悪役令嬢の弟転生 ~断罪回避の為に”なんでも”してたら、攻略対象が愛を告げてきた~

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
26 / 45

26 抑えきれない気持ち

しおりを挟む





 クラウスに構っている暇はない、今しがたアラン様に言われたばかりなのだ。姉さまはもうダメだと、彼女は救えないし、手遅れだと。
 
 でもそんなことは望んでいない。

 アラン様は当たり前のように、僕がそうしたいだろうという前提で助けてくれるという話をした。
 
 きっとグレンも、フィルもみんなそうだ。

 姉さまの責任を取っていろんなところに謝ったり、フォローをしたりするのはウェントワース公爵家の面子の為でこの立場に固執しているから、僕が姉さまが取り返しがつかない事をやらかさないようにしていると思っているんだ。

 だから、もう取り返しがつかないとなったら、切り捨てて手を伸ばしてくるだろうと、そう思っている。

「姉さま! 戻りましたっ」

 声を上げて彼女を探す、客人の見送りもせずに屋敷の中にいるということはきっとすでに、アルカディアを使用しているのかもしれない。

「メロディ姉さま!」

 となれば彼女の私室だ。勝手に入ると怒られるが、アルカディアを使用しているときは使用人も部屋の付近に近寄らせない。

 階段を駆け上って僕は乱暴に扉を開いた。

「……あらぁ、騒々しいですわ。下僕。まぁ、いいですのよ。今は気分がいいのほらあなたもこちらにいらっしゃい」

 お酒に酔っているようにとろんとした表情でまったりという彼女は、いつもと違って酷く怒ったりしないし、とてもやさしげに見える。

 でもそれはただ理性がとかされているからで、効果が切れると酷い不安に苛まれて正気を失う。

「…………」
「美味しいわよ。新作ですって、ちょっと癖があるけれど、気持ちが軽くなりますの」
「……姉さま……僕、それ何度もやめてって言ってるじゃないですか……」

 うっとりとほほ笑んで、小さな瓶に入った飴玉のような包装をされているそれを僕にも勧めてきた。
 
 それに僕はどうしてもやりきれなくて感情をどうにか押し殺した声で彼女に言った。

 すると、姉さまはすこし困った顔をして、それでもいつもの稀少の荒い彼女とは違ってプイッとそっぽを向く。

「そんな話、聞いてませんのよぉ。きっと気のせいですわ。嫌なら出ていってくださいませ」
「そういう問題じゃ……」
「そぉいう問題ですの。だってぇこんなに気分がいいんですもの。あら、バルトロメウスもいるのね、おいで、お膝にのせてあげますわ」

 すこしろれつが回っていない彼女の言葉は僕の心を酷く逆撫でする。たしかにこんなに穏やかな姉さまだったら良かった。

 元からずっとこうしておっとりしている人だったらどれほど良かったか。

 でもそれは、まやかしで、依存させるためのただの作用で、今の彼女は姉さまじゃない。

 姉さまはもっと過激で、過剰で、酷い人で怖がりなだけなのだ。

「……っ、……」

 アラン様の言葉がちらつく、身の振り方を考えろといわれた。こんな風になってアルカディアから逃れられない彼女を救い上げることは出来ない。

「……そ、っそんなことばっかりしてるから!! 姉さまがそんなだから!! どんなに頑張っても意味ないんじゃないか!! いつだって何したってずっとかばって来たし味方だし、姉さまが死ななくていいようになんでもしてきた!!」

 そうだ、僕はただ、それだけだった。今までずっと。

「僕ら二人きりの兄妹でしょ! ずっと一緒だったし、姉さまの家族は僕だけで僕の家族は姉さまだけ!! だからずっと尽くしてきたよっ、ずっと!! なのになんでそんなものに頼ってばっかで取り返しがつかないとか言われて!!

 姉さまだって死にたくないでしょ!! 僕だって死んでほしくないよ!!

 なんで僕のいう事聞いてくれないの?! なにしてもいいよ殴られたって別にいたくないよっ、どんな性格終わってることしたっていいよ、僕が代わりに謝りに行くから!!

 でも……それは違うじゃん……それじゃ僕、姉さまのこと助けらんないよ!!」

 メロディ姉さまの弟になって、崖っぷちなんだなって気が付いて一蓮托生になったと思った時。

 それからしばらくたってこの人を見捨てればいいんじゃないかと思ったことがある。

 悪役令嬢だから原作に登場しないなんて、いけないだろうけどもうそんなの抜きにしてこの人を殺してしまえばいいんじゃないかって思った。

 ……でも、出来なかった。やりたくなかった、前世の記憶を思いだす前からそう思いいたるまでずっと僕の人生、姉さまの事しかない。

 姉さまと僕しかこの世界に存在していないみたいに思う。
 
 別の事に価値を感じない。

 それが愛情というものなのかそれとも将又ただの依存か。答えはそう簡単に出せるだろうか。

 今だって、見限ることが僕の正しい選択だったのかもしれない。でも彼女をどうにかしたくて、どうにかなってほしくて堪らなくなって今だって意味などないとわかっているのに怒鳴りつけた。

 息が上がって、拳を握った手はきつく握りすぎてとても痛い。

 自然と目が潤んでしまっていた。

 しかし、こんな風に感情で訴えたとしても届かない。そんなことは知っている。
 
 急に怒鳴られて、頭の回っていない今の姉さまでは、何故そんな風にいわれなければならないのかわからないだろうし、なにより理不尽に感じるだろう。
 
 いくら薬が回っていても、元の人格は変わらない。

「……なんですって?」

 鋭い金の瞳が睨めるように僕の事を見上げてくる。

 お楽しみの最中に制止されただけではなく、気分を害された姉さまはいつもよりも各段機嫌が悪そうに手元にもっていた扇子をきつく握っていた。

 アルカディアの入った瓶をテーブルに置いて、ふらりと体を揺らして立ち上がる。

 それだけで長年の彼女との生活によってしみついた習慣で体が強張る。

「なによ、偉そうに……」

 喉の奥から絞り出したような声がして、姉さまは大きく扇子を振りかぶった。

 僕はぎゅっときつく目をつむる。いつもみたいに殴られたとしても後悔はない。いわなければどうしようもないような気持だったし、でも言ってしまったのは僕が悪かった。

 しかしいつまでたってもその拳は振り下ろされることはなく、そろりと目を開くと、僕らの間にはバルトロメウスが立っていた。

 彼は大柄なので、僕らの間に立っていると、まったくお互いが見えないぐらいに小柄な僕らとは身長差がある。

 三角の耳は姉さまの方を向いていて、どうやら姉さまの手を掴んでいる。

「なっ、何す━━━━」
「膝にのせてくれるって言っただろっ? メロディ!」
「え……あ、それは言ったけれど、わたくしは今、下僕と……」
「じゃあ、すぐ乗せてくれ! 今すぐっ、ほら、早く!」

 そう言って彼は、気高いオオカミの姿になり姉のそばをぐるぐると回る。それからせかすようにワンッワンッと吠えた。

「……うるさいですわ。駄犬みたいですの。……まったく、まあでも、腹が立つ鳴き声よりはましですわ」

 そう言って姉さまはちらりとこちらを見て、それから扇子を握りしめた。しかし、興味などないとばかりに視線を逸らしバルトロメウスの頭をなでる。

 ……。

 まだまだ言いたいことは山ほどあるし、思う所だってある。でも彼女の瞳は今も黒く染まっている。

 アルカディアには魔薬と似たような成分以外に、黒魔法の属性がある魔草などが配合されているらしい。
 
 そのせいで、闇の女神に魅入られた人間が問題行動を起こす。

 しかしその闇の女神だって、別に邪神というわけではない。姿を消したり、人に呪いをかけたり、夜目が利いたり色々な魔法を与えてくれた神様だ。

 昼と夜が交互にやってくるように、バランスがきちんと保たれていれば何の問題もない神様だ。

 けれどもそのバランスが崩れることが起きた。それが原作の事の発端。ルシアの出自に関わることで面倒な話なのだ。

 まぁとにかく、闇の女神に魅入られなければ、アルカディアに取りつかれなければ、ウェントワースが国で有数の黒魔術の使い手でなければ、こんなことにはならなかった。

 闇の女神に魅了されると破滅思考と他害行動が顕著に表れる。

 つまり操られているといっても彼女の意思が反映されている行動だ。もちろん意識はある。でも魅了されているときに正しい話し合いなどできない。

 それにバルトロメウスは僕をかばってくれたのだろう。

 彼がいなかったら酷い喧嘩になっていたと、思うし僕も頭を冷やした方がいいかもしれない。

 静かに部屋を出て、同じ屋敷内にいたくなくて学園に向かった。
 
 背には傾いて赤くなった太陽が僕の事を照らしていて長い影がぽつんと浮かび上がっていた。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...