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欠落令嬢 2

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 いくつか分岐点はあったように思うのだ。途中でなんとか、逃げ出せる可能性も、あったはずなのだ。

 けれどもそのたびにフィーネは失敗した。間違えた。それにもとより、昔から、知識ばっかり詰め込んでいて碌に社交界に顔を出していなかったので協力してくれるような人物がフィーネにはいなかった。

 しかし、悔やんだって仕方がない。母親であるエルザが死んだ時から、ずっとその地位を狙っていたビアンカに仕組まれていたのだから、この状況はさもありなんといったところだ。

「……、……」

 視界がぼやけて涙がにじむ。ここ最近は、ベットから起き上がることすら、できなくなっていた。

 ……あの日に、一言でも、ビアンカは、エルザお母さまではないと言えていたらなにかが違った?

 フィーネの母親である、エルザはとても病弱で、あまり貴族同士の交流をすることができない人だった。それを逆手にとって、ビアンカは娘を使ってまで根回しをして、エルザに成り代わった。ビアンカという名前を捨てて、そうして伯爵夫人の地位を手に入れてしまえば、あとは、一目瞭然だったのだろう。

 フィーネには、美しい金髪も愛らしいローズピンクの瞳もない。エルザに成り代わったビアンカから、それらをすべて受け継いでいる、ベティーナはまごうことなくビアンカの娘だと誰が言わなくともわかる。

 フィーネの立場をベティーナがかっさらったのはそういうカラクリがあったのだ。
 
 だから、あの日、あの場で、そう言えてさえいれば……。

 そう考えてみるけれど、きっと庶子の戯言だと、一蹴されていただろうと、頭の中で冷静な自分が言う。きっとそれもその通りで、きっと、すべてがどうしようもなく、こうなってしまったのは必然だ。

 涙を流すと、喉が渇いて、最後に少しでも水が飲みたいと、ベットのサイドテーブルに手を伸ばす。母親に似て、あまり丈夫ではないこの体は、もう先が長くない。

 それは誰に言われなくとも理解ができていた。

 手を伸ばした先には、空っぽの水差し。既に取り替えてくれる世話役は居ない。

 子を産めなくなったフィーネは、ハンスにとってもベティーナにとっても不要の存在だった。いくら、貴族である、フィーネの立場に成り代わったといったって、ベティーナは庶子であり魔力がとても少ない。子供も同様のはずだ。

 それを補わせるために、フィーネは監視が厳しく逃げ出すことのできない、王宮の奥深くに捕らえられ、子をなすことを強要されていた。

 しかし、ストレスから流産を繰り返し、そのせいで体が弱り切った彼女を二人は、用無しになったとばかりに、放置して、それ以来ずっと、誰も来ない部屋で衰弱していくだけであった。

 夢見ていた王妃という、自分の居場所。早くに母親を亡くして、父親に愛されていない子供というのは総じて、居場所がない。フィーネは、だからこそ将来手に入る、国母という立場のためにまい進してきた。

 一度だってわがままを言わなかった、王妃になる器でなければならないということを引き合いに出されれば、お母さまからもらった大切なドレスを、ベティーナにあげることだって苦ではなかった。

 そうなのだ。望まれれば、フィーネはただ、望まれさえすれば、あんな手段を取らなくとも、ベティーナを許してあげられたのだ。ただ、そこに居場所さえあれば、それでよかった。

 そんな些細な願いしかないフィーネはすべてを奪われて、寂しい簡素な部屋で、今際の際を迎えようとしていた。

 次第に薄れていく視界、手をひっかけていた水差しが転がって、カタンッと床に落ちる。

 かび臭いベットに突っ伏して、瞳を閉じる。

 終わりがやってくるのだと悟って、小さく息を吐いた。

『……望みをおっしゃい。忘れ形見』

 死を待つだけのフィーネの耳に、嫋やかな女性の声がした。瞳はもう、瞼が重くて開かない。誰なのだ、とか、どうしてここに、という質問をする暇もないようで意識に霞がかかって、まどろみの中に溶けていく。

『今際の際の戯言、このわたくしが、叶えて差し上げますわ』
「……、っ……」
『口にするだけでよくてよ。さぁ、わたくしに答えをくださいまし』

 そっと手が触れて、するりとフィーネの頭を撫でる。すると、少し頭が冴えるような心地がして、このまま何も言えずに、死んでいくはずだったのが一言だけ発する、動力をくれる。

 フィーネは声を出そうとして、しかしそれは声になってはいなかった。少し前に引いた酷い風邪のせいで上手く発音することもできなくなってしまっていた。

 しかし、声にはならなくても、強く願って口を動かした。ゆっくりと懸命に。ひび割れた唇が小さく裂けて血がにじむ。

 ……やり、直したい。

 ヒューヒューと喉が風を切る音を鳴らして、力尽きる。

 やはり、声にすることは出来なかったが、それでも少女の声は言う。

『その望み聞き届けましたわ……』

 その声音は優しくてなんだか安心するとフィーネは思いながら、意識を失った。それが永遠の眠りであることを理解していても、決して抗うことなく、安らかに眠りに落ちた。


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