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5 ファーストコンタクト
しおりを挟むこの世界の住人になれたらと願ってはいた。こんな素敵でかわいくて甘酸っぱい世界の一員になりたいと思った。
しかし住人は住人でも僕は、ひどい役回りを背負っている。
そのことを彼らの行く先に、毒々しく美しい狂気の悪役令嬢が現れて、生まれてきて何度目かわからないけれど思い知る。いつもの取り巻きを二人連れての登場だ。
彼女は原作で登場してきたときは、……はぁ、出てきたよ。と呆れた気持ちになったが僕の頭の中には姉! 様! の二文字がでかでかと占領し、急いで涙でぐしゃぐしゃの顔を強引にふき取って彼らに近づくために柱を移動した。
「あら~? あらあら、アラン様ではないですの。誰かしらその田舎臭い小娘は」
「…………ウェントワース公爵令嬢」
「嫌ですわ。ここは学園ですのよ。お気軽にメロディと読んでくださいませ、アラン様」
……姉さま! 馴れ馴れしすぎるよぅ! いくら王国から離れて魔法教会の守護化にある学園都市で、学生は皆対等だとしても駄目! いつも言ってるのに!
早速、姉さまが登場したことによって、心の中で僕は猛烈にツッコミを入れて、今すぐ飛び出していこうかと考えた。
ちなみに姉さまが何故ここまでアランに馴れ馴れしいのかというと、彼らは昔、婚約関係にあったからだ。
それなりに仲の良い時期があった幼馴染みたいなものだ。
まぁ、メロディ姉さまのせいでその仲も崩壊して逆に恨まれているけれど! それにそのせいで僕がアラン様の小間使いにされていることを姉さまは知らないだろうけど!
「行こう、ルシア。君はこの人にはできるだけ関わらない方がいい。この学園でも指折りの危険人物だ」
「え? そんなアラン。でも彼女アランに名前で呼んでもらいたいんだって」
……危険人物って、そりゃそうだけど、いや……アラン様が正しいか。
あまりの言い草に一瞬アラン様の方にツッコミを入れたくなったけれど、ほぼほぼその通りなので逆に納得してしまう。
というかむしろ、ルシアの反応の方が良くない。
ルシアは基本的に優しいので、絡んできた性格の悪そうな女でも尊重してしまう。
すると、姉さまの両サイドにいた取り巻きその一、その二が反応してはやし立てる。
「うわ、アラン様の事を呼び捨て、いいご身分ですね、野ウサギみたいな野暮ったい髪色をしているくせに」
「それに、メロディ様はお前なんかに話してないんですけど~? 勘違いも甚だしい!」
「んなっ、何なの、あなた達!」
「何なの~! ですって、優雅さのかけらもないわ」
「本当っ、ちんちくりんで如何にも間抜けそうですね、メロディ様」
彼らのあまりに無礼な態度に怒ったルシアをさらに揶揄って、姉さまに同意を求める。
すると姉さまは満足した様子で、バッと扇子を広げて口元を隠してから目を細めた。
「あらあら、そんなに図星を突かれたのが頭に来たのかしら。なんの権限があってアラン様の隣にいる変わらないけれど、あなたみたいな田舎娘には分不相応ですわ」
「そ、そんなの、アラン自身が決めることでしょ! あなた達の方が酷く無礼で、ありえないんだから!」
姉さまの上から目線の言葉にルシアも負けじと言い返し、その深緑の瞳でじっと姉さまを睨んだ。
その様子に姉さまは一瞬固まった。
なんせ彼女の生活圏内には、こんなふうに真っ向から歯向かってくる人間なんていない。
王族の次に高い公爵家の跡取りでありながら、その傍若無人っぷりは国に知らない人がいないほどだ。
そんな人が突然現れた、格下の女に張り合われたらどうなるか。
答えは原作にあった通り。
バシッと音を立ててメロディ姉さまはおもむろに美しいレースの扇子を自分の手にたたきつけるようにたたんだ。
それから、無言で振りかぶった。
そして僕はそのイベントが起きる前に走り出して彼らの間に入り込む。
「ちょっとまっ……ギャッ、っ、ゔ~、メロディ姉さま本気出しすぎです! もう!」
開幕早々、主人公ルシアに手をあげようとしたメロディから、アラン様が彼女を守り、尋常ではないその様子に今まで序盤から明るかった物語に影が差す。
メロディは何故か異質なほど暴力的でどこかおかしい人間だと、他の登場人物たちが穏やかなだけあって質の違いを感じるシーンだ。
そしてその異質さをルシアが敏感に感じるのには実は理由があるがある。光の加護を持つ王家の血筋の姫ルシアと反対に、姉さまが、闇の加護を持っているからだ。
その事実をシナリオの中で何度も登場する傍若無人っぷりで説得力を持たせている。
でもっ、説得力を持たれちゃ困るんだって。
「ごめんなさい。姉さまは天邪鬼なところがあってっ、ちょっと怒りっぽいっていうか、決して危害を加えようとしてないから、ね、アラン様!」
「…………」
「…………」
彼らの間に割って入り、場にそぐわない笑みを浮かべていつものような言い訳を口にする。
振り返りつつ、じんじんと痛む頬にまた腫れそうだと思いながらも僕は面識のあるアラン様の方に助けを求める視線を送った。
しかし彼は、ルシアをかばうために彼女の前で腕を広げていて、いつものように僕の事を冷ややかに見つめていた。
……うひぃ、やっぱり王族怖い! 絶対後で怒られるっ。
「ねねね、姉さまもほら、急に手をあげたりしてもし仮にアラン様に何かあったらほら! 一大事だし! 一大事! だから今日は、こ、この辺で」
突然登場した僕に、彼らは視線を向けつつも僕をそっちのけでアラン様とメロディ姉さまは睨み合っている様子で、相変わらず二人の間の固い空気感は変わらない。
「そ、そうだ僕、これから姉さまと屋敷に戻って話したいことが山ほどっ、本当に山ほどあるしさっ、だから……その……」
わたわたと手を前で振って彼らの間の険悪な空気をどうにかしようとぎこちない笑みを浮かべる。
しかし、前に進み出てきたルシアに思わず言葉を失って、彼女に視線を送った。
彼女が手にもっている真っ白なハンカチを視線で追っていると、そっと姉さまにぶたれた頬に当てられる。
ピリッと痛んで、血が出ているのだと気が付いた。
「……大丈夫?」
不意に、なめらかで少女らしい声がして、僕の事を心配するように、ルシアはそのエメラルドの慈愛に満ちた瞳を細める。
「っ、……」
僕はそんな彼女がびっくりするぐらい魅力的で、「ヒィ」と小さな声を漏らしていた。
「ウェントワース公爵令嬢、いくらルシアが気にくわなかったからと言って、手をあげるなんてどうかしていると私は思うよ」
「あら、実際にぶったわけじゃないでしょう。わたくしの下僕が邪魔したのだから何もなかったも同然ですわ。
それにその女が分不相応な無礼者だったことが何よりの原因ですのよ。アラン様、是非、わたくしのように付き合う人間を選んだ方がいいですわ。
でないと今日のように、相手が怖い目に遭うかもしれませんもの」
「……君ほど苛烈な人間もそういない、メロディ」
「あら。やっと名前で呼んでくださって嬉しいですわ」
ハンカチを受け取って僕が頬を押さえていると、ルシアは意味深なやり取りをしている彼らの事をとても険しい表情で見つめた。
きっと彼女の心のモノローグには、
『彼らは、お互いに警戒しつつただならぬ雰囲気を醸し出し、しかしそれはどう見ても好意的なものではないことがわかる。
そして、手をあげて弟にけがを負わせてもなんとも思ってない様子、メロディ・ウェントワース彼女は何か尋常ではないものだと心がわめくのであった』
なぁんて描写されているだろう。
……クッソ、しくじった! 本当はもっとコミカルに兄妹喧嘩風味の味付けのイベントにしたかったのに!
と考えて、僕は気を取り直して、姉さまの腕に思いっきりしがみついた。
「じゃあ、そういうわけですから、アラン様! 今日僕らはこれで失礼しますから! 姉さまはほらいきましょ! 僕、姉さまに甘えたい気分なんです!」
「はぁ? なに気色の悪い事を言ってますの。この下僕! というかあなた、ただじゃ済まさないわよ」
「ルシア様もハンカチをどうもありがとうございました! おかげで元気百倍デス!」
「あっ、それは、返さなくても大丈夫だからね。お大事にっ」
それから腕をつかんで、ぐいぐいと彼らがこれから向かう校舎とは反対側に向かって引っ張っていく。
姉さまは仕方ないとばかりについてくるけれど、振り返ってルシアに頭を下げる僕の腕をつねって苛立ちをあらわにしていた。
……いだだだだっ!!!
これはまた酷い痣になってしまう。すこし涙目になった僕はルシアから視線を話すとき、ふいにその肩に止まっているコランと目があった気がした。
ルシアが髪を結んでいるアイスブルーのリボン。それをお揃いでクロスタイのように首につけているあの鳥は、実はルシアにだけで聞こえる声で話をできる。
なんだか意味深な視線が気になりはしたが、すぐに姉さまに髪を掴まれて「いだだだだだっ!!」と叫び声を上げながら人気のない場所に引っ張られていく。
そのまま躾と称して、姉さまは僕の事をまたぼこぼこと殴ったのだった。
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