35 / 49
34 方向性
しおりを挟む魔力が回復してから、フィオナはマーシアとの面会の予定を入れた。彼女の執務室へと向かうと、メーベルとマーシアの二人がおり、ランドルはその場にいなかった。
「かけてくれ、フィオナ」
「体調は良くなりましたか?」
「はい、おかげさまでゆっくりと休めました」
挨拶もそうそうに二人と向かいの席にかけてフィオナは改めて先日のことを話題に出した。
「先日は私の自己管理不足でご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、構わんぞ。それに、こちらも威圧的に君に対処していた自覚があったからな。まだ若い少女が焦って無理をしたことをわざわざ咎めるほど私は鬼ではない」
「ふふっ、そうですね。フィオナ、わたくしの方こそ先日は申し訳ありませんでした」
マーシアの言葉を聞いて少し笑ってからメーベルは先日の事を謝ってくる。
しかしフィオナは謝罪されるようなことをされた覚えがなくて反応に困った。それを見てメーベルは付け加えて説明した。
「お義母さまに言われていたとはいえ、あなたを試すために追いつめるようなことを言ってしまいました。不安になったでしょう?」
「試す……ですか」
「ああ、私たちも、ヴェロニカの悪行についてはいくつか把握しているし、動かない国王の代わりにそれらを明るみに出したいと思っている。しかし、ヴェロニカに協力していたお前が、自分の力をどのように思っているのか力を行使するのに値する人間かを試すために少々横暴な態度をとらせてもらった」
「……なるほど」
「もちろん素直に従うならそれでも構わないが、力を持つ者は自分の責任をしっかりと認識して正しく使うべきだ。フィオナがそうあろうと望んでくれる人間で良かった」
優雅に紅茶を口に運びマーシアはふっと笑みを浮かべた。
そのしぐさにすらかっこいいという感想を覚えつつ、まったく知らない意図があったことにも驚いた。
そして悩んだけれど、彼女のお眼鏡にかなってよかったと思う。
大人の世界というのはシビアだ。言われたことを素直に受け取っていただけではフィオナは妥協した選択肢をしなければならなかっただろう。
けれどもそうはならずに、彼らと対等になれたのはフィオナがちゃんと自分の主張をしたからだ、今はただ、それを嬉しく思った。
気付きを与えてくれたロージーにも、何も言わずに待っていてくれたルイーザにも、心配してくれていたノアにも皆に支えられてフィオナはやっとここにいる。
これからも彼女たちの事を大切にしていきたいと思う。
「ありがとうございます。これからもマーシア様たちと志を共にできるように精進したいです」
「あら、真面目ですね、フィオナ。わたくし真面目な子は好きです」
「そうだな。何事にも真摯であれフィオナ。……さて、ではこれからの事について具体的な話をしようか」
話が切り替わって、和やかな雰囲気からピリリとした真剣な雰囲気になる。その彼らの真剣さに気おされないようにフィオナも気張って彼らの話についていった。
話は多岐にわたった。フィオナとノアの婚約について足りてない儀式についての指摘、結婚をする時期について。
ルイーザとフィオナがともにいる理由や世間的な体裁。後はフィオナの魔法の具体的な使い方から条件。
先日のメルヴィンのその後の経過について。
それぞれについてフィオナが悩みだす前に、彼女たちはすぐに提案と方向性を決めてフィオナが情報を開示すればすぐに質問が飛んでくる。
話し合いの展開が早くてついていくのが大変だったが、わからない事があれば質問すると、わかるまで彼女たちはきちんと説明をしてくれて、おいていかれることなくきちんとこれからの事について話し合うことができた。
「ではメルヴィンはしばらくの後に安定し、以前と同様に公務につく可能性が高いということでしょうか?」
メーベルが確認のように聞いてきてフィオナはそれについて、少し考えてから返答した。
「以前と同様にかと問われると答えはいいえです。私は彼の人格を形成している根源的な記憶の半数以上を奪いました。今回は母の記憶ですので、愛情不足を感じて幼児退行を起したり、感情の起伏が激しくなることが予測されます」
「……また先日のようなことになる可能性があるという事でしょうか?」
「そうですね、混乱するような事態になればなると思いますが、知能が低下しているわけではないので、あそこまで取り乱すことは多くないはずです」
「確認だが、彼の記憶はもう二度と戻ることはないんだな?」
「はい、取り出しているわけではなく体外に出して消失させたので、これから生きている限り不安定な心の不安と戦って生きていくことになりますね」
「フィオナ……お前はどうしてそのようなことを知っている?」
彼らに説明をしていると、ふいにマーシアが警戒するように声を固くしてフィオナにそう聞いてきた。
それになんだかフィオナは自分が猛獣みたいに思われているように感じて少し悲しいが、今の説明もフィオナのオリジナルではない。
「……ヴェロニカ様の提案を私は実行しただけです。実際にやったことはありませんでしたが、そういう風にもできるように魔力を増やす訓練をしろと言われていました」
「そうか、ヴェロニカが……」
マーシアはフィオナの言葉を聞いて考えこむが、メーベルは不安そうな顔をして問いかけてきた。
「……ねえ、フィオナ。一つ聞きたいんですけど、あなたは触れない限りその魔法を使えないんですよね?」
「はい、触れることは絶対条件です」
「わかった、それが分かればいいんです」
妙な確認にフィオナは少し首をかしげたが、マーシアの表情を見てから、怖がられているのだと気が付いた。
今までフィオナの魔法を知ってこんな風に反応をする人間がいなかったので意外に思ってそれから、たしかに自分以外の人間がこんな魔法を持っていたら、フィオナだって怖いと思うかもしれない。
記憶が大切なものだなんてのはわかっているが、万に一つがあるかもしれないから触れたくないと思うだろうし、間違ってもう二度と戻らない記憶が消えてしまうかもしれないならフィオナとは触れ合いたくないだろう。
それは当然のことだ。
そしてフィオナの魔法を正しく理解している相手はフィオナに触れてこなかった。
それはよく考えれば当たり前の事だと思えるけれど、ちょっとだけ悲しくもあった。
「よし、では最後に元凶であるヴェロニカの事についてだ」
マーシアは話を切り替えてフィオナもそれに合わせて頭を切り替えた。
「状況から鑑みるに、彼女の派閥は混乱状態にあるだろう。人身売買しかり、今辿らせている隣国メルドラスからの密輸、我が王国で使用の禁止されている麻薬の流通、これらも混乱状態によって何らかの綻びが出る可能性がある」
……色々悪事に手を染めているとは思っていましたけれど、悪事のフルコースです。
「しかし、一つを摘発することができても、末端の実行犯をとらえることができるのみで、常にどこかで彼女とのつながりを立証できない。それはメーベルとも常に議題に上がる最大の懸念点だ」
メーベルはマーシアの言葉に深く頷いて同意を示した。
「だからこそこの好機も慎重に精査するべきであると考える。どの綻びをつつくのが一番彼女の派閥を瓦解させるのに最適であるのか、これから、作戦を練るとともに、探っていこうと思う」
「はい」
「そうですね」
「フィオナにはヴェロニカの情報について、仕事についてから些細なことまで纏めて報告書を作成してほしい、それから同じ情報を共有し我々で摘発までの流れを考えようではないか」
「わかりました。急いで仕事にとりかかろうと思います」
「わたくしも、ヴェロニカの行っている事業の現状把握を急ぎますね」
マーシアの指示は単純明快で分かりやすい。
フィオナは、個人的にヴェロニカを酷く恨んでいるというわけではない、しかしその悪事を止めたいと志を持っている人がいてフィオナはそれに協力することに利点がある。
フィオナはまだまだなりたい大人は立派な人という漠然とした気持ちがあるだけだが、国をよくするために全力を尽くす、そういう形もあって王族になるのであればそうするという方向性もフィオナの選択肢の中にある。
完璧に定まっては居なくとも、今目の前にあるできることをがんばることとにかくそれが大切だろうと考えて、フィオナは気合いを入れたのだった。
85
お気に入りに追加
891
あなたにおすすめの小説
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。
木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。
ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。
不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。
ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。
伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。
偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。
そんな彼女の元に、実家から申し出があった。
事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。
しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。
アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。
※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる