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41 文化交流祭 その一
しおりを挟む文化交流祭とは、学園都市だけで行われる特殊なお祭りだ。
どこの国にも属していない魔法学園という性質上、多くの国のいろいろな人々が集って暮らしていく。
そんな学生と学園街の人々の国境を越えた交流には、お互いの国の事を理解することが重要だ。
なので各国からの商人や旅芸人、楽師などその国の特色を持った人々が呼ばれ、昼夜問わずに催し物を開くそんな祭りである。
ゲームのシナリオでは中盤に差し掛かる辺りで、攻略対象と仲を深めるもよし、フィアノーガ出身の楽師の曲を聞いて故郷を思い浮かべて悲しくなるもよし、後は攻略対象と遊びまわるもよしの楽しいイベントである。
そしてこのアランルートの文化交流祭といえば姉さまが大衆の前で、ルシアの身分を言い当てて、そこでアラン様との関係に亀裂が入ってしまうというイベントである。
しかしそれを阻止するために、事前に彼女たちの関係が壊れないように事実の共有をすることができた。
これで、ルシアが一人の旅芸人が弾いているフィアノーガ王国の曲に足を止めて見入っても、大丈夫である。
けれども、メロディ姉さまが突っかかって問題が発生することは必至であり、そこを気をつけてアラン様の準備が整い次第、姉さまは咎人としてとらえられることになる。
……つまりここさえ乗り切れば、丁度いい罪で姉さまを監禁できるってこと! ちなみに失敗すると僕が連座に座る羽目になる!
この行いが果たして自分の身を危険にさらしていないかと言われると少し疑問が残るが、これが僕にできる最大限だと自分に言い聞かせる。
そして当日はアラン様とルシアのデートの邪魔しないようにしつつ、メロディ姉さまからの接触を避けるためにいろいろと忙しく動き回る予定だった……のだがどうやら原作と流れが違う。
アラン様は打ち解けたルシアの為に、文化交流祭の日、授業がない学園の校舎の教室を貸切ってフィアノーガ王国の元宮廷楽師であった人が呼ばれることになった。
そしてひっそりとしたルシアの為の演奏会が開かれる。
面子は、アラン様と、ルシア、フィル、僕、それから謎にアラン様のお付きの騎士たちがずらりといる。
なんだか演奏会というには妙な状態だったけれども、開始しばらくは皆それぞれ思う所がある様子でじっと楽師の奏でるフィアノーガの哀愁漂う美しい音色に耳を傾けている。
僕もそんな彼らに何も言わずに、原作で何度も聞いたその曲に感慨深い気持ちになった。
しばらくすると、なんだか廊下が騒がしくなったような気がして、教室内にいる騎士たちはまるで決まっていたかのように移動して、アラン様とルシアを守るように位置につく。
隣にいたフィルもいつの間にか移動していて、僕はその状況がよくわからなくておろおろとしていると、乱暴に扉が開いて瞳の真っ黒な姉さまが登場する。
「うふふっ、あはははっ! やっぱり、ここにいましたのね、見つけましたわ、この泥棒猫!」
アルカディアを服用しているのか、なんだか少しふらふらとしていて教台の付近にいた楽師は手早く荷物を片付けて騎士たちの壁の後ろ側に入った。
その冷静さを見て、瞳を瞬きつつ、教の中で違和感があった事項が頭を駆け巡る。
そもそもこんな会を開くのならば、騎士は教室の中に置くのではなく外に配置するものだ。
そしてそれ以前に、教室を貸切って行うということはつまり、乱入する余地があるという事、アラン様の屋敷で行うのがベストだったはずだ。
「メロディ……今日はこの部屋はアランが貸切っているの……どうしてわざわざここに……」
フィルに守られながらルシアは混乱しているように見える言葉をいった。しかし実際にはそれほど焦っている様子には見えない。
「くだらない滅びた国の面影を追いかけて、物思いにひたる陰気な会が開かれると少しばかり小耳にはさんだからよ、ああ、それにぃ? あなたの信じられない噂もききましてよ?」
「っ、まさか……」
姉さまの後ろにはバルトロメウスが平然と入ってきて、オオカミの姿のまま丁寧に扉を閉める。それから寄り添うように隣に立った。
姉さまは気が付いてない様子だけど、なんだが僕はこの状況が作られたみたいな違和感を覚える。けれども彼女たちから目を話すことはできなくて一応姉さまを止めるために一歩踏み出した。
「うわぁっ!」
しかし背後から首に腕を回されてぐっと持ち上げられる。
「っ、」
たまらず苦しくなって頭に血が上る感覚がする。
腕をのけようと引っ張るけれど、僕を捕まえた見知らぬ誰かは、きつく腕を締め上げて片方の手にはぬらりと光る銀色のナイフが握られていた。
「くっ、っ」
「メロディ!!!」
僕の後ろの男は感情に任せた様子で、姉さまのことを呼びつけた。頬にナイフが突きつけられて表面をなぞるように傷つける。
「あっぐ、っ」
喉が苦しくて悲鳴が出ない。しかし頬から熱いものが滴って、瞳に涙がにじんだ。
こちらに気が付いた姉さまは目を見開いて、同じく見たルシアは甲高い悲鳴を上げた。
その声が場に緊迫感を与えて、何かとてもまずい事になっている気がして僕は必死に逃れようと身をよじる。
しかし足が完全に浮いているし頬の傷が案外深い、たくさんの血が流れている様子で衣類に血が広がっていく。
「この時をずっと待っていた!! 性根の悪いあなたは、こうしてルシア様が故郷を思い出すまどろみのひと時を邪魔しに来るだろうとアラン王子殿下と待ち構えていたんだ!!」
「…………」
喉が苦しくて声が出ない、しかし話は進んでいく、姉さまは勢いをそがれて呆然とした様子で目を丸くしてこちらを見ていた。
そして僕はそのことよりも、今こうして僕を捕まえている人間がやっとわかって必死で上を見上げる。
視界に入る銀髪と、僕があげた髪飾り、その剣幕は憎悪と怒りにうち震えている様子で、僕は一度だってそんな彼を見たことがなかった。
……グレンッ? なに、どうして?
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