ。

 打ち取って手駒にしたら、どんな仕打ちをしてもよい。

 気に入ったら勝手に手折って生命を縮ませても良い。

 そんな風に思っている。ならいつまでも、手に入らないように、物言わぬ花のように力なき存在にならないように画策しなければならない。

「……望みを言って、私を助ける条件を、それ次第で、私も答えをかえるわ」

 ベットから立ち上がって鉄壁の笑顔でフィーネはそう言った。フィーネはいつだって、感情の読みづらい表情をしているが気を張るとそれはさらに顕著になって、まったくフィーネの感情は顔に反映されない。

 その強気ともとれる台詞にアルノーは少し思案して、それから、心底真面目な顔をして、口を開く。

「君が欲しい。今更だろう?」

 ……では、元の地位に私が戻ること自体がこの人の目的にそぐわないというわけね。完全に私という調和師の家系の生き残りの所有権が欲しいのだわ。

 しかし、それなら、フィーネは少しでも好待遇を手に入れるために画策することで、死という回避しなければならない未来を変えることができるかもしれない。

 そうなれば必要なのは駆け引きだ。フィーネがフィーネを明け渡すだけの条件を確約させて、アルノーがフィーネをどうとでも出来ないようにしなければならない。

「そう。……少し時間をちょうだい、考えるから」
「ああ……その考える余地が生まれただけ、俺は嬉しい、いつまでだって待つさ」

 彼はそう言いながら、身を翻してフィーネの部屋を出ていく。

 ここでがっついてくれれば、フィーネに有利な条件を飲ませることも容易だったのにと思う。地方貴族とはいえ、やはり国を動かすだけの力を持っている貴族である。そう簡単には思い通りになってはくれないのだろう。

 しかし、彼に取り入ってなんとか命の保証ぐらいはしてもらえるとして、そうしてハンス達の手から逃れて生を手に入れたとして、フィーネの人生にいかほどの価値があるだろうか。

 ……そうなったとき。私はやっと目的を探すのかしら。よく考えてみたら、私は自分の未来を知った時、希望と同時に生きる目的も失ったのね。

『暗いこと考えてる。そんなの、生きてれば見つかるんじゃないの?』

 カミルは首をこてんとかしげながら当たり前にそういった、さらりと彼の金髪が揺れて、自分よりも低い視線と少年らしい仕草に緊張がほぐれる。それから、はあ、と息をついてベットに腰かけた。

 それから、カミルの言ったことを考える。生きていれば、見つかるそういった彼には、何か目的があるのだろうか。

「……カミルは?やりたいこととか、目的はあるの」
『僕? 僕はないよ。だって死んでるようなものだし、君を救うくらいかな』

 平然とそう言う彼に、フィーネはなんだかすごく悲しくなった。だって、こうして普通に目の前にいて話をしていると、つい彼のことを、普通の未来ある子供のように思ってしまうのだ。

 だからやりたいことを聞いた。でもそれは、とんだお門違いで彼は人ではなく、未来もなければ目標もない、それはとても寂しくて、遠い存在のように思えた。でもふと疑問に思う。

 ……あれ? でも、死んでるようなものって事は、実際は死んでいないのよね。

 ただの言葉の綾かもしれない、まったくもってもう生きてなんていないのかもしれない、しかし実際は生きていて、死んでいるようなものと言っているのであれば、まだ救いはあるのではないかなんて望みの薄いであろうことを考えてしまった。

「生きていたら、もし、貴方が生きていたら、どんなやりたいことを見つけていたと思う?」
『そーだな。……うーん。認めてもらえる存在になりたい』
「それはまた、抽象的ね」
『うん、でも、そうなの。誰かに、存在を許してほしい、いや、もう無理だから、許してほしかったんだよ』
「……どうしてもう無理なの?」
『手遅れだから』

 説明する気のないカミルのセリフに、フィーネは、これ以上聞くことができなくなり、カミルは気にせず話を続ける。

『ね、ね!目的がないならさ、こんなのどう?』

 言いながらカミルはとてとてと走っていって、先程までアルノーが座っていたテーブルに飾られている買ったばかりの一対の花瓶に触れて、フィーネに笑顔を向ける。

 花瓶は相変わらず美しく、見ているだけでとても幸せだ。買って自分のものにできて心底良かったと思う。それにフィーネが眠っている間に、ロミーがいけてくれた真っ赤なチューリップが一本ずつ仲睦まじく咲いている。

『これを渡せるような相手を探すとか、もちろん恋人じゃなくてもフィーネの大切な人なら誰もいいと思うけどさ』

 ……渡したいと思う相手を探す。

 この完成した美しいものの片割れを渡す相手、それはきっとフィーネにとってとても重要な相手になるだろう。そして、骨董屋の亭主が言ったように、そばに寄りたいまた一つに戻したいと望んで渡す相手。

『見つけたら今度は、一つに戻せるようにするって、そしたら、今度はそのままずっと一緒にいる、目標がいっぱいだね!』

 ……確かにそうね。

 それはとても素敵で良案のように思えた。

 けれども、そんなとても前向きなことを言う彼には未来がなく手遅れで、その些細すぎる、存在を認めてほしいという願いすらも叶わない。それがやっぱり、悲しくて、フィーネは考えた。

「そうしようかしら。とてもいい案ね。カミル」
『でしょ~?それにしても、いい買い物したね』
「たしかに、この先の目的を買ったも同然なのだからいい買い物だったわ」

 ふふっと笑って、カミルに感情を読まれないようにしゃべり続けながら、叶うかも変わらない目標を立てた。

 ……カミルを助けたい。

 前のフィーネができたのだから、きっと今のフィーネにだってできるはずだ。そして、それはきっとカミルの望みを叶えるための足掛かりになるはずだ。

 決意を胸に秘めて、明日からは魔物の出現についての処理が山ほどあるので早々に会話を切り上げて眠りにつくことにした。不安なことも、未だに残る恐れもあるけれど、忙しいというのは悪い事ではない。

 明日からも二つの目標のために頑張れるよう、瞼の裏に映る魔物の記憶などかき消して眠りについた。




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