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16 神出鬼没 その二
しおりを挟むベッドで眠っているルイーザの胸が規則正しく上下している。
「……それにしてもまたかわいい子連れてきたね」
そんな風に言いながらノアはルイーザを見つめた。
確かに幼いながらもルイーザはとても美人だ。こんな美人を逃したとなったら父と母はきっとヴェロニカから大目玉を食らうだろう。
それはとても良い事だ。
「この子どうするの?」
ふいにノアに問われてフィオナは、少し考えてから答えた。
「……育てます」
「君、母親になるつもり?」
「…………」
……母親にはなれません。精神的にも、関係性的にも無理です。
そうは思うが、ノアの問いかけの意味はきちんと理解しているつもりだ。
「育てるといった言葉には語弊がありました。……正しくは私はこの子に安全で普通の生活をさせてあげたいと思います」
「ふーん? ……私との結婚の件を考える前にまたやらなきゃいけない事が増えちゃったね」
「……」
ノアはフィオナの気持ちを知ってか知らずかそんな風に言った。たしかに昨日までのフィオナならばそう言っていただろうが、ルイーザに言われてフィオナは考え直したのだ。
「……あれ。私何か変なことを言ったかな」
「いえ、間違ってないです」
「だよね。でも、何か含みがありそうに見える」
結局フィオナの気持ちは彼に簡単に察された様子で、ノアはルイーザから視線を外してフィオナの方へとやってきた。
「子供を匿うからには、生活の基盤が必要だね」
「はい」
「唯一の頼りだった身内も使えない」
「そうです」
「……じゃあ私がここにいるのは君にとって嬉しいだね」
フィオナから言わないと、ノアは次から次にフィオナの心情を言い当てていき、菫色の瞳を細めて笑みを浮かべる。
彼が想定していた形ではないだろうけれど、頼らせてほしい、ただそれは生半可な気持ちではいけないだろう。
求婚はしてくれたが、あくまでフィオナ一人を匿ってもいいという話だ。見知らぬ子供まで連れて彼の離宮で世話になることは想定外のはずだ。
「身内がいるわけでもない宿に泊まるなんてまだ若い君たちは不安だったでしょ。一刻も早く、元の生活に戻りたいよね」
「……はい」
「じゃあ、悩んでないで私に言うことが出来たはず。違う?」
「……」
できれば子供は置いてきてほしいと言われてもおかしくないはずなのだが、どうしてかノアは次々にフィオナに言って、一歩距離を詰めてきた。
フィオナの方だってお願いしますというつもりでいたのに、こうも詰められると何かよく考えた方がいい気がしてくる。
もう少しだけ考えたくて一歩引くと、彼は合わせるように一歩距離を詰めてきた。
「子連れはきっと大変だよね。まぁ私はよく知らないけど、ていうかよく平民の宿屋なんて入れたね」
「ルイーザが入り方を教えてくれました」
「ああそうなんだ。いい子だね。君を助けてくれたんだ」
「はい、そう、です、あの」
「ん? どうかした」
問いかけられて一歩引くと、コツとかかとが壁に当たる。それ以上後ろに引くことが出来ずに、どうしたものかと視線を逸らすと顔の横にノアが手をついて、フィオナをじっと見た。
「…………」
なんだか彼は結婚の事について早くフィオナに言って欲しいと思っている様子だ。しかし、なんだか普段と違って少し強引な気がして、フィオナは考えた。
……子供がいたら困りますよね。勝手に抱え込んで、ノアの想定とずれてしまったから怒ってるんでしょうか。
それだったら、今更お願いしなければならなくなったうえに、状況が変わってしまったことを謝らなければなりません。
「すみません。ノア。想定外のことをしてしまって、でもあなた以外に頼れる人がいなくて……ルイーザに言われたんです、一度助けたからには責任があるんだと、私もそう思います」
できる限り誠実にフィオナは自分の心の内を話して彼の事を見上げた。
「そして私自身ができること全部を尽くすべきだと思います。だから、どうか結婚してください。私がルイーザの事はできるかぎりご迷惑かけないように働きます」
「……君さ、私がどうしてこんなに早く自分を頼らせたいかわからない?」
「…………」
フィオナの今の行動には間違いはなかったと思うのだがノアはすこし不機嫌になり、フィオナに問いかけてその肩を両手でつかんだ。
驚いて肩をすくませるとじっと瞳の中を覗き込まれるように見つめられて、言葉が出ずに首を振った。
「少なからず、教会から居なくなって驚いたよ。昨日君にアドバイスしたのも私だし、君は抽象的な事しか言わないし、何かあったら嫌だなと思った」
「はい」
「それに、君はもう少し周りの人間を勘定に入れるべきだから。言ってる意味わかる?」
「……多分」
ノアが何を言いたいのかフィオナはわからなかった。
……周りの人間とはダグラス叔父様や家族の事でしょうか? それとも私の他人に対する解像度が足りないとかそういう話なんでしょうか?
確かに考えは甘かった、もっとよく考えていたら何か変わったかもしれない。
改善点は多くある、ただノアが何を具体的に改善してほしいと思っているのかわからないのだ。
責める様な色を含んでいる彼の瞳にフィオナは眉を落とした。
すると、ノアはぱっと手を離して「わかってないような気がするけど、そういう事だから」と簡単に言って少し離れた。
いつもの距離感に戻ってフィオナはほっとしたが、彼はそれでも、最後に駄目押しのように言ったのだった。
「フィオナ風に言うなら、君には卒業した方がいい事があるってことだからね、真面目に考えて」
「はい」
「じゃあもう行くから、ルイーザを起して」
「行くってどこにですか?」
「王宮」
それだけ言って、ノアは身を翻して、宿屋の廊下を歩いていく。まさかと思って外を見ると高級そうな馬車が一台止まっているのだった。
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