上 下
40 / 137

人間らしい裏切り 2

しおりを挟む



 二つの対になった一輪さしは横並びで置くと水の流れを表すように細工同士がつながっていて、その合間に小さなダイアがちりばめられている。

 見入ってしまうほどに美しくて、亭主であるグレゴールがそばまで来ていることに気が付かないでいた。

「いつもそれを見ているだろう、お嬢さん」
「……そうですね。バレてしまっていましたか」
「今日はやっとこれを買いに来たのではないのかね」
「いいえ、これはその、恋仲の相手ともつものでしょう? 私には、そういった相手はまだ……」

 一番最初に思い浮かんだのはハンスの顔だった、しかし、彼はこんな控えめなプレゼントを喜んでくれるとは思えなかったし、すでに、彼に対しては残念という気持ちはあれど妹のベティーナとは違って執着もない。

 だから、やっぱりこれを買えるような状況ではなかったのだった。

「……持ち手の感情は自由だが……一つ、作ったものとしてアドバイスをするのなら、これはそうなりたい相手に贈るためにもっておくのも良い。二つで一つ、ならば一つの状態で完成されて愛でるのもよし、また一つに戻したいと願う意味で贈るにも良い。考え方など自由さ」

 しゃがれ声で言う老人にフィーネは、別々に同じものを持つことによって周りに自分たちの関係をアピールすることがお揃いを持つ理由だと思っていたが、そばに寄りたい、共に生きていきたいのだと望んで渡すのだって、ロマンチックな気がした。

 それでよいのならば、そういう相手ができた時に片割れを渡せばいい。

「物には、相性の良い持ち主という者がいる、何度も欲しいと望んでいるのなら、その運命はお嬢さんにあるのかもしれん」

 いつもはまったく無口なグレゴールだったが、今日のフィーネはいつもと少し違う気がして、老婆心で少しだけ元気づけようとそんなことを言った。

 そんな気遣いにフィーネは胸が温かくなって、これだけでも思い出の品になりそうだと思い購入を決意した。

「そこまでおっしゃってくださるなら、こんな歳になってもまだ、愛した人がいない身の上ですけれど、買わせてもらいます」
「まいどあり、簡単に包装しよう、それまで他のものでも見てまっておれ」
「ええ、ありがとう」

 フィーネは、丁寧にケースからとり出される、一対の美しい花瓶をみてそれが手に入るのがとてもうれしくて、帰りに花を買って帰ろうと思った。

『良いこと言うじゃん、このおじいさん!』

 カミルが老人の手に持って運ばれる一輪さしをまじまじ見つめながら、そんな風に言ってフィーネの後ろをついてくる。フィーネは心のなかだけで、そうね、素敵だわと返事をして、今日ここに来た目的である、ロジーネへのお土産を探そうと店の中を散策して、手作り感のある、金色の羽の刺繡があるポーチを見つけた。

 それら二つを購入して、カランとドアベルの音を立てながら店をでる。

 外に出てみると何やら商店街自体が騒がしい事に気が付いた、その喧噪
が聞こえてきたのか、店の中からグレゴールも顔を出し、商店街の向こうの方から、走ってくる若い兵士と思われる青年の声が聞こえてきた。

「危険な魔物がこちらに向かっています!!皆さん家の中に非難してください!!既に王都に精霊騎士や魔術師を要請しています!!家の中に入って扉を施錠してください!!」

 けたたましく叫びながら、兵士の青年は大通りを駆け抜ける。騒がしいと思ったのは、さっさと店じまいをしている物音や、家の扉の前に重たいものを移動してバリケードを作っている音だった。

 ……魔物?!今日はお父さまは居ないというのに!

 フィーネはその声を聴いてすぐに状況を理解して焦りつつも駆けだす。

「まて!嬢ちゃんここに避難すればよかろう!!今から戻るのは危険じゃ」

 しかしすぐにグレゴールに腕を掴まれて、フィーネは今は老人でありはするが、昔は職人として働いていたグレゴールの力強さと眼力に一瞬もひるむことは無く、安心させるような笑顔を浮かべた。

「こんな非常時だからこそ、私は屋敷に戻らなければなりません!この領地を統べる一族の義務ですから」
「……」

 こんな小娘に何ができるのかと、グレゴールは言いたかった、しかしそれでも、守護する者の役目だと言い、その行動に覚悟があるフィーネの目を見れば否ということは出来なくて、「きっとまた顔をだすんだよ、お嬢ちゃん」と好々爺のように言って、するりと手の力を抜いた。

「ええ、必ず。行こうカミル」

 カミルに声をかけて、来た道を戻っていく。騒がしく守りを固める商店街に非常事態なのだとひしひしと感じながら、ひた走った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私の幼馴染の方がすごいんですが…。〜虐められた私を溺愛する3人の復讐劇〜

めろめろす
恋愛
片田舎から村を救うために都会の学校にやってきたエールカ・モキュル。国のエリートたちが集う学校で、エールカは学校のエリートたちに目を付けられる。見た目が整っている王子たちに自分達の美貌や魔法の腕を自慢されるもの 「いや、私の幼馴染の方がすごいので…。」 と本音をポロリ。  その日から片田舎にそんな人たちがいるものかと馬鹿にされ嘘つきよばわりされいじめが始まってしまう。 その後、問題を起こし退学処分となったエールカを迎えにきたのは、とんでもない美形の男で…。 「俺たちの幼馴染がお世話になったようで?」 幼馴染たちの復讐が始まる。 カクヨムにも掲載中。 HOTランキング10位ありがとうございます(9/10)

(完)妹の婚約者を誘惑したと言うけれど、その彼にそんな価値がありますか?

青空一夏
恋愛
 私が7歳の頃にお母様は亡くなった。その後すぐにお父様の後妻のオードリーがやって来て、まもなく義理の妹のエラが生まれた。そこから、メイドのような生活をさせられてきたが特に不満はなかった。  けれど、私は、妹の婚約者のライアン様に愛人になれと言われ押し倒される。 横っ面を叩き、急所を蹴り上げたが、妹に見られて義理の母とお父様に勘当された。 「男を誘惑するのが好きならそういう所に行けばいい」と言われ、わずかなお金と仕事の紹介状をもたされた私が着いたのは娼館だった。鬼畜なお父様達には、いつかお返しをしてあげましょう。  追い出された時に渡された手紙には秘密があって・・・・・・そこから、私の人生が大きくかわるのだった。    冷めた大人っぽいヒロインが、無自覚に愛されて幸せになっていくシンデレラストーリー。 残酷と思われるシーンや、気持ち悪く感じるシーンがあるお話には★がついております。 ご注意なさってお読みください。 読者様のリクエストによりエンジェル王太子の結婚を加筆しました。(5/12)   

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里
恋愛
 その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。  婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。  しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。  ――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)  ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。  しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。  今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部) 全33話+番外編です  小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。 拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。 https://www.pixiv.net/users/30628019 https://skima.jp/profile?id=90999

処理中です...