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しおりを挟むワインを嚥下する姿にまた、周りの騎士がおお、聖女が酒を飲んだぞと沸き立つ。
すぐに口から離して想像していた味と違ったのか、顔をしかめる彼女にリディアはくすくすと笑った。
「なに笑ってるんですっ、リディアが言うから飲んだのに!」
「ええ……少し飲んだ程度ではなんともない、ただの飲み物でしょう?」
「う……まぁ、うん。まずいけど」
「飲みすぎなければね、良かったんですわ。自分の主軸をどこに置いているか間違えなければ、お酒を人生にしてしまうことは無かったと思うんですのよ」
だから、お酒がある世界も、普及しているという事実も、作り手も悪くない、結局はそれを手にした人間の問題だ。
馬鹿な男の顔を思い出した。彼は、自分の力でその主軸を自分の人生に戻せただろうか。
考えても仕方がないし、リディアには関係ない。しかし、ふと気になってしまってから、このことを考えるのはこれで最後にしようと、心に決めた。
「?……どういうことですか」
「貴方の旦那様はそれを間違えていたかという話です、お酒は目的ではなく手段だったのではないですの?」
「手段……」
目の前にいるオーガストは会話に無理に入ってくることは無く、忠実な犬のようにただそこにいてエイミーを見ていた。
初夜の直前に嫁に逃亡され、機会を逃し、挙句に騎士団を連れて捕まえようとする彼が何を考えているのかリディアにはよくわからなかったが、話を聞いた限りの印象で、緊張を紛らわすためだったのでは、と示す。
それに、よく考えてみれば、言葉を交わさないということは、なぜ突然嫁に逃げられたのかも理解していない可能性がある。
しかし、示してみても、二人は自発的に話そうとしない。リディアもここからどう動かそうかと考えながら酒を煽った。
なんせ今日のお酒はただ酒も当然だ。こんないいものを飲まずにいてはもったいない。
グラスを開けるとロイが注いでくれて、またワインを揺らしてゆったりと飲んだ。
しばらくの沈黙の後に、先に口を開いたのはオーガストだった。
彼はエイミーの事を鋭く見つめてはいるものの、できるだけ怖がらせないようにという配慮か、王族らしくソファーにふんぞり返ったりせずに、腿の上に手を置いて背中を丸めたまま、エイミーに言った。
「自分は……君が何を思って自分の元から去ったか、きちんと把握できていない。しかし、決して君を手放す気はないし、事を急ぎすぎたというのならば、自分は君から要望があるまでただ善良な夫であるように努めたいと思っている」
「……」
「君が消えたことに気が動転して、ここまで騎士を動員して攻め入った事には謝罪しよう。ただ、やっと結婚することが出来たんだ、どうか戻ってきてほしい、後生だ。エイミー」
……お固いですわね。
それに、わたくしに対する威圧的な態度のかけらもないではありませんの。攻め入ったことを謝るなら、わたくしに謝ってほしいですわ。
しかし、それでも言葉の端々から、エイミーに対する情が伝わってくる。彼の思いは本物だろう。エイミー自身もきっかけがあって飛び出してきてしまっただけで、彼が嫌いというわけではない。
ここはキチンと嫌だったことを伝えて、お互いに納得できればいいのだ。
……それにしても、言葉を交わさずによくこんな尽くす男を捕まえたわね。
リディア、そんな事を考えながらもエイミーの返答を待った、しかし彼女は難しい顔をしているだけで、答えない。
その様子にオーガストは落胆して、それからリディアをぎろりと見た。
話が違うではないかそんな声が聞こえてきそうなほどのまなざしに、リディアは敏感に反応してにんまりと笑った。
……あら~?? なんだか偉そうな態度ですわねぇ?
エイミーとの会話をつなぐことも、もちろん問題無いしそれが目的ではあるが、なんせ、あんな窮地に立たされて、一発勝負のぶつかり演技をかましたのだ。
屋敷の使用人にも無理をさせたし、流石にロイだってひやひやしただろう。なにより、彼にはきちんとリディアの事を尊重してもらっていない。
あの場ではリディアの方が圧倒的に不利だったので、無理には望まなかったが、今この場では、真剣にエイミーを好いている彼からすると、立場は逆転しているはずだ。
それなのに、そんな偉そうな態度をとっていいのだろうか。
リディアはニコーッと笑みを浮かべたまま、彼に首を傾げた。すると、リディアの主張を察した様子で、ぐっと人相の悪い顔をした。
「あら、怖いですわ。やっぱり、エイミーが話をできないのも当然かもしれませんわ」
「っ、」
彼は第二王子なのでリディアは彼に滅多なことは言えない。
しかし、察しの良い彼にそんな様子では、エイミーとの仲を取り持たないと間接的に伝えることは出来る。
すぐに意図を組んで、苛立たし気に眉間の皺を濃くする彼に、リディアは心地よくスカッとした気持ちになって、ワインも美味しいし最高だった。
「……エイミーの友人である伯爵令嬢にも、謝罪する。脅すような事を言って悪かった」
「……リディア・クラウディーですわ。オーガスト王子殿下」
彼の謝罪にリディアは真剣に言った。名前を忘れてもらっては困る。
このクラウディー伯爵家が聖女エイミーとオーガスト第二王子の仲を取り持ったときちんと覚えてもらわなければ。
リディアの言葉にオーガストはさらに鋭い眼光のまましばし考えて、それから、重たい口を開いた。
「クラウディー伯爵令嬢、すまなかった」
「はい。気にしていませんわ」
彼の口からきちんとした謝罪を引き出したところで、リディアはエイミーに優しく言った。
「エイミー、聞いていたでしょう? オーガスト王子殿下は自分の非を認めて謝罪をきちんとしてくれる話のわかる方ですわ。貴方の要求もちゃんと聞いてくれるはずですの」
「……」
「気持ちは伝えなければ相手に取って、存在しないのと同じですのよ。知ってもらって初めて、尊重してほしいと主張できますの、文句を言うのはそのあとですわ」
少しお酒が回って、いつもよりもおっとりとリディアは言った。
その言葉にエイミーも納得ができたのか、オーガストに向き直るが、またリディアの方へとすぐに視線を向けて耳元にこそっと言った。
「でも、今まで喋ってなかったのに急に喋って嫌われないですか?」
ナイショ話にしては大きな声に、リディアはぽかんとしてしまって、彼女が話をしづらく思っていた理由に呆れてしまった。
……喋らないまま好きになられたから、逆に、話をするのが怖いんですのね。
理解はしたが、リディアと普通にしゃべっているところを見られていたではないかと思う。
しかし、そういう問題では無いのだろう。彼女の気持ちの問題だ。それでも、話をするべきだと諭そうとしたところで、食い気味にオーガストが言った。
「そんなわけないだろッ、自分は君と深い仲になりたいから、結婚を申し込んだんだ。どんな一面があっても君の一部なら愛する覚悟がある!」
声を大にして言われた情熱的な言葉に、リディアの方も驚いてしまって、心底真面目な彼に素直にすごいなと思った。
……わたくしだったら、そんな自分が不利になるような言葉は言えませんわ。
それを、大勢の前でもなりふり構わず言う気持ちというのはどれほどのものだろう。
「だから頼む、エイミー。君の言葉を聞かせてほしい」
彼の懇願に、エイミーは思わず口を開いた。始めはたどたどしかったが、彼らはやっと夫婦としてのスタート地点に立ったのだった。
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