46 / 49
45 最後の計画 その三
しおりを挟む「まったく、あなたには本当に腸が煮えくり返っていたけれど、簡単に誘いに乗って一人で証拠をつかみにやってくるなんて馬鹿で助かったわ。フィオナ、これから散々躾けてあげるわよ」
そういって振り下ろされる手にフィオナは目をつむって身を固くする。
……もう少しだけでもっ。
短くそう考えたがパシッと音がするけれど痛みはないふと目を開いた。
ソファーの背もたれから手が伸びていて爪の長いヴェロニカの手を止めるようにフィオナへの攻撃を防いでいた。
「……」
「遅い」
声は聴きなれたいつものノアの声だ。しかしなんだか少し怒っている様子だった。
理由はわかるけれど、計画を立てている最中もあまりそれ以外の話をしなかったのでこういう叱責するような言葉を言われるのは久しぶりだった。
「んなっ、今すぐとらえなさい!!」
ヴェロニカはすぐに反応して自分の背後にいる騎士たちに命令を飛ばす。
しかし振り返った先にすでに騎士はおらず、彼らは忽然と姿を消していた。
しかしそれにしても、遅かっただろうか。計画を立てているときにできるだけ引き延ばすようにと言われていたのだ、もう少し粘れたと思う。
「ちょっと聞いてる? フィオナ、君はさ、私に頼ってってちゃんといつも言ってるよね。いざとなった時に助けに行くから合図送る手はずだったでしょ」
「は、はい。でももう少しくらいなら大丈夫かと思いまして」
「大丈夫じゃないよ。少し心配する人間がいるんだって自覚をもって」
「……ごめんなさい」
厳しく言われて、フィオナはとりあえず謝った。
フィオナは彼に逃げられて以来、ノアとどういう風に接したらいいのかよくわからなかった部分もあるのだが、ノアの方は案外いつも通りで、それに合わせる形でとりあえずやり過ごしている。
しかし心配だというスタンスは変えないらしく、そのことをどういう風に受け取ればいいのか未だに悩んでいる。
……今も嬉しい気持ちと難しい気持ちが半分半分です。
状況にそぐわずに、ちょっとだけいつものように叱ってくれたことに嬉しくなってドキドキしたが、今が計画の真っ最中で山場だという事をヴェロニカが「なんなのよォ!」と叫んだことによって思いだした。
ヴェロニカは取り乱してそのまま、数歩後ずさった。そんな彼女にフィオナはふうっとひと息ついてから、向き合うために立ち上がった。
そんなフィオナにノアは何も言わずにただそこにいるだけだった。
「……ヴェロニカ様」
「あ、あなた! この売女っ、聖者なんて誑し込んで自分の護衛をさせていたなんて!」
「……」
「でも、残念だったわね。ここにはあなたの望むものなんか何もないわよ!」
動揺している様子だったが、ヴェロニカは未だにフィオナの行動の意味に気が付いていない様子だった。
「手ぶらでマーシアの元に戻るつもり? あなたみたいな不気味な魔法を持った人間なんて所詮信用なんてされないわ! むしろわたくしの離宮に来たことを疑われるんじゃないの?!」
言っている最中に彼女の手にはめている合図を送るための魔法道具の指輪がふと魔力を失って、それはフィオナにとっても良い知らせになった。
「……ヴェロニカ様、その指輪、あなたの協力者との合図用に使われている物ですよね」
「そ、そうよ! こうして、ちゃんと光っている限りはわたくしの計画に誰も文句なんて付けられな……」
彼女の言葉は途中で止まって、指輪を見たまま硬直した。
そういう作戦だったのだ。
フィオナはフィオナだけではうまくやれない事がまだまだ多い、けれどもフィオナにしかできない事がある。
それは今回、ヴェロニカの誘いにわざと乗っかって、フィオナがマーシアたちの為にヴェロニカの計画を暴こうとしているという演技をすることだった。
もちろんヴェロニカがフィオナをまるっきり信用して証拠集めをできるならばそれでも良かったが、マーシアたちはフィオナの話を聞いて相手の裏を読んだ策を練った。
「あなたの協力者のところには、マーシア様たちが向かってくれています。私たちは、あなたの足止めとこの離宮の捜索を命じられています」
「……は、はぁ?」
「その指輪が魔力を失ったということは、マーシア様たちは協力者も証拠も掴んだはずです。抵抗せずにどうか投降してください」
混乱した様子で指輪を凝視する彼女だったが、フィオナは用意していた言葉を言った。
ノアが合図を送れば、外にいる騎士たちがこの屋敷に突入してヴェロニカとメルヴィンをとらえることになる。
これで彼らとフィオナが自由に言葉を交わせるのは最後になる。
予想だにしていなかった展開に言葉を失ってただ目を見開くヴェロニカに、フィオナは続けていった。
「……私はたしかに、考えが足りない事も多いし、世間知らずで、何も考えずに罪を重ねてしまった愚か者です」
「……」
「あなたに手紙で言われた通り、何もしていない方が楽に生きられたかもしれませんし、実質的に面倒を見てくれた恩もあります」
それを認めてしまって悲しくなったこともあった。しかし、それもこれも全部含めての自分だ。今更否定したって仕方がない。
罪は重い、フィオナは自覚がなくとも悪事を働いてしまった。
だからこそ認めてあがくべきなのだ。
フィオナはそうして生きたさきで必ず誰か救われてくれるのだと知っている。
「でも、見て見ぬふりを続けて罪を重ねるよりも、胸を張って生きられる選択肢を自分の責任で選びます。ただそれだけですヴェロニカ様。私は道具でも幼子でもない、立派な大人です」
ヴェロニカは頬を引き攣らせてフィオナを見つめる。きっと頭の中にはたくさんの打開策を巡らせている事だろう。
この人はそういう人だ。フィオナだけだったらきっとこうして成し遂げられなかった。
「そろそろ呼ぶよ。フィオナ」
「はい、お願いします。ノア」
ノアがそう声をかけるとヴェロニカは、おもむろに走り出した。
高いヒールを履いているので、何度か転びそうになりながら応接室の窓に向かって、駆けだす。
「ヴェロニカ様、本当は道具呼ばわりしたことを謝罪して欲しいです。私の人生をしばりつけようとしたことも、でもあなたは大罪で裁かれる。それを見て心の整理をつけようと思います」
フィオナの言葉などどうでもいいというようにヴェロニカは窓を開けてドレスを引きずりながら外に出ようとする。
しかし、すでに離宮の周りを取り囲んでいた騎士たちによって引きずり倒されて、喚くような声をあげた。
「無礼よ! 離しなさいッ何を根拠にこんなことしてるか言ってみなさいよ!!!」
その行動を見てヴェロニカは別にフィオナの事など、道具以上の感情を持っていないことは明白でそれをフィオナも知っていた。
魔力を封じる枷をはめられて、強引に腕を引かれて彼女はわめきながら離宮から出ていく。
結局彼女は、フィオナの事など見向きもせずに恨み言も言わず、ただマーシアに恨みつらみを吐き捨てる。
「……行ったね。そのうちメルヴィンも捕らえられると思うけれど、見ていく?」
「いえ、苦しめられていた私は彼らに特別思う所がありますけれど、彼らにとって私は、利用して不幸にした数百人のうちの一人でしかないと思います。だから謝罪もないでしょうし、私自身が彼らをさばくわけでもないので見向きもしないと思うんです」
「……」
フィオナの言葉に、ノアは驚いた様子ですこし黙って、フィオナが首をかしげると彼は言った。
「君ってそんなに達観してたっけ? 変なの。一発ぐらい殴ってきたらいいのに」
「……一発じゃ、すまないので」
「あははっ、それもそっか。じゃあ帰ろ」
「はい、ノア」
言われて考えてみると確かに一発ぐらいは、殴ってもよかった気がするが、殴られることはあっても殴ったことは一度もなかったフィオナが今更同じ土俵に立ってやり返すのは勿体ないような気がする。
それに正当に裁かれるならその方がずっといいだろう。
フィオナが殴るようなことよりも、きっととても重たい罰が待っている。
「フィオナ」
「はい」
「かっこよかったよ」
そういってノアはフィオナの手を取った。
……触れたくないんではなかったんでしょうか?
そんな感想が思い浮かんだけれど、ぐっと強く引かれる手はやっぱりこころ強くてデビュタントの日を思い出した。
揃いの指輪が淡く光をはらんでいる。繋がれた手を見て思わず微笑んだ。
90
お気に入りに追加
836
あなたにおすすめの小説
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。
そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。
しかしその婚約は、すぐに破談となる。
ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。
メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。
ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。
その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。
聖女の代わりがいくらでもいるなら、私がやめても構いませんよね?
木山楽斗
恋愛
聖女であるアルメアは、無能な上司である第三王子に困っていた。
彼は、自分の評判を上げるために、部下に苛烈な業務を強いていたのである。
それを抗議しても、王子は「嫌ならやめてもらっていい。お前の代わりなどいくらでもいる」と言って、取り合ってくれない。
それなら、やめてしまおう。そう思ったアルメアは、王城を後にして、故郷に帰ることにした。
故郷に帰って来たアルメアに届いたのは、聖女の業務が崩壊したという知らせだった。
どうやら、後任の聖女は王子の要求に耐え切れず、そこから様々な業務に支障をきたしているらしい。
王子は、理解していなかったのだ。その無理な業務は、アルメアがいたからこなせていたということに。
不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?
木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。
彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。
混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。
そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。
当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。
そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。
彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。
※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる