上 下
1 / 67

1

しおりを挟む
 



 とある日の事、リディアは扉の前で聞き耳を立てて、父からの差し入れであるヴィンテージワインを手にしたまま固まっていた。

 中から聞こえてくるのは、酒に酔い大きな声で文句を言っている婚約者オーウェンの声だった。彼は、普段は礼儀正しく常にリディアの前に立ち手を引いてくれるそんな相手だ。

 しかし、友人と酒盛りをしている日だけは、まるで多重人格のように豹変する。

 ……今日も飲みすぎているのかしら。

 リディアはオーウェンの声を聴きながら、そんな風に思った。たいてい悪態をつくほど酔っぱらった次の日は、彼はそう言い訳をするので、今日もそうなのだと思う。

 ……それなら、このワインはいらないわね。

 もっとひどく酔っぱらうのならば、美味しいワインなど持ち込む意味もない。

 それに彼が酔って何をしてこようとも、男とはそういう物だ、仕方ない、そう諭され、まるで自衛をしなかったリディアの方に責任があるように家族に言われる。

 いくらリディアが彼の酒癖について言及しようとも、酒の席での戯言に何を真面目になっているのかと一蹴されてしまうのだ。

 リディアはまだお酒が飲めないので、その気持ちを微塵も理解できないが、伯爵家の皆がそういうのならと受け入れている。

 だからこそ自衛をするためにそっと自室に戻ろうと思った。

「あんな、派手で! 下品で! はしたない女と結婚させられる俺を憐れんでくれぇ!!」

 しかし、彼の部屋の中からそんな声が聞こえてくる。

 入り婿になる予定のオーウェンはこのクラウディー伯爵家で、すでに部屋を与えられていて、リディアが成人したら正式に籍を入れてクラウディー伯爵家の仕事をこなすことが出来る。

 そのためだけに子爵家の次男にわざわざ仕事を仕込んで、リディアが女性領主として上手くやれるように準備してきた。

「あんななりの癖に、融通は利かないし頭は固いし、いいとこなしの箱入り娘なんて俺には釣り合わねぇぞぉ!!」

 雄たけびのような声が聞こえる。

 この屋敷は本邸と敷地は同じだが別棟だ。当然、父や母にはこの彼の姿も声も一度たりとも見せたことは無い。

 夜更けになってから週に一度ほど、こうして友人を呼んで羽目を外す。

 その習慣に良い顔はしないものの、そのぐらいは女性として許してやるべきだと常に言い含められている。

 許して忘れて、水に流してやることができてやっと立派な貴族なのだと教えられた。
 
 …………。

「リディアお嬢様、お時間がかかっている様子でしたのでお迎えに上がりました」

 彼の文句をただ無言で聞いていると、ふとランタンの明かりを手にした側近のロイがリディアにこっそりと話しかけた。

「ワインは私から丁重にクラウディー伯爵様に返却しておきますね」

 それから部屋の中から聞こえる文句に気がついて、彼はリディアからそっとワインを受け取って抱えて身を翻した。

 そんな彼を呼び止めて、湧き上がる激情を堪えつつ、ロイに問う。

「……ロイ」
「はい?」
「ロイは、オーウェンが居なくなった場合、穴を埋められるかしら」
「……ええ、勤め始めてから長いですから」
「そうね……そうよね。……ねぇ、わたくしのお願い聞いてくれる?」
「はい、喜んで」

 無邪気に笑みを見せる彼に、まったくよい手駒を持ったものだと思いつつ、リディアは自室へと向かった。

 オーウェンがあげる雄叫びは今朝方まで続いたのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮気されたので婚約破棄して、義弟と気ままに暮らしています。元婚約者が女性関係で困っているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、アルメネア・ラガンデ。とある王国に暮らす侯爵令嬢である。 ある時、私は婚約者の公爵令息が、伯爵家の令嬢と浮気しているのを目撃した。元々悪い噂が絶えない婚約者だったが、決定的な現場を見たため、私は我慢の限界を迎えた。婚約破棄することを決めたのである。 浮気について認めた婚約者だったが、婚約破棄は待って欲しいと懇願してきた。そこで、私は義弟であるイルディンとともに話し合うことになる。 色々と言い訳をしてくる婚約者だったが、イルディンの活躍により、その場は無事に収めることができた。 こうして、私の婚約破棄が成立したのである。 婚約破棄してから、私はイルディンとともに気ままな生活を送っていた。 そんな平和な日々の中、ある事件の知らせが入る。元婚約者が、毒を盛られたらしいのだ。 なんでも、様々な女性に手を出していたため、その中の一人が凶行に走ったらしい。 しかし、そんなことは私達には関係がなかった。彼の問題は、彼が片付ければいいだけである。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

悪役令嬢のお姉様が、今日追放されます。ざまぁ――え? 追放されるのは、あたし?

柚木ゆず
恋愛
 猫かぶり姉さんの悪事がバレて、ついに追放されることになりました。  これでやっと――え。レビン王太子が姉さんを気に入って、あたしに罪を擦り付けた!?  突然、追放される羽目になったあたし。だけどその時、仮面をつけた男の人が颯爽と助けてくれたの。  優しく助けてくれた、素敵な人。この方は、一体誰なんだろう――え。  仮面の人は……。恋をしちゃった相手は、あたしが苦手なユリオス先輩!? ※4月17日 本編完結いたしました。明日より、番外編を数話投稿いたします。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

婚約破棄された令嬢は変人公爵に嫁がされる ~新婚生活を嘲笑いにきた? 夫がかわゆすぎて今それどころじゃないんですが!!

杓子ねこ
恋愛
侯爵令嬢テオドシーネは、王太子の婚約者として花嫁修業に励んできた。 しかしその努力が裏目に出てしまい、王太子ピエトロに浮気され、浮気相手への嫌がらせを理由に婚約破棄された挙句、変人と名高いクイア公爵のもとへ嫁がされることに。 対面した当主シエルフィリードは馬のかぶりものをして、噂どおりの奇人……と思ったら、馬の下から出てきたのは超絶美少年? でもあなたかなり年上のはずですよね? 年下にしか見えませんが? どうして涙ぐんでるんですか? え、王太子殿下が新婚生活を嘲笑いにきた? 公爵様がかわゆすぎていまそれどころじゃないんですが!! 恋を知らなかった生真面目令嬢がきゅんきゅんしながら引きこもり公爵を育成するお話です。 本編11話+番外編。 ※「小説家になろう」でも掲載しています。

継母や義妹に家事を押し付けられていた灰被り令嬢は、嫁ぎ先では感謝されました

今川幸乃
恋愛
貧乏貴族ローウェル男爵家の娘キャロルは父親の継母エイダと、彼女が連れてきた連れ子のジェーン、使用人のハンナに嫌がらせされ、仕事を押し付けられる日々を送っていた。 そんなある日、キャロルはローウェル家よりもさらに貧乏と噂のアーノルド家に嫁に出されてしまう。 しかし婚約相手のブラッドは家は貧しいものの、優しい性格で才気に溢れていた。 また、アーノルド家の人々は家事万能で文句ひとつ言わずに家事を手伝うキャロルに感謝するのだった。 一方、キャロルがいなくなった後のローウェル家は家事が終わらずに滅茶苦茶になっていくのであった。 ※4/20 完結していたのに完結をつけ忘れてましたので完結にしました。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

処理中です...