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 父と母は贖罪の気持ちからか、面倒な手続きのすべてを担てくれてそれと引き換えという形で、マグワートの生産地への視察旅行を提案してきたのだった。

 新婚旅行にも丁度良い距離だし何より、自領なので安全性も問題がない。

 ロイと夫婦としての仲を深めるためにも、領地の事業の進行の為にもとても効率的な旅行なのである。

「リディアお嬢様、到着するまでの間は退屈でしょうからと、料理人からこんなものを預かってきました」

 そういいながら向かいに座っているロイが小さな包みを開いてリディアに向かって差し出した。

 ……何かしら?

 興味津々に中を見れば、ふわりと緑の香りがしてすぐにピンとくる。

「マグワートのクッキーですわね。すごくいい香り」

 包みを開いただけで感じる香りはどこか落ち着くような懐かしいビターなニュアンスがある。

 慣れ親しんでいる植物だけあって、まったく躊躇せずにリディアはそれを口に入れた。

 しかし、よく見てみると乾燥させて潰したものが入っているわけではないのにクッキーそのものからふんわりとその香りが漂っていて口の中から鼻に抜けていく良い香りがした。

「……もしかして、新しい作り方を編み出したのかしら。だって前に試作した時は香りが飛んでしまってマグワートの良さが引き出しきれていないと、嘆いていたはずだもの」

 考察するように口に出すとロイは、コクリと頷いて、リディアに教えるために覚えてきた説明を口にした。

「前回までは普通のハーブクッキーのように乾燥マグワートをすりつぶして入れていたそうですが、乾燥した時点で香りが飛んでしまってクッキーにしてもあまり香りを感じられなかったそうです」
「そうね、知ってるわ」
「ですが、今回はマグワートから抽出した精油を使って香り付けしたところ、清涼感の溢れる香りをそのままクッキーに使うことが出来たそうです」
「なるほど、料理人の努力に脱帽ね。早速商品化のめどをつけましょう!」
「そう言われると思って今、お渡ししたんです、リディアお嬢様、結婚に際して仕事も増えているのですから、しばらくはこの商品は眠らせておきましょう?」

 提案するように言われて、はたと思い至る。たしかに、今は新婚旅行に出ている真っ最中で、他の目的を達成するために移動している馬車の中だ。

 どうあっても新しい伝手を作ったり売り込みに行ったりできる状況ではない。

「喉が渇きませんか? 暖かい紅茶は出せませんが、貴方様のお好きなグレープジュースを用意できますよ」
「貰おうかしら」
「ええ、準備いたしますね」

 さらにロイに聞かれて確かにクッキーは喉が渇くと思って、答えると木製の深めのワイングラスを渡されて、小さく振動が響く中で器用に注がれる。

「……最近、忙しくしすぎたかしら?」

 華麗に仕事の提案をスルーされて、ロイがそんな風に言うほどに自分は忙しなく周りを置き去りにしていただろうかと考えた。

 しかしロイは、勢いを失ったリディアを励ますように、いつもの人好きのする笑みを浮かべて「いえ」とまずは言った。

 それから、テキパキとリディアの為に手を動かしながらも続けた。

「私は問題ないのですが、料理人も新しい手法に対する研究が足りませんし、販路を確保しても量産体制がなければ勿体ないです。なので少しの速度調節が必要かと考えまして」
「……! そう、やっぱりロイはとっても優秀ですわ。いつも感謝してますのよ」
「勿体ないお言葉です」
「それに、まだまだ、販売する前にやりたいこともありますものね」

 我が、クラウディー伯爵家の事業として、マグワートの栽培、販売を行っているが、リディアの代ではさらに利用方法を拡大し、その価値を吊り上げていきたいという野望があるのだ。

 料理だけでなく茶菓子にも利用するのはそういう思惑の為の研究という側面が大きい。

 それに精油を利用するのも良い案だが、マグワートの栽培で稀に取れる魔草化したマグワートを利用して稀少価値の高いものとして販売するという手もあるのだ。

 魔草とは、獣が魔力をはらんで魔獣になるように、魔力を含んだ稀な草花の総称だ。薬草でも毒草でもその効力が上がるスグレモノだ。

 マグワートの魔草はどんな効果を発揮して、どう利用するのが最も価値があるのか、それを研究してこの貴族社会にマグワートブームを巻き起こすのだ。

 リディアがさらに思考を加速させて、興奮しながら考えていると、ロイもクッキーを一つ口にして、ザクザクと咀嚼してから飲みこんでふと気になったという様子で聞いてきた。

「ところでリディアお嬢様」
「うん?」
「四つ編みはされないんですか?」

 指摘されて、そう言えばそんなこともあったかと思いだした。

 実は、いつもの通りに一つに三つ編みにしているのには理由がある。

「そうね……そうですの。あのねロイ」
「はい」
「先日、侍女と一緒に、いくつまで編み込めるか挑戦をしていたの」
「……」
「それでね、九つまでできたからそのまま眠りについたのだけど、次の日に目が覚めて、ほどいてみたら髪が酷くヨレヨレになってしまっていましたのよ」

 あの日の朝は、必死で侍女と香油を塗ったり櫛で何度も梳かしたりしてやっといつもの髪質に戻すことが出来た。

 あんなに美しく前衛的でイマドキな髪結いは唯一無二だとその時はとても素晴らしいものだと思ったが、こうなってしまうのではとてもじゃないが、二度とやろうとは思えない。

 美しい髪は女の命、そして三つ編みが三つ編みの事にはきっちりと理由があって、”それでいい”からという惰性ではなく”それがいい”からそうなっているのだ。

「ですからね。物事には理由があるのだとわたくしは学んだのですわ。その理由を知ることが出来てわたくし一歩大人になりましたわ」
「……さようですか」
「成人したからには、もっと大人なっていけるように経験を積んでいきたいものですわね」
「はい」

 心底真面目にそういうリディアに、ロイは彼女は人生という点においてもものすごく誠実すぎる人だなと、思うのだった。



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