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欠落令嬢 7

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 今日のハンスとのお茶会は大失敗だった。失敗の理由をノートに書き連ねて次はもっとうまくやろうと、必死で対策を練るのに、結局また会えるのは一年後の建国祭の時かデビュタントの時ぐらいだろうと思う。

 行事の流れとして、建国祭があった後にデビュタントが行われる。なのでこの春の時期には、貴族は王都に集まって、その一連の行事が終わるまで王都にあるそれぞれの館で過ごし、地方に領地をもっている貴族たちも、社交界に参加し、情報交換をするのだ。

 社交界に参加できるのは十六歳になってからだ。

 ハンスはフィーネより二つ年上なので一足先に、その貴族の世界へと身を投じている。

 来年からは婚約者であり、将来、王妃になるものとして隣を並んで歩くのだ。だからできるだけ今年のうちかもしくは、来年の建国祭の時までには、仲をどうにかしておかなければならない。

 しかし、今の状況は万策尽きたともいえる。

 ここ数年、フィーネはどうにかハンスと良好な関係になろうと、努力をしてきた。

 週に一回は、読むのが疲れない程度の手紙を送り、たまにビアンカに頼んで、贈り物をしたりもしていた。そのほかには、謁見の申し込みもしたし、時には、魔法の勉強や練習に励んで成果を上げようとした。

 けれどもそのどれもが目障りだという、ハンスの言葉に一蹴されて、後は、これ以上は何もしないという選択肢以外が無いほどであった。

 インクをつけて、対策案を何とかひねり出そうとするのに、いい案など思いつくはずもなく、ただただ、進まないペンを睨んで時間が過ぎていった。

 気が付けば夜も更けて、もう眠らなければ明日の予定に差し障る時間だった。それに、いくらショートスリーパーなフィーネであっても三時間睡眠を三日も続けていると頭がぼんやりしてくる。

 焦る気持ちを押し殺してベットに入る準備をする。ハーフアップにゆるく縛っていた髪をほどいてブランケットをたたみ、灯りにしていたランプの炎を絞る。

「……」

 消えそうに揺らめく光は、ベットに向かう途中、ドレッサーの上に出しっぱなしにされていた、母の形見であるガラスケースに反射した。

 小さく角にひびが入った貴重なガラスでできた美しい箱。

 それがなんだか異様に目を引いて、少し物悲しい気持ちになりながら、手に取ってベットに入った。

 サイドテーブルにランプを置いて、それから、ぼんやり眠たげな眼で、ガラスケースの小さなひびをなぞる。

 そんなときにふと、昔の母の記憶を思い出した。彼女はフィーネとよく似た美しい夕日色の瞳をしていて、夜のランプの光に照らされると、とても美しく輝くのだ。

 そんな彼女が、フィーネに教えてくれたことがある。

『いい?フィーネ。私たちはこうして祈るのよ。これが、私たちに彼らが力を貸してくれる条件になる』
『じょーけん』
『ええ、そうよ。魔力を込めて祈りをささげる。そうすれば、私たちは力を使うことができる』
『ちから』

 幼いながらに、母の言葉を復唱して、必死に理解しようとしていた。今ではその意味だって分かるが、母の家系の力が実際に使われていたのは、もう数十年も前のことである。

 今は、精霊との間を保つ役割など必要なくなっていると聞いた。魔法を使う力を与えてくれる精霊は、血筋によって多くがその力を施す相手を決める。その研究結果が国王に承認され出されてからは、フィーネたち”調和師”の力は必要とされなくなった。

 だから、母が私に伝えたかったのは、祈りをささげるという事の大切さだったのだろうと思う。

『多くの魔術師が自分についてくれている精霊のために祈りをささげるでしょう?火の魔法が得意なら、炎へ、水の魔法が得意なら、聖水へ。けれど、私たちはすべての、精霊のために、虚空に祈りをささげのよ』
『こくうっ』
『そうよ。このガラスケースはそのために作られたもの、きっと大きくなったら貴方にも送るわ、私の愛おしいフィーネ』

 母との思い出はここで途切れている。

 確かに祈りは大切だとは思うが、最近は精霊に祈りをささげる習慣もだいぶ薄れて、そんなことをしているのはよっぽど高齢な人物か、相当に信心深い人だけになっている。

 それに、外国から入ってきた、新しい宗教団体の布教も進んでいるし。

 しかしそうなのだ。この箱はクッションを敷いて、アクセサリーケースにしているが元来は、祈りの用途で作られた特注のもの。

 フィーネの分も作ってくれると約束したのにそのまま旅立った母に、フィーネは、少しだけ反抗的な気持ちになって、祈りをささげるのをやめていた。

「……でも、これじゃもうアクセサリーケースとしても使えないわね……」

 そうなると、後は本来の使用用途しか残らない。ひび割れていても、その中にある空に祈ることができれば祈りは、成立する。

 フィーネの血には、調和師の血が流れている。しかし、その力の使い方や知識については母の実家であるバルシュミューデ侯爵家が解体されてしまったので、継承者がおらず、すべて忘れ去られてしまっている。

 残っているのは、フィーネとその祈りの手法だけ。


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