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しおりを挟む昨日とまったく同じ勢いでそう言い放つリディアにロイは、様々な感情が駆け巡った。
そもそも年下の女の子にあんな風に言ってしまって傷つけただろうとか、これで本当にどこにも行く当てがなくなって暮らせなくなったらどうしようとか色々なことを考えていた。
だけどとにかく、傷つけた事は事実で謝って、慰めるぐらいはしなければならないだろうと考えていたのに、彼女は能天気にロイの元へとやってきて今度は側近にするのだと威張っている。
一瞬、斜に構えて、どこまでも能天気で、ロイの気持ちなどまったく伝わっていないのかと穿った見方をした。
しかし、これならどうかとこちらを見る視線はロイの事を伺っている様子で、その瞳にうつる不安の色に、ロイは、すぐにただの思いやりだと気がついた。
「どうかしら、わたくしは確かにこのお屋敷のお嬢様ですの。でも、ロイはそのお嬢様の大切な側近よ。それなら、ここにいて当たり前、わたくしのことお嬢様扱いして当たり前……ですの」
「……」
「”家族”はロイにとって凄く大切なもので、わたくしはそうはなれないって理解しましたわ。だったら、どんな形でもいいんですの。ここにいてロイが寂しくないならなんでもいいんですのよ」
その考えに至ったまでの過程を一生懸命に話すリディアにロイは、思わず、鼻の奥がジンとして涙を浮かべていた。
天真爛漫で今のロイにとっては当てつけにも思える愛情に守られて育ってきた彼女に、嫉妬する気持ちなどすぐに消えて、優しさが心にともって温かかった。
「っ……ふっ……ぅ」
「!」
「っ、く……っ、」
思わず泣いてしまったロイに、リディアは目を丸くした。
まさか、側近になれと提案して泣かれるだなんて想像していなかったし、もしかするとどこか痛いのかもしれない。
声を殺して泣くロイに、リディアは恐る恐る近づいてそのまま手を伸ばした。
頬に伝う涙を幼いちいさな手で拭った。
彼はひどい顔をしていて、やつれたその頬をよしよしと撫でた。
涙はどうこらえようとしても彼の瞳から零れ落ちてしまうようで、ロイは泣きながらも息を整えてリディアに言った。
「……っ、ありがとうございます。昨日はひどい事を言って申し訳ありませんでした」
涙ながらに言うロイはほんの少しだけ笑みを浮かべていて、リディアはこの考えが正解だったのだとやっと安心できた。
「良いんですのよ。だってわたくしたちの正解の関係を見つけるのに必要なことだったんですもの!」
「……っ……はぁ、はい、リディア、お嬢様……」
安堵したようにリディアを呼ぶ彼に、リディアも少し寂しかったけれど彼が落ち着いたようで良かったと思う。
「その調子ですわっ、わたくしも立派なお嬢様になりますのよ~!!」
本当は家族のように仲良くなりたかったけれど、ロイにとってそれは最も特別な関係でリディアはその枠に入れない。
その事実は幼いリディアには寂しいものだったが、すぐに貴族の側近がいるお嬢様の魅力に気がついた。
これはまるで最上級の貴族のようで楽しいではないか。高い身分の人には、貴族の側近が幼いころからつくことがある。それみたいでとっても楽しい。
「ロイも立派な側近になるんですのよ。まずわわたくしとゲームで遊ぶのですわ」
「……」
これでやっとロイと気兼ねなく日々を過ごせると思い、リディアはにっこり笑ってロイに言った。
しかし彼は、リディアの入ってきた扉の方へと視線を向けて長考した。
その視線を追ってみれば、リディアの専属の侍女が恐る恐るといった様子で部屋の中をのぞいていた。
「その前に、先に、朝食では無いでしょうか?」
おずおずと言ったロイに、リディアは、想定と違うぞと少し首をひねった。
もっと日がな一日中彼と遊んで楽しめるはずだった。
真面目な顔をしてそういう彼に、リディアはそんなことよりゲームをするための屁理屈を考えたけれど「一緒に行きましょうか」と言って手をひかれて嬉しくなってゴキゲンについていった。
側近の言う事を聞いてやるのだって、きっと立派なお嬢様への第一歩だ。
そんな風に考えたリディアは、ロイの言う事を聞くようになった。
側近というよりお目付け役のようになった彼は、しばらく後に使用人たちからも親しまれゆっくりとこの屋敷になじんでいった。
両親にはロイを側近扱いするなとリディアは怒られもしたが、そんなことは気にせずに、リディアはロイに居場所を与えることに成功した。
しかし、気持ちが落ち着いた後でも、ロイは頑なに側近という体をとりつづけてリディアも特に何も言わずに、月日が流れるうちに二人は元からずっとこういう関係だったと認識するようになっていったのであった。
そんな昔の出来事を思い出して、リディアはついつい赤面しそうになった。だってロイは、あんな風になっていても仕方がないような状況だったし辛かっただろう。
しかし、幼いころとは言えリディアは周りが見えてなさすぎた。
つらい状態のロイに関わりまくったのも今で考えればナンセンスだし、いくらお嬢様と言われたからと言って唐突に側近にするのだと言い張るのも性格が悪い。
断れないかもしれないなんてことを何も考えていないあほの行動だ。
……はぁ……昔の自分を振り返るというのは、たしかに羞恥心を掻き立てられることばかりですわね。
ロイが赤くなる理由をリディアはあまり理解できていなかったが、こうしてきちんと思い出すと彼に同意できるかもしれないと思った。
……それに、ロイがわたくしの事をそれで認めてくれたからよかったものの、そうでは無かったら一大事になっていたかもしれませんのに、浅慮が過ぎますわ。
思い出せば思い出すほど、もっとうまくやれるような気がしてくるが、はあっと息をついて高く広がる空を見上げた。
心地よい魔法の風が吹いていて、仕事をする平民たちの声が聞こえてくる。
とりあえず考えていても仕方ない羞恥心は忘れることにして、リディアは、幼い彼から読み取れる大切なことを思い起こす。
昔のリディアとのやり取りからわかるように、ロイは家族を特別視している。幼いころに離れ離れにならなければならなかったのだから当然だろう。
しかし今は、お互い自分で生活の基盤を作れるほど立派なになって大人になった。
共に暮らしたいと望むならば、それを阻む壁はリディアとの結婚ぐらいで他にはない。
だからこそ、その気持ちに揺れていて、リディアを好きだけれど望まないのだろうか。
愛情とは求めることだ、結婚していてすでに契りを交わしている。しかし、今更ながらロイの心がどこにあるのか悩んでしまう。
リディアはあの時同様に家族以下の存在で、ロイにとって実際の家族の方が求めるに値する人々なのかもしれないと考えてしまう。
しかしどんなに考えてもこの場所はのどかで、ゆったりと時間が進んでいく。
……それでもロイは、一緒に帰ると言ってくれたわ。それに、あの時よりわたくしはずっとうまくやれますもの。このトラブルが収まるまで彼を待ってあげることなど造作もないですわ。
気持ちに余裕をもってリディアはそう考えた。煮詰まるまで考えてもいいことなどない、気軽な方がずっと楽しくていい案が浮かんでくるはずだ。
今やれることがないなら、気楽に構えたらいい。何もお互い嫌い合っているわけではないのだから。
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