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愛情の形 3
しおりを挟む硬い石畳の道を数時間かけて歩いて帰ってきたフィーネをビアンカが玄関ホールで待ち構えて、可愛い娘の顔に泥を塗った事を酷く𠮟りつけた。それからビアンカは装飾のたくさんついた重たい扇子でフィーネの頬を強くたたいた。
それでも、穏やかに謝罪を続けるフィーネに、やっと従者がビアンカを止めに入って、フィーネは自分の部屋へと下がる許可を得ることができた。
しかし、その程度ではビアンカの気が収まらず、しばらくは、食事を与えないと、フィーネの専属の側仕えであるロミーを通して伝えられた。
フィーネはロミーが何もされていないか、そして気にしなくてよいということをロミーに伝えて、部屋に一人になった。
カミルはそんな一連の流れを見ていて、納得した。
前のフィーネはあまりにもひどい扱いを受けても感情を乱して怒ったりしなかった、それについてカミルは、彼女が気が弱いからなのだと思っていたが、王宮に閉じ込められる前からこんな生活を送っていたのなら、仕方がない事だったのだと思う。
今のこの場所も、あの彼女が死んだ王宮の幽閉部屋と、貴族の地位を持っているということ以外は大差ない。
知ってしまえばそれだけのことで、そしてフィーネにとっては当たりまえに思っている事なのだと思う。
……僕には、人らしくあってほしいと常識を説くのに、フィーネは、ビアンカやベティーナに普通の対応を求めることもしなければ、君は、今更こんなことで傷ついたりもできないんだ。
「カミル、出てきてくれない?私、魔法について気が付いたことがあるの」
執務机に腰かけて、まったくカミルがいる場所とは別のところに問いかけるフィーネに、カミルは、今はフィーネと話をしたくなくて、その問いかけを無視して、姿を現さないまま彼女のそばに寄った。
「……カミル?いないの?」
カミルは、魔法の事なんかよりもっと、彼女には考えるべきことがあるはずだという思いの方が強かった。
調和師の魔法についての話は聞いてみたかったが、そんなことよりもビアンカに打たれて青紫に変色している頬や、ヒールでずっとあるいたことによって真っ赤に染まっているかかとの方が、どう考えても重要なはずで、それを無視して、笑顔を浮かべるフィーネの事を怒ってしまいそうだった。
「こんなこともあるのね。どこに行っているんだろう」
独り言を呟いて、彼女は柔らかい部屋靴に履き替えた足元に目線を落とした。
「……手当しておかないと。しばらくは外出用のパンプスは履けないわね」
言いながら立ち上がって、フィーネは救急箱を取りに向かう。
……そうだよ。そっち、君に今重要なのはそっち、魔法の話なんていつでもできるし、痛くないわけ?
やっと、重要なことに気が付いたフィーネに、今なら怒ったりせずに話をできそうだと、姿を現そうとすると、ノックもなしにフィーネの部屋の扉が開かれた。
「!……ベティ」
「……」
入ってきたのはフィーネのかわいい妹であり、こんな負傷を負わせた張本人であるベティーナだった。そのせいでやっと手当をしようと行動を起こしていたフィーネが立ち止まって、彼女の方へと歩み寄ってしまう。
……なんで来るんだよ。この外道女っ。
フィーネには言っていないがカミルはベティーナが心底嫌いだった。それこそ気を抜いたら黒魔法で呪い殺してしまいそうなほどに嫌いだった。
だって、こんな傷をフィーネに負わせても当たり前にフィーネの部屋に来るし、前のフィーネと側にいた時からそうだが、彼女はまったく悪びれない。それどころか許して当然という顔をするのだ。しかし、今日ばかりは少しは反省しているのか、妙にしおらしい表情をしていた。
カミルはそれを見て、もしかしたら前のフィーネといた時よりベティーナも幼い、フィーネが動いたことによって、彼女も少しは何か変わるのではないのかと希望を持った。
「……帰ってきたと聞いて……その、母さまに愚痴を言ったのは私だけど、少しひどいわよね……それに馬車を途中で下ろして、ごめんなさい」
ベティーナはフィーネの部屋に入ってきて、フィーネを上目づかいで見ながらそう謝った。フィーネはその謝罪にパチパチと瞬きして、ふにゃっと笑い、すぐに「気にしてないよ」と許す。
そんな風に簡単に許すフィーネにカミルは若干嫌な気持ちになりつつも、それでもベティーナが変わろうとしているかもしれない事のだという方に考えを切り替えて、もしかしたらそちらの方面から、未来を変えられるかもと、希望的観測をした。
「やった!絶対そういうと思ったのよ、うふふっ」
「そうね。貴方に謝られて、許さない事なんてありえないわよ」
「姉さま大好き。そうそうこれ!途中で買ってきたの、きっと姉さまに似合うと思って」
しかし、直後のベティーナの発言に雲行きが怪しくなって、態度が急変したことにカミルは眉を潜める。
ベティーナはこの部屋に来た時から持っていた紙袋から、箱を取り出して、フィーネに開いて見せる。
「……可愛い靴ね」
「でしょう?今度外出するときにはこれを履いて?きっと似合うわ!」
「ええ、ありがとう。わざわざ買って来てくれて」
カミルも一緒にその靴を覗き込んだ。
それは今日フィーネが履いていた物よりもヒールが高く、履くのに苦労しそうなものだった。それに、靴自体もとても可愛らしいデザインでフィーネにはまったく似合わなさそうだった。
「ねえ、履いてみて?私に見せて?」
狙ったようにそう言うベティーナにフィーネは少し黙った。
「ねえ、良いでしょう?それとも姉さまは私が謝ったのにまだ許してくれていないの?私に意地悪するの?」
ベティーナは悲劇のヒロインのような顔をしてねだる。そんな彼女にフィーネは仕方ないとばかりに笑って「いいえ。すぐに履くわね」といい、ティーテーブルの椅子に腰かけてベティーナから箱を受け取った。
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