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25 アルカディア
しおりを挟む鋭い視線を向けてくる騎士たちに目をつけられないように、そそくさと屋敷を出る。
普通は貴族の移動手段といえばもっぱら馬車であり、徒歩で移動することはあまり多くはない。
しかしここは魔法学園だ。適当に歩いていても、貴族らしからぬ振る舞いとして糾弾されることもない。
それに従者だって連れ歩かない事の方が多いのだ。
この学園は様々なしがらみにとらわれて身軽に動くことができない身分の高い人間とも気軽に接することができる唯一の場所である。
まぁ、王族ともなるとそうはいかない場合があるが。
そう考えて僕は一度、メローニア王家の屋敷を振り返った。
大陸の中で一番大きな国家だけあってその王家の屋敷ともなると他の屋敷とは一線を画している。外観だけでも維持するのに相当な費用がかかりそうだ。
先ほどまでいた彼の部屋での話を思いだして、それからは何も考えられない。
だって普段厳しい彼からあんな風に道を指し示すようなことを言われてしまった。
むしろ追い詰める様な言い方をしてくれれば吹っ切れて何かしらの決断もできたかもしれないのに、妙なところで人格者らしさを出してこられると困るのだ。
……いや、困るというか、ああいい人なんだなって。
そりゃそうだよね。わかってたよ。姉さまが目の敵にしてる全員、いい人ばっかり。攻略対象者も、ルシアも皆、人の事を考えて動くいい人達。
アラン様だって僕の事好きではないはずなのに、それでもいわれのない罪で巻き込まれるのは不憫だと思ってくれた。
「そんな人に、心の中でも悪態をつくとか、僕の方が心が汚れてる」
とぼとぼと歩いていると、チャッカチャッカと音がして謎にバルトロメウスが後ろから合流してきた。
先ほどいったように、普通の貴族ぐらいならば馬車で移動しなかったり、従者を連れ歩かなかったりある程度自由に過ごせるが王族は別である。
彼らは国家の要だ。何かあれば外交問題に発展すること間違いなし。
けれども、当たり前のように隣を並走してくるバルトロメウスはやっぱり危機感が足りてない人が好きすぎる犬みたいだ。
「……偶然……だね? ……どうしてここに?」
「ワンッ」
「え? 人の姿にはならない感じ?」
「ワフッ!」
彼は元気に返事をするけれど、人間として会話をしてくれるつもりはないらしく、僕の周りを異様に元気に走ったり飛んだりしながらついてくる。
普通の犬の散歩だってこんなに元気すぎる子は珍しいぐらいなのに、普通に獣人で王子の体裁はいったいどうなっているのだろうか。
それともバルトロメウスではなく普通の犬か? なんて考えてはいけない。原作でも彼ルートで何度かルシアは騙されているからだ。こういう日もある人なのだ。
「……ま、そういう日もあるよね。僕の動物の姿になれたら……」
動物の姿ならば余計なことを考えなくて済むだろうし、彼と楽しく駆けまわったり出来るのに。
そう思ったが、スッカリ忘れていたが僕も動物の姿になれるらしい。多分どうにかすれば鳩の姿になれるのだ。
しかしあれはごめんこうむりたい。意識がぼんやりするし飛ぶのだって酷く疲れる。空を飛ぶことを夢みる人間は多くいるらしいが、とてもじゃないが優雅なものじゃない。
あんなのジェットコースターに乗っているのと変わらないのだ。
「いや、人間がいいや。二足歩行……大事!」
「ワンッ」
「それに、あんな姿になれても結局……」
バルトロメウスに聞かれてもいいように、半分は口に出さないようにしてさらに考えた。
使命を持って僕はこの世界の事を知っているうえでやってきた……らしい。でもそんな使命知らないし、結局明確にはされなかった。僕は姉さまの責任を取って一蓮托生の僕らの命を守るために色々行動してきたのだ。
……でもここで姉さまを見捨てる? もう手遅れ? じゃあ僕がやってきたことってなんだったのだろうか。
うまくやれるはずだから、僕は記憶があるんじゃないの? それとも僕は姉さまを見捨ててそれから使命を全うする?
僕って何者? 何の価値があるの?
それに姉さまを見捨てた後に一人で生き残って達成した使命って、僕が今まで頑張ってきたこととまるで関係がないじゃん。
……僕は……姉さまを…………。
見捨てるしかないらしい。あんなに真剣に気遣ってアラン様に言われたらそれは事実なのだろうと思う。
でも見捨てるっていうのは僕だけ生き残るってことで、今までの姉さまを救おうとしてきた行動は全部僕一人だけが助かるためだけの行動だったみたいだ。
まだ何か、出来ることがあるんじゃないのか。
今までだって大丈夫だったのだ、これからだって……そうだ、そもそも姉さまがアルカディアさえやめてくれれば……。
考えながら歩いているとあっという間に、ウェントワース公爵邸に到着する。
しかしそこには、見覚えがある馬車が止まっていた。
それをみて僕はさぁっと血の気が引いていく。思わず走り出して、馬車の中に乗り込む人の顔を見た。
「おや、ニコラス様。お久しぶりです。いつ以来でしょうか」
「っ……クラウス様……」
「あなた様も随分、ご立派になられた様子で。どうですかあなたも私のところの商品を試してみては」
「失礼しますッ」
すぐに振り返って屋敷の中に入る。
彼はロットフォード伯爵家の人間であり、アルカディアを広めている売人だ。
原作では終盤の、それも条件を満たしていないと解放されない真相エンディングで出てくる裏ボス的な男である。
ルシアからすれば彼の素性は闇に包まれていて、国にアルカディアを蔓延させた仇ともいえる人物だ。
探していても見つからず尻尾もつかみづらい。そしてその行動の意味も図ることは難しいそんなレアキャラなのだが、僕らにはそれなりに接触している。
それは言わずもがな。姉さまが彼に勧められてアルカディアを使うようになったからだ。
僕はその事実を原作から知ることはできなかったので、彼との出会いを止めることができなかった。
それからちょくちょくお得意様の様子を見に彼はやってくる。もちろん追加のアルカディアを持って。
見送りに出てきていた使用人に戻ったと声をかけて廊下を走った。
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