成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
26 / 49

26 元婚約者

しおりを挟む



「フィオナ様、もう少し時間がたったら庭園に出ていいんだよね?」

 目の前で行儀よくお菓子を食べていたルイーザがそう問いかけてきてフィオナは瞳を瞬いた。

 しかしすぐに言葉の意味を理解してこくりと頷く。

「はい。庭園のガゼボがあるあたりへ出ても大丈夫だと思います。普段からそれほど使われているわけではありませんし一応、ノアにも伝えてありますから」
「やった!……あ、べ、別にお外で走り回りたいなんてフィオナ様が想像してるような子供っぽいこと考えてなんかないんだからね」
「知ってます。でも外に出るだけでも気分転換になりますから」
「そ、そう! 気分転換にお散歩をするのって私大好き」
「私もです」

 ルイーザはお菓子を食べ終わって、同意するフィオナに無邪気な笑みを見せた。

 フィオナは忙しくしてばかりで退屈だろうから、このぐらいの余暇があってもいいかと考えて先日予定を入れてみたが、正直なところ今のフィオナはそれどころではない。

「楽しみだね。……もう少し時間があるから窓から眺めてる!」

 そう言ってルイーザは椅子から降りて、トテトテと歩いて窓辺へと向かった。そこからはさっき言っていたガゼボが見えるのだ。

 庭園はとても広くいくつもの噴水と花壇があり、趣向の凝ったピトアリーが設置されていてとても見ごたえがある。

 その端の一角、それも離宮から目の前の区画で遊ぶだけだ。それほどとがめられることもないはずである。

 ルイーザも楽しみにしている様子だし、今更、ついさっきメーベルの話を聞いたからと言って予定を変えなくても大丈夫なはずだ。

 しかしどうしても心がざわつく、フィオナは今選択を迫られている。

 早く結論を出すべきだとどうしても考えてしまって気がはやるのだ。しかし今慌ててもいいことはないだろう。

 ウィンドウベンチに腰かけてキラキラとした瞳で外を見つめるルイーザを見れば、その気持ちはすこしだけ和らいだ。

 しかし、彼女はすこし表情を曇らせて、ふとフィオナに向かって言った。

「ねぇ、フィオナ様、あそこに誰かいる」

 子供っぽい短い指先で窓の外を指さす。

 嫌な予感が当たっていないことを願いつつ、フィオナはゆっくりとルイーザの元へと向かった。

「……どんな人ですか?」
「騎士様のように見えるよ」

 騎士ならば少なくともメルヴィンではない、と考えつつもルイーザの隣に座って、庭園の方へと視線を向けた。

 確かに四角く剪定された木の向こう側に騎士の後姿がある。

「まだ私たちが使うまでに時間がありますから、通りすがったのかもしれません」
「でもなんか、怖そうな人たち……」

 そしてその騎士は何かをしているのか、誰かと話をしているのか、その場からしばらく動かない。

 不安そうに言うルイーザの言葉にフィオナもすこし不安になる。しばらくすると騎士はふいに動き、入れ替わるように木の陰からメルヴィンが出てきた。そしてふとこちらに視線を向ける。

 それに驚いてフィオナはすぐに身をかがめた。

「っ、」
「あれって、メルヴィン第二王子殿下? こっちを見てる。頭を下げた方がいいの?」
「き、気がついてないふりを、してください。ルイーザ、お願いします」
「う、うん?」

 ルイーザは意味はわかっていなさそうだったが、それでもフィオナが急に声を固くして言ったので、適当に視線を逸らして部屋の中へと視線を戻す。

「……」
「あ、どこか行くみたい。フィオナ様はメルヴィン第二王子殿下が苦手なの?」
「……そんなところです」

 フィオナは急に心臓の音がバクバクと鳴り響いて。腰に携えている剣に手を伸ばしてきつく握った。

 メルヴィンは確かにそりが合わない婚約者で苦手だ。けれどもそれだけではない、ここに彼がいるという事それはもしかするとヴェロニカの意思ではないだろうか。

 彼が勝手に暴走して王宮にいるフィオナを探してあわよくば出くわそうとしているのならまだましだ。

 彼はフィオナに文句を言いたいだけだと思うし、彼がフィオナの事が好きだとか執着しているという事実はない。

 ただ自分を辱めた女に腹が立っているだけなのだ。彼の感情は手に取るようにわかる。しかしそこにヴェロニカの思惑が乗っていると話がややこしい。

「ルイーザ、私、少し用事が出来たので行ってきます」
「……フィオナ様、大丈夫?」
「はい、平気です。ルイーザは私が戻るまでここで大人しくしていてください」
「うん」

 彼女はすぐに異変を察知してわがままも言わずに静かに頷いた。そんなルイーザに申し訳なくなってフィオナは桃色のくるくるした髪をやさしく撫でつけて、出来る限りの笑みを浮かべた。

「すぐに戻ります」

 それからロージーと一緒に部屋を出て、周辺に注意しながら庭園の方へと向かった。
 
 庭園は高い生垣が並んでいて、上から見る分にはよく見えるが、その場に居ると遮蔽物が多く見晴らしは良くない。

 だからこそ、庭園を迂回しつつ上から見た場所へとちかづくと彼らのそばまで行くことが出来た。

 すると苛立ったようなメルヴィンの声が聞こえてきて、フィオナは数人が歩く音を聞きながらロージーとゆっくりと距離を詰めて聞き耳を立てた。

「だから子供でいい! とにかく子供でもフィオナでもおびき出す方法を考えろ!」
「ですが、いつのノア王子殿下がお戻りになるかわかりませんし……」
「俺よりあのごく潰しのが怖いってのか!?」
「いえ! 滅相もありません」
「そうだろ? どいつもこいつもふざけやがって、母上もなぜあんな馬鹿に拘るんだか意味が分からん」

 イラついた様子でメルヴィンは大きな声で話していた。

 この生垣の向こうにあの日からまったく変わっていない彼がいるのだと感じて妙に緊張してしまう。

 地面を踏みしめて、剣の塚を握る。

「そもそも! あんな子供っぽいはねっかえりの面倒なんか押し付けられて腹が立っていたというのに、罰として婚約を破棄しただけで母上に俺が叱責される道理があるか?!」
「仰る通りです」
「その通りです、メルヴィン様」

 ……メルヴィン、変わらずあなたは私の事を一人の大人だとは認めてくれていないんですね。

 久しぶりに会った元婚約者の言葉になんだかすこし胸が苦しい。

「ちょっと使える魔法を持ってるからって言っても、あんな使い勝手の悪い女をあてがわれた俺のプライドを母上は理解していないんだ! さらには連れ戻してこいだと?」

 腹が立って収まりがつかないらしく、彼は大きな声で騎士たちに同意を求めながら歩いていく。

 そんなことを言いつつもメルヴィンはマザコンなので、彼はフィオナをどんな手段を使っても取り戻そうとするだろう。

「うっとおしくて馬鹿で子供でくだらない奴なんだぞあいつ。ああでも、連れ戻したら、せっかんしてやらないとな、一発や二発じゃすまないほど殴って俺が受けた以上の屈辱を受けさせてやる」
「さ、流石です、メルヴィン様」
「男らしいです」
「それでこそやっと俺の心もスカッとするってもんだな」

 もうこれ以上効く必要はないのでフィオナは足を止めて、生垣の向こうにいるはずのメルヴィンを見つめた。

 ヴェロニカはフィオナを取り戻そうとしている。安易に外に出ることは危険だろう。

 フィオナ自身はまだいい、しかしルイーザに危険が及んではいけない。

 冷静にそう考える自分と、メルヴィンに対する腹の奥が焦げ付くような怒りの感情が再燃して、彼を今すぐにどうにかしてやりたい気持ちになる。

 デビュタントの時には、今から脱却することに必死で、現状を変えるために行動をとった。しかしフィオナは彼に長年人生を縛られ続け痛めつけられたことを忘れていない。

「……フィオナ様、離宮に戻りましょう。万が一見つかっては危険です」

 ロージーが気遣うように優しく言って、それに頷いてフィオナは身を翻す。

 メルヴィンに対する怒りと復讐心も心にきちんと存在していて、けれども、だからと言って良くない手段を使ってマーシアの派閥で彼らを追い詰めるために動きたいとは思えない。

 しかし苦しい。

 どうしてももやもやする。

 久々に聞いたメルヴィンの声は自分自身に、自分が想定していないほど彼に傷つけられていたのだと自覚した。

 正解はなんだろうか、考えるより先に涙が出てきてロージーにばれないようにぬぐったのだった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。 妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。 しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。 父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。 レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。 その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。 だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。 彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。 混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。 そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。 当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。 そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。 彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。 ※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。

処理中です...