悪役令嬢の弟転生 ~断罪回避の為に”なんでも”してたら、攻略対象が愛を告げてきた~

ぽんぽこ狸

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28 どうか恨まないで

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 彼らに出会ったのはバルトロメウスが一度目の旅を迎えた時だった。

 旅というのはマシェレ獣王国に伝わる大人になるための儀式であり、本来は一人で決めた国を回ってくるというものなのだが、流石に王族に危険な旅をさせるわけにはいかない。

 なので視察の名目で護衛をつけて各国を回る徒歩の旅となる。多くの兄妹たちは皆無事に帰ってきているし、行った先での出来事を聞かされてバルトロメウスは旅が楽しみで仕方なかった。

 実際に出発してからも危険なんてものは一切なく、そもそも人間などという劣等種に自分のような気高き獣の姿をもつ獣人が害されるなどありえないとまで思っていた。

 それはもちろん、おおむねその通りであり、獣人は種族全体の能力が非常に高く、人間など取るに足らない存在だ。

 マシェレはとても気候に恵まれているし、国自体が豊かで、昔の貧困にあえいで旅の儀式を作り出したころに比べて目覚ましい発展を遂げている。

 そんな富の豊かな土地の大切に育てられたバルトロメウスは、言葉を選ばずに言うなら、世間知らずの箱入り王子様だった。

 バルトロメウス自身も末っ子で、まったく王位継承争いなどと関係なく誰にも彼にも可愛い可愛いと言って甘やかされた。
 
 だからそんな彼が旅の途中で護衛を巻いて町の中を駆け回って遊んでいたのは日常茶飯事であり、たまたま入り込んだ庭園で一人の女の子を見つけた。

 彼女はひたすらに庭園の花をむしっては投げてを繰り返していた。

 そしてぶつぶつと独り言を話している。

「なんでわたくしを見てくれませんの。どうしてわたくしじゃダメなんですの。わたくしはこんなに頑張ってるのに」

 真っ黒な髪に金ぴかの瞳。その行動はとても奇妙だったけれど、マシェレ獣王国ではめったに見ない髪と目の色だ。

 ちょっとお近づきになって一緒に遊びたい。そうしたら彼女だって奇行をやめて自分を可愛いというだろうとバルトロメウスは本気で思っていた。

「あの目はなんですの、あの目は、どうしてあんな……! ……犬? 迷い犬かしら」

 とことことそばによるとメロディは首をかしげて、バルトロメウスを見た。

 それから立ち上がっておもむろに手を伸ばしてくる。

 それを見てやっぱり人間も皆バルトロメウスの事が大好きなのだと思ったが、しかし次の瞬間には体の力が抜けて膝を折って喉が苦しくなる。

「……犬、犬! あははっ、おっきい犬ですわ!! わたくし従順な犬が欲しかったんですの!!」

 人間の姿に戻ろうとしても何かが邪魔してもがくことしかできない。

「あら、苦しそうですの! でもほら目がいけないんですのよ!! あなたの目が! 馬鹿にしてますのわたくしの事! 犬! 今日からあなたはわたくしのものですわ! っうふふっ、嬉しい! 早速、屋敷に戻って躾をしましょう!」

 彼女はそれはもううっとりと笑った。

 その笑顔はどくどくしいほどに甘ったるくて可愛らしい。瞳の色が黒く淀んでいる。人間は獣人も扱う四元素の魔法以外にも白魔法や、黒魔法といった魔法を扱うらしい。

 それらは獣人には特別危険で獣人が扱えない分、抵抗力がまったくない。

 しかし、それらはごく一部の選ばれた人間にしかないはずだ、それなのにまさかこんな風に出会うだなんてバルトロメウスはまったく想定もしていなかったのだった。


 バルトロメウスは、メロディの使用人に運ばれて彼女の部屋に運び込まれた。

 それから、ペットのように首輪をつけれられて、黒魔法のせいでぐったりとしたままにんまり笑うメロディの事を見上げていた。

「ほらほらよーく見なさい! これからこれで沢山叩いて、あなたの生意気な目を変えてあげる。わたくしの事が絶対に侮れないようにしてやるんですもの!」

 彼女は、その少女の小さな手には似合わない火かき棒を持っていて、うっとりと細められたその瞳はなんだか狂気的にすら見える。

 くらくらしてしまうほどの悪意と憎悪と征服欲が含まれた邪悪な彼女の様子にあてられて、バルトロメウスは眩暈がするようだった。

 世の中にはこんなに、悪意を孕んだ人間がいるのだと初めて知ったし大人たちの言っている危ない目に遭うから気をつけなければならないというのは、こういう人がいるからなのだと身にしみて感じた。

 ……苦しい、怖い。俺は、何かした? ただ、仲良くなりたかっただけだったのに。

 人間の姿だったら蹲って泣いてしまっていただろうし、メロディは重たい火かき棒を振り上げて、慣れない様子でブオンと音を立ててバルトロメウスのそばに打ち付けた。

「あら、当たらないわね。意外と重いんですものこれ。でも大丈夫、これは人を叩くのにちょうどいいものですのよ。だってお母さまもこれでよく殴られてましたもの!」

 クーンと何とか声を出したが、彼女はギラギラとした血走った眼をバルトロメウスに向けていて、まったく容赦をするつもりはない様子だった。

 その振り下ろされる鉄の棒が恐ろしく、もう二度と、見知らぬ土地で自分勝手に飛び出したりしないからどうか、助けてほしいと望んだ。

 するとふと、視界の端に誰かがいるのが見える。
 
 扉を開けて入ってきたのは、彼女によく似ている少年だった。

「う、うそうそっ! メロディ姉さま何してんの! それ駄目だって犬は捕まえちゃ駄目だって僕言ったじゃん!」
「……」
「それに、うわぁ絶対バルトロメウスだ! やだぁ! 急すぎるんだけど! 困るんだけど!」

 彼はピーピーわめき散らしながら、バルトロメウスたちのいるところまでかけてきて、すぐに首輪を外そうと試みた。

 しかしその手を伸ばした瞬間に、メロディは思い切り彼の頭を火かき棒で殴りつけた。

「えっ、あ゛っ、っ、っ~」
「……下僕……下僕ッ!!! あなたわたくしに逆らいましたわね!! 下僕のくせに! わたくしのしもべのくせに!! わたくしの事馬鹿にしているんでしょう!」
「ち、ちがっ、ぐっ」
「その目! その目よ! わたくしの事を見下しているその目が悪いんですのよ! 上から目線でわたくしの事思い通りにできると思ったら大間違いなんですのよぉ!!」

 突然やってきた少年はメロディによって火かき棒でぼこぼこにされ、そのことが恐ろしくてバルトロメウスは出来るだけ小さくなって殴りつけられる彼を見ていた。

 彼はニコラスというらしく、バルトロメウスと違って首輪をつけられているわけではなかったのに、逃げることはなく、助けを求めるようにずっと姉の名前を読んでいた。

 それからニコラスが力なく倒れるまで暴行は続き、しばらくして髪を乱れさせたメロディはバルトロメウスの方へとぎろりと視線を向けた。

 火かき棒には真っ赤な血がついていて、ぽたぽたと滴っている。

 その光景を見ただけでバルトロメウスは失神したくなるほど恐ろしかった。
 
 しかし、完全に怯えきって耳を寝かせて尻尾を丸める姿に、ふとメロディは正気を取り戻したように、火かき棒を手から滑り落として、目を丸くした。
 
「…………あら、何よ。悪くない目ね。……可愛いわ、ええ、可愛い」

 そういってゆっくりと手を伸ばしてきて、バルトロメウスの頭に触れた。

 そしてあまりの恐怖にバルトロメウスは不甲斐ない声をあげながら思いだしたくもないようなことになったのだが、それを彼女は今度は面白いと言って楽しそうに笑ったのだった。

 それに意味の分からない感情になって、バルトロメウスはされるがままになったが、しばらくして彼女が餌を持ってくると部屋を出ると、隣に倒れたままだったニコラスがおもむろに起き上がった。

 そして額から血を流しながら、小さな声で言った。

「今のうちに、逃げて、ください。……バルトロメウス、さま……」

 言われてから彼女がいなくなってやっと体が元の通りに動くということに気が付く。

 ニコラスの手は震えていて、不器用ながらもゆっくりと首につけられた鎖を外してくれた。

 しかしいざ逃げ出せるとなると、自分を逃がしたあとの彼の事が心配になりしばらくニコラスのそばをうろついた。

 すると服で血をぬぐいながらも彼は、彼女ととても似た顔を優しくほころばせて言う。

「心配してくれるの? ……あ~、確かにちょっとやばいけど……よいしょっと」

 するとニコラスはふらふらしつつも立ち上がり、窓辺に向かって歩き出した。

 今にも倒れそうであんなに殴られていたのに、取り乱すでもなく余裕がありそうな彼に、人間というのは意外とタフな生き物なのかもしれないと思う。

「なら、どうか、姉さまの事恨まないでください……今回は、事件が起きる前に止められて……良かった」

 最後の願いとばかりに彼はそういって窓を開けた。

 ……あんなにひどい事をされていたのに、なんで庇うんだ?

 それに普通に疑問に思ってバルトロメウスはぴょんと窓から飛び出て逃げ出した。

 それから、バルトロメウスは大人たちの元に戻って、何事もなく旅を終えた。

 しかし彼らの事が気になって使節団に混じってメローニアに向かったり、いろいろとした。それに多少の彼らの情報を知ることができた。

 衝撃的な出会いだったが、だからこそバルトロメウスは自身を律して学び強くなることに勤められたし、恐ろしい思いをした王族は大抵無事では済まない事が多い。

 しかし自分は無事に戻ってくることができた。それはバルトロメウスの人生に大きな学びを与えた。だからこそ、出会いに感謝しているし、メロディを恨んだりなんかしてない。

 そして、知れば知るほど、彼らの関係はとても奇妙で、それでもバルトロメウスは美しいと思う。

 昔から変わることなくニコラスはメロディを愛している。メロディもそれを知っている。

 今までもそうしていたようにニコラスはメロディに手を差し伸べ続ける。

 でもそれを彼女がとることは、できない。



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