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崇高な愛 10
しおりを挟む準備といっても、屋敷に常駐している御者にロミーに連絡をしてもらい、キースリング侯爵邸へと送ってもらうだけなのだ。本来なら招待状を持って行くべきなのだが、乗ってゆく馬車が招待客の家紋が入ったものなら不用意に入口で止められることもないはずであるし、無駄に着飾る必要もない。
それに着飾って自分の立場をアピールしてしまうと、流石にベティーナに怪しまれてしまうので、いつもの落ち着いた色の普段着のドレスのまま、フィーネは馬車に乗った。
今日の元の予定である勉強も家庭教師に用事があるといえば不用意に止めることもなく、フィーネを送り出してくれた。
ここでフィーネの行動を妨害してこないということは家庭教師までフィーネを陥れようとしているわけではなさそうだ。
これから変化する可能性はあるにしても実際に行動を移してフィーネを貶めようとしているのは、ビアンカ、ベティーナ、ハンスそれから、父でありタールベルク伯爵であるエドガーの三名で間違いないだろうということを確認して、フィーネは馬車にガタゴト揺られて、キースリング侯爵邸へと向かった。
そのあいだ、いつの間にかカミルは姿を消していた。
居てくれた方が安心ではあるのだが、人がたくさんいるところでフィーネにしか見えない彼がいると、つい話しかけたりしてしまったり、居たらいたで苦労しそうなことを考えると一概にどちらがいいとは思えなかった。
小さなハンドバックを握りしめて、窓の外を見た。
到着したお屋敷は、侯爵邸だけあって大きく高い塀に囲まれ、中には美しい庭園が広がっていた。
中に入るときに門番に聞いた、西側のトピアリーの美しいガゼボの近くへと馬車を止めてもらう。すると低木に囲まれたお庭の中から、貴族令嬢たちが遅れて到着する者がいただろうか様子を窺うように顔を出した。
……鈍感にならなきゃ。
今からとても非常識な事をするのだ。そうならなければ上手くやれないだろう。しかし、もうすでにどんな反応をされるのか想像してしまい、心臓がうるさく鳴り響いていた。それでも、時は止まってくれない、やるしかないのだ。
馬車を降りたところで、ロミーも連れて来ればよかったと後悔したけれど、彼女も急に予定を入れられたら困るだろうと思うし、フィーネの生活を支えてくれる彼女に無理をさせるのは得策ではない。
様子をうかがっていた令嬢たちは、小さく小首をかしげたり、こそこそと会話をしていて、フィーネが石畳を歩いて、ガゼボに到着するころには、今回のホストであるキースリング侯爵令嬢が令嬢たちを引きつれて、フィーネの元にやってきた。
「……お初にお目にかかります。ロジーネ様。先触れのない突然の訪問、申し訳ありません」
ドレスの裾をつまみ上げて、お辞儀をする。キースリング侯爵令嬢であるロジーネは、神経質そうな黒曜石の瞳をやや怪訝そうにしながらも一応は細めて、女性らしい笑みを浮かべた。
「……タールベルク伯爵令嬢、フィーネ様で間違いありませんか?」
「ええ、代わりの者がすでにうかがっているとか存じますが、どうしても本日、ロジーネ様にお目にかかりたく参りました」
「そう、ですか。ベティーナ様をこちらに」
そばで様子をうかがっていた令嬢の一人に、ロジーネはそう伝えてフィーネの事を観察するように見据えた。フィーネもロジーネとは初対面なので、どういった人であるかを知るために、彼女を観察する。
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