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19 揃いの指輪 その一

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  ルイーザが眠るために隣の部屋へと戻ると入れ違いにノアが訪ねてきた。

 チェス盤を片付けて、時間も時間なのでロージーには下がってもらい、フィオナとノアは向かい合ってソファーに腰かけてなんとなく対面していた。

 何か用事があるのだろうと思って、フィオナは眠たげな頭でノアの事を見つめていた。

 しかし彼は、そんなフィオナを見つめ返しているだけで用件を話し出したりはしない、ただぽつりとたったいま思いだしたように言った。

「君はいつも突然、私がやってきても全然怒らないね」

 絶対にそれを言いに来たわけではないだろう話題だったが、フィオナは適当にその話題に乗っかった。

「ノアの事を怒る人がいるんですか」
「そりゃいるよ。マーシアとか、ランドルとか」

 ノアは母と兄を適当に上げた。

 彼らを呼び捨てにするという事にも驚きだが、彼らの部屋に突然おしかけているという事実にも驚く。

 王妃と王太子というとても権威ある立場の彼らは一般貴族がお目にかかるだけでも相当な手順と時間が必要になるというのに、突然おしかけては怒られるという事をするのはなかなかに度胸のある行為だ。

 そしてそれが怒られつつも許されているということは本人同士の間にきちんとした関係性があるのだろう。

「……家族仲がいいんですね」
「何をどう聞いたら、そんな返しになるの? もしかして眠たい?」
「すこしだけ」
「疲れてるんだ? 大分急いで色々としてるみたいだもんね」

 聞かれて素直に返答すると、彼はここ数日のフィオナのやっていることについてそんな風に言った。

 ……迷惑をかけることになっているんですから、出来ることぐらいは私自身でやるべきだと思いますから。

 彼の立場を利用するような形で生活をさせてもらっているので、出来る限りは負担をかけないようにしたい。

 だから彼からしたら無駄に急いでいるように見えるかもしれないが、フィオナからすれば当たり前の配慮だ。

「私との婚約もさっさとまとめちゃってびっくりしたよ。パーティーとかは開かなくてよかったの?」
「いいんです……私は……」
 
 婚約のお披露目会はたしかに基本的には開くものだ。特にお互いにとって望んだ婚約ならばなおさら。
 
 フィオナとしても可愛いドレスを着て美味しい食事を食べる会を是非開きたい。

 それにノアとの結婚もとても、前向きな気持ちがあるというのが現状だ。しかしそう言っている暇はないだろう。

「今は企画する時間もないし、ルイーザの件もありますから」
「そっか、君がそっちを優先するなら何も私は文句ないけれど、味気ないね」

 ……味気ないですか。たしかに、その通りです。

 ノアの言葉にしっくり来てフィオナは「そうですね」と肯定した。

 しかし、本当にやるべきことはまだまだある。それに先ほど話題に上がった彼らについてもフィオナはまったく関わらないというわけにはいかないのだ。

 ……マーシア様とランドル様、王族の定例のお茶会ではいつもお目にかかっていましたし、きっと私の事を認知していますよね。生粋のヴェロニカ派閥として。

 そんなフィオナが突然のノアとの婚約を進めてすでに離宮に転がり込んでいるとなると、彼らはいい顔をしないに決まっている。

 だからこそ、うまく面識を持って、ヴェロニカに協力する気はないと伝え、ノアとの婚約を書面上だけではなく家族にも認められたうえでの婚約にしたい。

 ……というかしなければなりません。出来ればそこについてはノアも手を貸してくれるととても助かるんですが……。

 考えつつちらりとノアを見た。彼はよく見ると手元で何かを弄んでいて、それは小さな指輪の形をした魔法道具だった。

「たしかに味気ないですけど、今はそれよりもここにいることを認めてもらう方が先決です」

 彼がつけるにしては随分小さな指輪であり、デザインも男性向けではないように感じる。

 フィオナは考えつつ続けていった。

「国王陛下は中立的な方ですから、あまり嫌な顔はしないと思いますが、マーシア様とランドル様には、あなたの結婚相手として相応しい人間であると示す必要があると思います」
「……どうかな、いいんじゃない別に。あの人たちも何も言わないよ……あーでも、ルイーザの事は流石に説明しろって言われるかもね」

 フィオナの言葉に返答しつつ、ノアはおもむろに立ち上がってフィオナの隣に腰かけた。

「マーシアもランドルもきっちりした人たちだから、もしかしたらフィオナの事も文句を言うかな。そうしたら君もルイーザも困っちゃうね」

 つい先ほどまでマーシアやランドルについてフィオナが考えていることなどどうでもよさそうだったが、彼は何か思いついた感じで急に方向性を変えた。

 もちろんフィオナは重要度が高いと思っていたから言った事なので、同じように考えてくれるのはいい事だが、ノアがなんだかうれしそうに見えて、フィオナは黙って彼を見た。

「どうする?」

 さらにはそう問いかけてきつつ、フィオナの右手を取って指輪を小指につけた。




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