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34 方向性

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 魔力が回復してから、フィオナはマーシアとの面会の予定を入れた。彼女の執務室へと向かうと、メーベルとマーシアの二人がおり、ランドルはその場にいなかった。

「かけてくれ、フィオナ」
「体調は良くなりましたか?」
「はい、おかげさまでゆっくりと休めました」

 挨拶もそうそうに二人と向かいの席にかけてフィオナは改めて先日のことを話題に出した。

「先日は私の自己管理不足でご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、構わんぞ。それに、こちらも威圧的に君に対処していた自覚があったからな。まだ若い少女が焦って無理をしたことをわざわざ咎めるほど私は鬼ではない」
「ふふっ、そうですね。フィオナ、わたくしの方こそ先日は申し訳ありませんでした」

 マーシアの言葉を聞いて少し笑ってからメーベルは先日の事を謝ってくる。

 しかしフィオナは謝罪されるようなことをされた覚えがなくて反応に困った。それを見てメーベルは付け加えて説明した。

「お義母さまに言われていたとはいえ、あなたを試すために追いつめるようなことを言ってしまいました。不安になったでしょう?」
「試す……ですか」
「ああ、私たちも、ヴェロニカの悪行についてはいくつか把握しているし、動かない国王の代わりにそれらを明るみに出したいと思っている。しかし、ヴェロニカに協力していたお前が、自分の力をどのように思っているのか力を行使するのに値する人間かを試すために少々横暴な態度をとらせてもらった」
「……なるほど」
「もちろん素直に従うならそれでも構わないが、力を持つ者は自分の責任をしっかりと認識して正しく使うべきだ。フィオナがそうあろうと望んでくれる人間で良かった」

 優雅に紅茶を口に運びマーシアはふっと笑みを浮かべた。

 そのしぐさにすらかっこいいという感想を覚えつつ、まったく知らない意図があったことにも驚いた。

 そして悩んだけれど、彼女のお眼鏡にかなってよかったと思う。

 大人の世界というのはシビアだ。言われたことを素直に受け取っていただけではフィオナは妥協した選択肢をしなければならなかっただろう。

 けれどもそうはならずに、彼らと対等になれたのはフィオナがちゃんと自分の主張をしたからだ、今はただ、それを嬉しく思った。

 気付きを与えてくれたロージーにも、何も言わずに待っていてくれたルイーザにも、心配してくれていたノアにも皆に支えられてフィオナはやっとここにいる。

 これからも彼女たちの事を大切にしていきたいと思う。

「ありがとうございます。これからもマーシア様たちと志を共にできるように精進したいです」
「あら、真面目ですね、フィオナ。わたくし真面目な子は好きです」
「そうだな。何事にも真摯であれフィオナ。……さて、ではこれからの事について具体的な話をしようか」
 
 話が切り替わって、和やかな雰囲気からピリリとした真剣な雰囲気になる。その彼らの真剣さに気おされないようにフィオナも気張って彼らの話についていった。


 話は多岐にわたった。フィオナとノアの婚約について足りてない儀式についての指摘、結婚をする時期について。

 ルイーザとフィオナがともにいる理由や世間的な体裁。後はフィオナの魔法の具体的な使い方から条件。

 先日のメルヴィンのその後の経過について。

 それぞれについてフィオナが悩みだす前に、彼女たちはすぐに提案と方向性を決めてフィオナが情報を開示すればすぐに質問が飛んでくる。

 話し合いの展開が早くてついていくのが大変だったが、わからない事があれば質問すると、わかるまで彼女たちはきちんと説明をしてくれて、おいていかれることなくきちんとこれからの事について話し合うことができた。

「ではメルヴィンはしばらくの後に安定し、以前と同様に公務につく可能性が高いということでしょうか?」

 メーベルが確認のように聞いてきてフィオナはそれについて、少し考えてから返答した。

「以前と同様にかと問われると答えはいいえです。私は彼の人格を形成している根源的な記憶の半数以上を奪いました。今回は母の記憶ですので、愛情不足を感じて幼児退行を起したり、感情の起伏が激しくなることが予測されます」
「……また先日のようなことになる可能性があるという事でしょうか?」
「そうですね、混乱するような事態になればなると思いますが、知能が低下しているわけではないので、あそこまで取り乱すことは多くないはずです」
「確認だが、彼の記憶はもう二度と戻ることはないんだな?」
「はい、取り出しているわけではなく体外に出して消失させたので、これから生きている限り不安定な心の不安と戦って生きていくことになりますね」
「フィオナ……お前はどうしてそのようなことを知っている?」

 彼らに説明をしていると、ふいにマーシアが警戒するように声を固くしてフィオナにそう聞いてきた。

 それになんだかフィオナは自分が猛獣みたいに思われているように感じて少し悲しいが、今の説明もフィオナのオリジナルではない。

「……ヴェロニカ様の提案を私は実行しただけです。実際にやったことはありませんでしたが、そういう風にもできるように魔力を増やす訓練をしろと言われていました」
「そうか、ヴェロニカが……」

 マーシアはフィオナの言葉を聞いて考えこむが、メーベルは不安そうな顔をして問いかけてきた。

「……ねえ、フィオナ。一つ聞きたいんですけど、あなたは触れない限りその魔法を使えないんですよね?」
「はい、触れることは絶対条件です」
「わかった、それが分かればいいんです」

 妙な確認にフィオナは少し首をかしげたが、マーシアの表情を見てから、怖がられているのだと気が付いた。

 今までフィオナの魔法を知ってこんな風に反応をする人間がいなかったので意外に思ってそれから、たしかに自分以外の人間がこんな魔法を持っていたら、フィオナだって怖いと思うかもしれない。

 記憶が大切なものだなんてのはわかっているが、万に一つがあるかもしれないから触れたくないと思うだろうし、間違ってもう二度と戻らない記憶が消えてしまうかもしれないならフィオナとは触れ合いたくないだろう。

 それは当然のことだ。
 
 そしてフィオナの魔法を正しく理解している相手はフィオナに触れてこなかった。

 それはよく考えれば当たり前の事だと思えるけれど、ちょっとだけ悲しくもあった。

「よし、では最後に元凶であるヴェロニカの事についてだ」

 マーシアは話を切り替えてフィオナもそれに合わせて頭を切り替えた。

「状況から鑑みるに、彼女の派閥は混乱状態にあるだろう。人身売買しかり、今辿らせている隣国メルドラスからの密輸、我が王国で使用の禁止されている麻薬の流通、これらも混乱状態によって何らかの綻びが出る可能性がある」

 ……色々悪事に手を染めているとは思っていましたけれど、悪事のフルコースです。

「しかし、一つを摘発することができても、末端の実行犯をとらえることができるのみで、常にどこかで彼女とのつながりを立証できない。それはメーベルとも常に議題に上がる最大の懸念点だ」

 メーベルはマーシアの言葉に深く頷いて同意を示した。

「だからこそこの好機も慎重に精査するべきであると考える。どの綻びをつつくのが一番彼女の派閥を瓦解させるのに最適であるのか、これから、作戦を練るとともに、探っていこうと思う」
「はい」
「そうですね」
「フィオナにはヴェロニカの情報について、仕事についてから些細なことまで纏めて報告書を作成してほしい、それから同じ情報を共有し我々で摘発までの流れを考えようではないか」
「わかりました。急いで仕事にとりかかろうと思います」
「わたくしも、ヴェロニカの行っている事業の現状把握を急ぎますね」

 マーシアの指示は単純明快で分かりやすい。

 フィオナは、個人的にヴェロニカを酷く恨んでいるというわけではない、しかしその悪事を止めたいと志を持っている人がいてフィオナはそれに協力することに利点がある。

 フィオナはまだまだなりたい大人は立派な人という漠然とした気持ちがあるだけだが、国をよくするために全力を尽くす、そういう形もあって王族になるのであればそうするという方向性もフィオナの選択肢の中にある。

 完璧に定まっては居なくとも、今目の前にあるできることをがんばることとにかくそれが大切だろうと考えて、フィオナは気合いを入れたのだった。



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