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26 抑えきれない気持ち
しおりを挟むクラウスに構っている暇はない、今しがたアラン様に言われたばかりなのだ。姉さまはもうダメだと、彼女は救えないし、手遅れだと。
でもそんなことは望んでいない。
アラン様は当たり前のように、僕がそうしたいだろうという前提で助けてくれるという話をした。
きっとグレンも、フィルもみんなそうだ。
姉さまの責任を取っていろんなところに謝ったり、フォローをしたりするのはウェントワース公爵家の面子の為でこの立場に固執しているから、僕が姉さまが取り返しがつかない事をやらかさないようにしていると思っているんだ。
だから、もう取り返しがつかないとなったら、切り捨てて手を伸ばしてくるだろうと、そう思っている。
「姉さま! 戻りましたっ」
声を上げて彼女を探す、客人の見送りもせずに屋敷の中にいるということはきっとすでに、アルカディアを使用しているのかもしれない。
「メロディ姉さま!」
となれば彼女の私室だ。勝手に入ると怒られるが、アルカディアを使用しているときは使用人も部屋の付近に近寄らせない。
階段を駆け上って僕は乱暴に扉を開いた。
「……あらぁ、騒々しいですわ。下僕。まぁ、いいですのよ。今は気分がいいのほらあなたもこちらにいらっしゃい」
お酒に酔っているようにとろんとした表情でまったりという彼女は、いつもと違って酷く怒ったりしないし、とてもやさしげに見える。
でもそれはただ理性がとかされているからで、効果が切れると酷い不安に苛まれて正気を失う。
「…………」
「美味しいわよ。新作ですって、ちょっと癖があるけれど、気持ちが軽くなりますの」
「……姉さま……僕、それ何度もやめてって言ってるじゃないですか……」
うっとりとほほ笑んで、小さな瓶に入った飴玉のような包装をされているそれを僕にも勧めてきた。
それに僕はどうしてもやりきれなくて感情をどうにか押し殺した声で彼女に言った。
すると、姉さまはすこし困った顔をして、それでもいつもの稀少の荒い彼女とは違ってプイッとそっぽを向く。
「そんな話、聞いてませんのよぉ。きっと気のせいですわ。嫌なら出ていってくださいませ」
「そういう問題じゃ……」
「そぉいう問題ですの。だってぇこんなに気分がいいんですもの。あら、バルトロメウスもいるのね、おいで、お膝にのせてあげますわ」
すこしろれつが回っていない彼女の言葉は僕の心を酷く逆撫でする。たしかにこんなに穏やかな姉さまだったら良かった。
元からずっとこうしておっとりしている人だったらどれほど良かったか。
でもそれは、まやかしで、依存させるためのただの作用で、今の彼女は姉さまじゃない。
姉さまはもっと過激で、過剰で、酷い人で怖がりなだけなのだ。
「……っ、……」
アラン様の言葉がちらつく、身の振り方を考えろといわれた。こんな風になってアルカディアから逃れられない彼女を救い上げることは出来ない。
「……そ、っそんなことばっかりしてるから!! 姉さまがそんなだから!! どんなに頑張っても意味ないんじゃないか!! いつだって何したってずっとかばって来たし味方だし、姉さまが死ななくていいようになんでもしてきた!!」
そうだ、僕はただ、それだけだった。今までずっと。
「僕ら二人きりの兄妹でしょ! ずっと一緒だったし、姉さまの家族は僕だけで僕の家族は姉さまだけ!! だからずっと尽くしてきたよっ、ずっと!! なのになんでそんなものに頼ってばっかで取り返しがつかないとか言われて!!
姉さまだって死にたくないでしょ!! 僕だって死んでほしくないよ!!
なんで僕のいう事聞いてくれないの?! なにしてもいいよ殴られたって別にいたくないよっ、どんな性格終わってることしたっていいよ、僕が代わりに謝りに行くから!!
でも……それは違うじゃん……それじゃ僕、姉さまのこと助けらんないよ!!」
メロディ姉さまの弟になって、崖っぷちなんだなって気が付いて一蓮托生になったと思った時。
それからしばらくたってこの人を見捨てればいいんじゃないかと思ったことがある。
悪役令嬢だから原作に登場しないなんて、いけないだろうけどもうそんなの抜きにしてこの人を殺してしまえばいいんじゃないかって思った。
……でも、出来なかった。やりたくなかった、前世の記憶を思いだす前からそう思いいたるまでずっと僕の人生、姉さまの事しかない。
姉さまと僕しかこの世界に存在していないみたいに思う。
別の事に価値を感じない。
それが愛情というものなのかそれとも将又ただの依存か。答えはそう簡単に出せるだろうか。
今だって、見限ることが僕の正しい選択だったのかもしれない。でも彼女をどうにかしたくて、どうにかなってほしくて堪らなくなって今だって意味などないとわかっているのに怒鳴りつけた。
息が上がって、拳を握った手はきつく握りすぎてとても痛い。
自然と目が潤んでしまっていた。
しかし、こんな風に感情で訴えたとしても届かない。そんなことは知っている。
急に怒鳴られて、頭の回っていない今の姉さまでは、何故そんな風にいわれなければならないのかわからないだろうし、なにより理不尽に感じるだろう。
いくら薬が回っていても、元の人格は変わらない。
「……なんですって?」
鋭い金の瞳が睨めるように僕の事を見上げてくる。
お楽しみの最中に制止されただけではなく、気分を害された姉さまはいつもよりも各段機嫌が悪そうに手元にもっていた扇子をきつく握っていた。
アルカディアの入った瓶をテーブルに置いて、ふらりと体を揺らして立ち上がる。
それだけで長年の彼女との生活によってしみついた習慣で体が強張る。
「なによ、偉そうに……」
喉の奥から絞り出したような声がして、姉さまは大きく扇子を振りかぶった。
僕はぎゅっときつく目をつむる。いつもみたいに殴られたとしても後悔はない。いわなければどうしようもないような気持だったし、でも言ってしまったのは僕が悪かった。
しかしいつまでたってもその拳は振り下ろされることはなく、そろりと目を開くと、僕らの間にはバルトロメウスが立っていた。
彼は大柄なので、僕らの間に立っていると、まったくお互いが見えないぐらいに小柄な僕らとは身長差がある。
三角の耳は姉さまの方を向いていて、どうやら姉さまの手を掴んでいる。
「なっ、何す━━━━」
「膝にのせてくれるって言っただろっ? メロディ!」
「え……あ、それは言ったけれど、わたくしは今、下僕と……」
「じゃあ、すぐ乗せてくれ! 今すぐっ、ほら、早く!」
そう言って彼は、気高いオオカミの姿になり姉のそばをぐるぐると回る。それからせかすようにワンッワンッと吠えた。
「……うるさいですわ。駄犬みたいですの。……まったく、まあでも、腹が立つ鳴き声よりはましですわ」
そう言って姉さまはちらりとこちらを見て、それから扇子を握りしめた。しかし、興味などないとばかりに視線を逸らしバルトロメウスの頭をなでる。
……。
まだまだ言いたいことは山ほどあるし、思う所だってある。でも彼女の瞳は今も黒く染まっている。
アルカディアには魔薬と似たような成分以外に、黒魔法の属性がある魔草などが配合されているらしい。
そのせいで、闇の女神に魅入られた人間が問題行動を起こす。
しかしその闇の女神だって、別に邪神というわけではない。姿を消したり、人に呪いをかけたり、夜目が利いたり色々な魔法を与えてくれた神様だ。
昼と夜が交互にやってくるように、バランスがきちんと保たれていれば何の問題もない神様だ。
けれどもそのバランスが崩れることが起きた。それが原作の事の発端。ルシアの出自に関わることで面倒な話なのだ。
まぁとにかく、闇の女神に魅入られなければ、アルカディアに取りつかれなければ、ウェントワースが国で有数の黒魔術の使い手でなければ、こんなことにはならなかった。
闇の女神に魅了されると破滅思考と他害行動が顕著に表れる。
つまり操られているといっても彼女の意思が反映されている行動だ。もちろん意識はある。でも魅了されているときに正しい話し合いなどできない。
それにバルトロメウスは僕をかばってくれたのだろう。
彼がいなかったら酷い喧嘩になっていたと、思うし僕も頭を冷やした方がいいかもしれない。
静かに部屋を出て、同じ屋敷内にいたくなくて学園に向かった。
背には傾いて赤くなった太陽が僕の事を照らしていて長い影がぽつんと浮かび上がっていた。
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