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22 過去の影響

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 まずは贈り物と手紙を用意してノアの兄であるランドルの方と面識を持つ。

 婚約をしてからの挨拶になってしまったこと、今までのフィオナの事、それからのノアとの出会い、そういう物を包み隠さずに話をして、納得してもらったうえで口添えを頼む。

 もちろんその時にヴェロニカとの関係性やフィオナの魔法について聞かれるだろうが、問題はそれを正しく伝えるかどうかだろう。

 こうして環境を変えることが出来たのに、また悪事に利用されては意味がない。

 だからこそ媚びすぎず、しかし無礼にならない程度に自分の主張をしていかなければならないと思うのだ。

 そこはもう即興でなんとかやるしかないと思う。あまり時間をかけて準備しすぎても、ノアと勝手に婚約をしてしまったことを申し訳なく思っているという体裁が保てない。

 できるだけ急いで、なおかつ粗相がないようにしなければ。

「フィオナ様! こちらが、王族御用達の商会が出している贈答品のリストです」

 ランドルに送る手紙の文面を考えていると、ロージーが高級感のある冊子をもってやってきた。

 今朝お願いしたばかりなのに、随分と早く用意が出来たのだなとフィオナは驚いた。

「早く用意してくれて助かります。あまりがあったんでしょうか?」

 商会に連絡してから取り寄せるような形になるはずなので、この速さだと使用人の誰かが主人に言われて多めに取っておいたものがあり、それをたまたまロージーがもらってきた。

 フィオナは頭の中でそんな筋書きを考えたが、彼女は立ち止まるとすこし荒く息を吐いて、それから冊子を差し出しつつ汗をぬぐった。

「そんなところです! お急ぎだとお聞きしたので」
「……もしかして下町の商会まで直接取りに言って来てくれたのですか?」
「それは……はい」

 彼女は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべて、頷いた。

 その答えに自分が言ったくせにフィオナは唖然としてしまって、とりあえず、立ち上がって椅子を運んできて、そこにロージーを座らせた。

 彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、フィオナに従って使用人の制服のスカートを整えてから背筋を伸ばして腰かけてひと息ついた。

「疲れたでしょう。少し休んで、あなたには聞きたいこともあるし……」
「はい、何なりとお聞きください」

 笑みを絶やさずフィオナの言葉に丁寧に返す彼女に、フィオナはとりあえず予め聞こうと思っていた内容をロージーに聞いた。

「ランドル様の好みについてなんだけれど、出来る限りでいいから教えてほしいんですあと、あなたから見た人柄も」
「……申し訳ありません。私は最近王宮勤めになったばかりで有益な情報をあまり持っていません」
「それでもあなたの主観でいいので教えてください。あと……できれば一緒に手土産を選ぶのを手伝ってくれると助かります」
「わかりました。お役にたてるかわかりませんが……」

 フィオナもこの離宮にいる侍女のロージーに、完璧なランドルの好みの情報を求めているわけではない。

 ただ、男の人の好みというのは難しい、一人で決めるよりもせめて人と選んだ方が多少は安心できるような気がするのだ。

 少し不安そうにするロージーとともに贈答品用の冊子を開いて、自分の手持ちのお金と相談しながら品物を選んだのだった。


 品物を選び終えて、ロージーの言葉を参考にランドルの人柄と好みを紙にまとめ終わった。ひと段落つくとロージーはフィオナに紅茶を淹れてくれた。

 それから仕事に戻ろうとする彼女を引き留めて、まだ聞きたいことがあるのでティーテーブルに移動して一緒に紅茶を飲んだ。

 彼女はなんの話かとすこし不安そうにしていたけれども大した話じゃない。ただ、フィオナとロージーは、この離宮でお付きの侍女だと紹介されたときが初対面のはずだ。

 それにしてはなんだかとても熱心に仕えてくれていると思う。

「ロージー、聞きたいことというのはですね。ただ、あなたがとてもよく仕えてくれるから、すこし不思議に思ってしまって、普段から誰に対してもロージーが全力で仕事をしているというだけの事なら構わないんですけど……以前に会ったりしていましたか?」

 特にものすごく気になっているという事でもないので、言いづらい事ならばごまかせるように言葉を選びつつフィオナは彼女に問いかけた。

 それに、ロージーはフィオナより少し年上で、従者職がとてもよく板についていて、普段からの働きっぷりも素晴らしいものだ。

 こんな仕事人がたまたま余っていて、たまたまフィオナのお付きになったと言うのはとても不思議なことだ。

 ロージーはすこしだけ戸惑ったような態度を見せるけれど、一度紅茶を口にしてから優しい笑みを浮かべた。

「きちんとお会いしたことはありません。でもお見かけしたことがありました」
「……どこででしょうか?」
「……デビュタントの日、今年デビューをする令嬢たちの控室での事です」

 ……ということは、婚約者から卒業するといった私の事を見ていたという事ですか。

 彼女の言葉を聞いてフィオナはすぐに合点がいった。

 しかし、それとロージーがフィオナによく仕えてくれるのにはどういったつながりがあるのだろうか。

「あの日、私は長年お仕えしていたお嬢様の侍女をデビュタントをもって卒業する予定だったんです」
「それはまた、どうしてですかまだお若いのに」
「婚約者の男性が早く結婚して屋敷を守り、子を成してほしいと強く望んでいましたから」

 ロージーは悲しそうにそう口にして、思いだすように少し遠くを見た。

「しかし、私は仕事が好きです。もちろん自分が満足するまで務めさせてほしいと抗っていましたが、お嬢様もデビュタント迎えてしまい、これを機にという流れになっていて……私も両親からわがままを言うなと強く叱られました」
「それは悲しいですね」
「はい、とても。けれど、私は同時に抵抗することに疲れていました。説得するために何度も話し合いをしようと試みたり、勤務の形態を変えて仕事に就く方法を探したり策を講じたんです」
「……」
「それでもどれもこれも却下されて、もう諦めるつもりだったんです。でも……」

 ロージーの視線はフィオナの方へと戻ってきて、彼女はきっちり背筋を伸ばしてフィオナに言った。

「フィオナ様から希望をもらいました。私より若く、今年成人を迎える様な子が、こんなにも力を振り絞って自分の人生を勝ち取ろうとしている」

 彼女の声からその日のロージーの気持ちが強く伝わってきて、フィオナの心にもなんだかジンと響く。

「そんな女性たちの力になりたいから、私はこの仕事が好きなんです。そう気づかされたんです。なのでフィオナ様を見習って私も……卒業しました、婚約者から」
「なるほどそういう事ですか」
「はい、しかしやはり実家とは揉めてしまったので給金が多く、たくさんの人材を必要としている王宮に、実績も経験もありましたので務めることになったんです」

 そのタイミングに離宮にフィオナがやってきたら、確かに彼女が空いていてお付きになってくれたという事にも納得がいく。

「ですから、フィオナ様にお仕えできて今はとても充実しています。貴方様の言葉や決意にはとても勇気をもらいました。だからすべてフィオナ様のおかげですね」
「そんなことありません。ロージーがとても優秀だったからこそできたことだと思います。これからも色々と迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ええ、何なりとお申し付けください」

 彼女は座ったまま頭を下げて、穏やかにほほ笑んだ。

 あの日の事をフィオナは自分だけの為に、巨大な世界そのものに抗うような心地で挑んだ大勝負だった。

 決して誰の為でもなかったしフィオナはその行為で他人に与える影響などまったく考えていなかった。

 しかし、こうして何かを受け取った人がいて、フィオナは今その人に支えられている。

 やってきたことが巡って今がある、だからこそ未来の為にも最善の選択をしたいと強く思うのだ。



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