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人間らしい裏切り 10
しおりを挟む助けに来てはくれた、しかしフィーネのことを重要視したり、意思を尊重してくれるわけではない、そもそも、そういう風に大切にしてくれる人間をフィーネは母親とカミル以外は知らない。
だから、多くの人がそうであるように、肩書や外見で人を判断するのは良くないとわかっていつつも、カミルや母のように、フィーネの助けになってくれる人間ではないのだと断定した。
それに初対面であるはずなのに口調だって荒々しいし、フィーネより二回りくらいは大きいのだ。そんな人間に凄まれては、ただ静かに言うことを聞く以外の解決策をフィーネは持ち合わせていなかった。
「……申し訳、ありません」
小さく謝って、ベットの淵にフィーネは腰かけた。その素直な行動とよそよそしい口調に、強く言いすぎたのだとアルノーはすぐに気が付いて、片膝を床につき、フィーネを怖がらせないように、見上げてやった。
「? どうされたのですか、やめてください。貴方のような方に膝をつかれるなど私の立場では、恐れおいのです」
そんな気遣いにフィーネはまったく気が付かずに、さらに怯えたような顔をして、怯えて小さくなった。なにしろ怖かった。こんな下手に出られて、とんでもない要求でもされるのではないかと、勘ぐった。
そうでなければ立場のある人間が目下の者にそんなことをするはずがない。今日、恐ろしい目に遭った精神的なストレスと、実際に負っている傷がどんどんとフィーネの顔色を悪くさせる。
「……いや、こうするべきだと思ったから、やっている。それに、立ったままでは体勢がつらいだろう」
掴まれていた傷のある方の手をアルノーは跪いた体勢のままその深緑の瞳を白ませて魔法を使う。光が傷口にまとわれて、痛んで痛んで仕方がなかった、その傷の痛みが、見る見るうちに楽になっていく。
「白魔法は経験があるか?あまり、傷口は見ない方がいい」
言いながら、男性らしい大きな手で、ちまちまとフィーネがドレスの裾で応急手当をした布を外していく。傷がこすれて少し痛みがあったが、その痛みも最小限になるようにアルノーは配慮しているように見えた。
それに傷もフィーネから見えないように、手で覆い隠し、フィーネのことを見上げて、ぎこちないながらも笑みを見せた。
「治すのには少し時間がかかる。すまない、こうして触れていることを今だけは許してほしい、ただでさえ君は……」
言いかけて、アルノーは少し間を置く。フィーネは彼という人物がまったく分からなくて、落ち着かないまま視線をあちこちに移動させていた。
「いや。ややこしいことになっているのだったな。フィーネ。フォルクから、君の置かれている立場についてあらかた話を聞いている。初めから理解してやれなくてすまない。こんな身の上だ、貴族情勢についてはあまり詳しくなくてな」
「……」
彼の人間性については先程、断定したのに、今はまったく違う一面を見せている。
話を聞いていてもアルノーはそれほどあらっぽい言葉を使わないし、命令口調でもない。傷もこうして治してくれている。今の彼だけ見てみればフィーネに好意的ともとれなくない、それにやはり彼はフィーネの本当の身分をきちんと理解していると、言い方からして察することができる。
「そのうえでの君からのコンタクトだったのだと思えば大方、予想のはついた」
説明する手間がかからなくてありがたいと思いつつ、であればどんな取引を持ち掛けるのが正解だろうか考える。痛みが引いて、起きてから時間がたつと頭も冴えて、状況を正しく理解することができた。
目の前にいる彼、アルノーはフィーネのことが欲しいのだ。
それはきっと先程のフォルクハルトのようにフィーネの持つ人格だったりもしくは、血筋からくる力が欲しいのかもしれない。
フィーネはきっと後者だろうと大方の予想をつけた。だって、そうであった方ほうがこうして、フィーネを知ったように話すのにも理解ができる。正真正銘の初対面のはずで、前のフィーネも彼のことを知らなかったと言っていたカミルの言葉を考えると、フィーネの生まれ事態にフィーネの価値を見出している人なのだろう。
それは、フィーネが今出せる唯一の手札であり、調和師の力はきちんといまでも、毎日お祈りをして、備わっているはずである。
それをうまく引き合いに出して、立場を確保する方法をこの男から引き出さなければならない。
……しかし、よく考えてみると、カミルは前の私はアルノー様のことを知らないといった、それなのに、彼が今ここにいる理由は果たして何故だろうか。
『そりゃ君は前の君とは違う行動を起こしたでしょ、だから、君の事助けたいと思ってるアルノーが優先的に君の元に来るのは、必然でしょ?よかったぁ、確かに未来は変わりそうだ。でもどうするの?この人、なんで君を求めてるのかわからないね』
……そうね。でもたぶん、調和師の力だと思うの。ロジーネがその力を欲して調べていたから、私の正体に気が付いたようにこの人もその力を欲しているから調和師について知っていて、私が本物のエルザの娘だってわかる。
『なーるほど?しかし、優しいね。君に気でもあるんじゃない』
…………いいえ、これはきっと、私を欲しがる理由である調和師の力をより少ない労力で使わせるためだわ。できればこの人に借りを作りたくなかった。
『……そうかな。同じ白魔法使いだと、読みずらいんだけどアルノーの感情、読んでみようか』
心情的にはお願いしたかったが、理性の方では、それをしないでほしいとカミルに言ったのは私だと自分を諫める。それから、少し視線を上げて、感謝を伝えつつもフィーネは自分のためにそういうことはしないでほしいと思っていると、優しい気持ちでカミルを見た。
『そっか、まぁ、もう少し、話してみたら?』
そういいつつ、カミルはすこし疑問に思った。フィーネは愛情深いタチだ、それに他人にも寛容。カミルがフィーネの意思にそぐわない事をしようとしても感情をぶつけるように怒ったり、相手を無理矢理その考えに合わせようとはしない、頭は固いけれども柔軟な人物だ。
しかし、そんなフィーネの彼に対する見方が、少し斜に構えているというか、いつもの偏屈さと頑なさが増している気もした。
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