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結論 10

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 ナオが急に俺に何か魔術をかけたことは知っていた。

 夕食の後に部屋にきて、ものすごくくだらない話をしつつ、すごくそわそわとしていたから、きっと今日のレジスと過ごす時間の事で、何かしら知って思う所があったのだと思う。

 しかし、どうにも今日のレジスもおかしかった。

 いつもなら血を吸血以外の方法でもらって、それからは何かと理由をつけて俺に色々としてくるのにそれもなく、何故だか今日はただ眠らされた。

 けれども、割合すぐに意識が目覚めて目を開く。

 こうして黒魔法を使われて眠らされると術者の任意の時間までは目が覚めないはずであるのに、レジスの意図しない時間に目が覚めたということは、ナオの魔法が何かしら関与しているのだと思う。

 ナオも黒魔法を使えるから、それらが相殺されてこうなっているのかもしれない。

 ……そうでなきゃ、こんなのレジスは俺にしないだろうしな。

 そう思って軽く身じろぎし、薄目を開けて状況を確認するがやっぱり彼の膝の上に抱かれるようにして俺は眠らされているようだった。

 レジスは座って本を読んでいるようで、たまに抱き直すように動いてぺらっとページをめくる音がする。

 しかし、眼は覚めても魔法の影響なのか眠たい事に変わりない。しかし、いくら何でも彼にこんな風に抱かれているというのは落ち着かないし、何がどうなったらこうなるのかという疑問がある。

 ……こうしてレジスがこちらに来て暮らし始めてもう三ヶ月は経っただろうか。俺たちは彼がこちらに来ることによって救われ、俺が彼を殺すのを協力することで手打ちになった。

 共に暮らしていくうちに、それほど邪悪な存在ではないわかったし、思ったよりもナオにもリシャールにもルシアンにも無理を強いたり酷い事を言ったりしたりはしない。

 むしろ協力的ですらあった。それにリシャールはナオさえ害されなければそれほどレジスに敵意を向けることは無いし、レジスには意外としっかりものをいうナオもレジスの事を嫌っているというわけではない。

 すこし、厄介なのがルシアンとレジスの関係だが、信仰している神としてではなく、割り切って別人として考えると言っていたが、そうなると今度は俺に対するレジスの非道が癪に障ると言われたことがある。

 ……しかし、まぁ。それだってルシアンとそばにいて、彼の献身を貰えるならば別にたいしたことではないしな。それに、こうしてこちらに来てくれただけで俺たちは生きている。

 それは彼に対する返しきれない借りだ。だから、人間らしくしようとしているレジスは、その窮屈さと反動で、俺に酷い接し方をすることで少しは和らぐのなら別に構わないと思っている。

 それに、多分、普段からそうして生贄に接していたのは、それ以外の他人とのかかわり方を知らないということにプラスして、それが安心するという彼自身の性質があるのだとも思っていた。

 ……だからこそ、今のこれは意味が分からないんだけどな。今日は気分じゃないのかな。

 考えていると、トントンと軽くノックの音が聞こえて、パタンと本を閉じる音がする。いよいよ起きていると伝えるべきかとも思うが、ルシアンとレジスの関係性について、どちらにも無理をさせてないか知れる機会かもしれないと思い、俺は戦略的に狸寝入りを決め込んだ。

 扉の開く音がする。足音が続いて、見上げるようにしてレジスが動いた。

「あまりに遅いから迎えに来たんだが……魔術か?」
「うん、まあ」
「珍しいじゃないか何もしなかったのか」

 案外、俺に聞かれてない所でもフランクに話をしているのだなと意外に思いつつ、さらりと頭を撫でられる。

 あまりそういう扱いをするなと両方に言っているのに、眠っているからとそれは無かったことになっているらしい。

「……ナオが、手段を間違えていると指摘してきたから」
「なんだ、君。自分がいくら言ってもやめなかったくせに、ナオが言ったらやめるのか」
「そういうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……」

 答えを見失うレジスに、ルシアンも黙り込み、二人の間に微妙な沈黙が流れ、俺まで気まずくなってきた。しかし、たっぷり間をおいてからレジスは言った。

「リヒトは義理堅いから、まずは要望を飲めば、リヒトも私のいう事を聞くのだと、ナオは断言していたから、実験みたいなものだ」
「そうか? ……あまりリヒトに無茶を言うなよ。あと、返してくれ」

 レジスの返答を聞いて、多分ナオはそういう事を言いたかったのではないのだろうなとニュアンスの違いを感じたが、そうして対等であろうと考えてくれるのは悪くない傾向だと思う。

 俺も、無理のない範疇なら彼の行動を少しは許そうかと思う。

 考えているうちにルシアンに両脇に手を入れられて少しこそばゆいが、狸寝入りも飽きてきた、早く持ち帰ってほしいと思う。しかしレジスがぐっと腰に手を回して俺の事を抱き留める。

「返すというか、そもそもお前のものではない。しいて言うなら私の所有物だ」

 何故だか、当たり前のように子供じみたことを言うレジスに、思わず俺は吹き出しそうになる。

 しかし、ルシアンはその返答にカチンときたのか、ぐっと俺を引っ張った。そのせいで上半身が伸びてしまいそうだった。

「生憎だが、君のそばでは魔術でも使わない限りはリヒトは眠らないだろう? そういう事だ、あきらめてくれ」
「意味が分からない、このまま永遠に眠らせておけばリヒトが誰と眠るかなど関係が無くなる」
「やれるものならやってみろ。それに、そんなことをするぐらいならリヒトの信用を得られるように優しく接するなりしたらどうだ」
「何故私が、お前に言われてそうしなければならない」
「自分に言われなくても、普通はそうするからだ」
「っふ、お前のたかが数十年の人生の普通など私にはわからない」
「屁理屈を言い出すな。リヒトに言いつけるぞ」
「好きにしたらいい」

 彼らは心底くだらない言い合いをして、俺に言うといったルシアンに、すぐさまレジスは同意して余裕を見せた。しかしその返答を聞いて、ルシアンは少し黙ってから、再度言った。

「本当に言っていいのか? そうして寝かせていたこと」

 屁理屈のことだけではなく、こうしていたことを言うとルシアンに言われてレジスは、少し逡巡したそれから、あからさまにため息をついた。

「お前の記憶をいじりたいが、流石に、矛盾があってリヒトにばれたら面倒だからな今回は見逃してやる。さっさと連れて行ったらいい。まったく男のくせに女々しい」
「そうか、何とでも言ってくれ」

 偉そうにしながらも引き下がり、ルシアンもそれ以上追及することは無く、俺は彼に抱き上げられて部屋を出た。

 なんだか俺の知らないレジスを見れて不思議な心地で、横抱きにして運ぶルシアンに、彼の部屋から少し離れたところで声をかけた。

「……横抱きは流石に羞恥心が勝つんだが」

 目を開けて暗い廊下を進むルシアンの顔を見上げた。彼は俺の狸寝入りには気がついていなかったようで、見下ろしながら少し驚いた顔をした。

 暗闇でもこうして普通に歩いたり、彼の顔が見えたりするのは吸血鬼の特性らしい。

「なんだ、起きてたのかリヒト」
「ああ、ナオが何か黒魔法に対抗する魔法を掛けてたみたいでな」
「そうか。ナオもリヒトが心配なんだな」

 先ほどのレジスに対する不機嫌な声ではなく、俺に向けられる優しいルシアンの声はとても耳心地がいい。

 しかし、女性のように横抱きにされたままということに変わりは無くてやっぱり羞恥心を感じながらも、先程の会話で気になった点をルシアンに聞いてみる。

「なあ、ルシアン。レジスは俺の目がない所では割とあんな感じなのかな」
「……そうだな。……独占欲というか、普通に君に執着しているように感じることはある」
「……」

 俺が聞いても確かにそういう風に受け取れた。そして俺は彼を突き放すつもりもないし、彼は俺たちが生きていくうえでの前提条件そのものみたいな人物だほおっておくつもりもない。

 ……それに性格は最悪だが、親近感がないといえば嘘になる。レジスはよく俺は彼によく似ているという、俺だって、レジスの気持ちがまったくわからないというわけでもない。

 だから……望まれるのなら……とは思うが、ルシアンの方がどう考えているかわからない。そう考えて彼を見上げると、ルシアンは察しよく答えた。

「自分は君を独占したいとは思わないぞ。それに、ああ見えても本当に神だからな彼。自分が君と出会えたのも、生きるすべが見つかったのも、レジスのおかげといえばその通りだ」
「……そういうの、抜きにして……その、君は嫌じゃないのかな。俺は、ルシアンを一番に尊重したい」
「その言葉だけで十分だ。……後はそうだな……レジスにスカーフを買ってやると言っていただろ、自分にもなにか贈り物をくれないか?」

 そう控えめに言うルシアンが、俺は心底いとおしくてそれと同時に、俺の普通に考えたら許せないだろうレジスへの気持ちを許してくれることに安堵した。

 それから「もちろん」と答えて何を送ろうかと考える。しかしそのうちになんだかまた眠たくなってきて他人に運ばれるというのはどうしてこう眠たくなるのだろうと漠然と考えた。

「なんだリヒト、もう寝るのか?」
「い、いや。……魔術の影響が、まだ……」
「楽にしていい、きちんとベットまで送り届けてやるからな」

 そんなルシアンらしい優しい声がして、頭を彼の胸板に預ける。ゆっくりと歩く振動に、人らしく温かい体。

 確かに、レジスとは共通点もあって彼とも特別な関係にはなると思う。しかし、きっと抱きかかえられて安心する相手は人生でルシアンだけだと思う。

 それだけ特別で、元の世界でも、こちらの世界でもたった一人しかいない俺に献身を与えてくれる人。

 確かにそれと出会えた。そして生きられるというだけでレジスには感謝しても、しきれない。そう思うほどにルシアンがまったく他に嫉妬する余地もなく俺はルシアンが好きだ。

「こうして、自分だけに許してくれることがあるうちは、誰にも嫉妬なんかしないからな。安心していい、リヒト」

 さらりと前髪を払われて、すでに目をつむって眠っていると思ったのか、そんな独り言を言うルシアンに、きちんと俺の気持ちは分かってもらえているのだと安心できた。

 それに、優しいその声は、こうして状況が変わって、危機を逃れて日常を送ってこの世界で生きていくのだと決めても、ずっと、俺にとってとても甘美な響きをしているのだった。



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みんなの感想(3件)

4038
2024.06.17 4038

読んでてどうなるんだろうと思っていましたが、最終的には上手く纏まったので良かったです。ルシアン×リヒト推しなので2人の日常をもう少し見てみたいなと思います。強き受け大好きです!ありがとうございます!(´▽`)

ぽんぽこ狸
2024.06.18 ぽんぽこ狸

ご感想ありがとうございます。

解除
4038
2024.05.01 4038

106ページの前半で、リシャールがルシアンになっているところがあります。

ぽんぽこ狸
2024.05.01 ぽんぽこ狸

ありがとうございます。訂正いたしました。

解除
kiyomi
2024.02.05 kiyomi

続きを楽しみに読ませていただいてます。途中のリシャールの言葉がリヒトでなく、ヒリトになってます。

ぽんぽこ狸
2024.02.07 ぽんぽこ狸

ありがとうございます。訂正しました。

解除

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