156 / 156
結論 10
しおりを挟むナオが急に俺に何か魔術をかけたことは知っていた。
夕食の後に部屋にきて、ものすごくくだらない話をしつつ、すごくそわそわとしていたから、きっと今日のレジスと過ごす時間の事で、何かしら知って思う所があったのだと思う。
しかし、どうにも今日のレジスもおかしかった。
いつもなら血を吸血以外の方法でもらって、それからは何かと理由をつけて俺に色々としてくるのにそれもなく、何故だか今日はただ眠らされた。
けれども、割合すぐに意識が目覚めて目を開く。
こうして黒魔法を使われて眠らされると術者の任意の時間までは目が覚めないはずであるのに、レジスの意図しない時間に目が覚めたということは、ナオの魔法が何かしら関与しているのだと思う。
ナオも黒魔法を使えるから、それらが相殺されてこうなっているのかもしれない。
……そうでなきゃ、こんなのレジスは俺にしないだろうしな。
そう思って軽く身じろぎし、薄目を開けて状況を確認するがやっぱり彼の膝の上に抱かれるようにして俺は眠らされているようだった。
レジスは座って本を読んでいるようで、たまに抱き直すように動いてぺらっとページをめくる音がする。
しかし、眼は覚めても魔法の影響なのか眠たい事に変わりない。しかし、いくら何でも彼にこんな風に抱かれているというのは落ち着かないし、何がどうなったらこうなるのかという疑問がある。
……こうしてレジスがこちらに来て暮らし始めてもう三ヶ月は経っただろうか。俺たちは彼がこちらに来ることによって救われ、俺が彼を殺すのを協力することで手打ちになった。
共に暮らしていくうちに、それほど邪悪な存在ではないわかったし、思ったよりもナオにもリシャールにもルシアンにも無理を強いたり酷い事を言ったりしたりはしない。
むしろ協力的ですらあった。それにリシャールはナオさえ害されなければそれほどレジスに敵意を向けることは無いし、レジスには意外としっかりものをいうナオもレジスの事を嫌っているというわけではない。
すこし、厄介なのがルシアンとレジスの関係だが、信仰している神としてではなく、割り切って別人として考えると言っていたが、そうなると今度は俺に対するレジスの非道が癪に障ると言われたことがある。
……しかし、まぁ。それだってルシアンとそばにいて、彼の献身を貰えるならば別にたいしたことではないしな。それに、こうしてこちらに来てくれただけで俺たちは生きている。
それは彼に対する返しきれない借りだ。だから、人間らしくしようとしているレジスは、その窮屈さと反動で、俺に酷い接し方をすることで少しは和らぐのなら別に構わないと思っている。
それに、多分、普段からそうして生贄に接していたのは、それ以外の他人とのかかわり方を知らないということにプラスして、それが安心するという彼自身の性質があるのだとも思っていた。
……だからこそ、今のこれは意味が分からないんだけどな。今日は気分じゃないのかな。
考えていると、トントンと軽くノックの音が聞こえて、パタンと本を閉じる音がする。いよいよ起きていると伝えるべきかとも思うが、ルシアンとレジスの関係性について、どちらにも無理をさせてないか知れる機会かもしれないと思い、俺は戦略的に狸寝入りを決め込んだ。
扉の開く音がする。足音が続いて、見上げるようにしてレジスが動いた。
「あまりに遅いから迎えに来たんだが……魔術か?」
「うん、まあ」
「珍しいじゃないか何もしなかったのか」
案外、俺に聞かれてない所でもフランクに話をしているのだなと意外に思いつつ、さらりと頭を撫でられる。
あまりそういう扱いをするなと両方に言っているのに、眠っているからとそれは無かったことになっているらしい。
「……ナオが、手段を間違えていると指摘してきたから」
「なんだ、君。自分がいくら言ってもやめなかったくせに、ナオが言ったらやめるのか」
「そういうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……」
答えを見失うレジスに、ルシアンも黙り込み、二人の間に微妙な沈黙が流れ、俺まで気まずくなってきた。しかし、たっぷり間をおいてからレジスは言った。
「リヒトは義理堅いから、まずは要望を飲めば、リヒトも私のいう事を聞くのだと、ナオは断言していたから、実験みたいなものだ」
「そうか? ……あまりリヒトに無茶を言うなよ。あと、返してくれ」
レジスの返答を聞いて、多分ナオはそういう事を言いたかったのではないのだろうなとニュアンスの違いを感じたが、そうして対等であろうと考えてくれるのは悪くない傾向だと思う。
俺も、無理のない範疇なら彼の行動を少しは許そうかと思う。
考えているうちにルシアンに両脇に手を入れられて少しこそばゆいが、狸寝入りも飽きてきた、早く持ち帰ってほしいと思う。しかしレジスがぐっと腰に手を回して俺の事を抱き留める。
「返すというか、そもそもお前のものではない。しいて言うなら私の所有物だ」
何故だか、当たり前のように子供じみたことを言うレジスに、思わず俺は吹き出しそうになる。
しかし、ルシアンはその返答にカチンときたのか、ぐっと俺を引っ張った。そのせいで上半身が伸びてしまいそうだった。
「生憎だが、君のそばでは魔術でも使わない限りはリヒトは眠らないだろう? そういう事だ、あきらめてくれ」
「意味が分からない、このまま永遠に眠らせておけばリヒトが誰と眠るかなど関係が無くなる」
「やれるものならやってみろ。それに、そんなことをするぐらいならリヒトの信用を得られるように優しく接するなりしたらどうだ」
「何故私が、お前に言われてそうしなければならない」
「自分に言われなくても、普通はそうするからだ」
「っふ、お前のたかが数十年の人生の普通など私にはわからない」
「屁理屈を言い出すな。リヒトに言いつけるぞ」
「好きにしたらいい」
彼らは心底くだらない言い合いをして、俺に言うといったルシアンに、すぐさまレジスは同意して余裕を見せた。しかしその返答を聞いて、ルシアンは少し黙ってから、再度言った。
「本当に言っていいのか? そうして寝かせていたこと」
屁理屈のことだけではなく、こうしていたことを言うとルシアンに言われてレジスは、少し逡巡したそれから、あからさまにため息をついた。
「お前の記憶をいじりたいが、流石に、矛盾があってリヒトにばれたら面倒だからな今回は見逃してやる。さっさと連れて行ったらいい。まったく男のくせに女々しい」
「そうか、何とでも言ってくれ」
偉そうにしながらも引き下がり、ルシアンもそれ以上追及することは無く、俺は彼に抱き上げられて部屋を出た。
なんだか俺の知らないレジスを見れて不思議な心地で、横抱きにして運ぶルシアンに、彼の部屋から少し離れたところで声をかけた。
「……横抱きは流石に羞恥心が勝つんだが」
目を開けて暗い廊下を進むルシアンの顔を見上げた。彼は俺の狸寝入りには気がついていなかったようで、見下ろしながら少し驚いた顔をした。
暗闇でもこうして普通に歩いたり、彼の顔が見えたりするのは吸血鬼の特性らしい。
「なんだ、起きてたのかリヒト」
「ああ、ナオが何か黒魔法に対抗する魔法を掛けてたみたいでな」
「そうか。ナオもリヒトが心配なんだな」
先ほどのレジスに対する不機嫌な声ではなく、俺に向けられる優しいルシアンの声はとても耳心地がいい。
しかし、女性のように横抱きにされたままということに変わりは無くてやっぱり羞恥心を感じながらも、先程の会話で気になった点をルシアンに聞いてみる。
「なあ、ルシアン。レジスは俺の目がない所では割とあんな感じなのかな」
「……そうだな。……独占欲というか、普通に君に執着しているように感じることはある」
「……」
俺が聞いても確かにそういう風に受け取れた。そして俺は彼を突き放すつもりもないし、彼は俺たちが生きていくうえでの前提条件そのものみたいな人物だほおっておくつもりもない。
……それに性格は最悪だが、親近感がないといえば嘘になる。レジスはよく俺は彼によく似ているという、俺だって、レジスの気持ちがまったくわからないというわけでもない。
だから……望まれるのなら……とは思うが、ルシアンの方がどう考えているかわからない。そう考えて彼を見上げると、ルシアンは察しよく答えた。
「自分は君を独占したいとは思わないぞ。それに、ああ見えても本当に神だからな彼。自分が君と出会えたのも、生きるすべが見つかったのも、レジスのおかげといえばその通りだ」
「……そういうの、抜きにして……その、君は嫌じゃないのかな。俺は、ルシアンを一番に尊重したい」
「その言葉だけで十分だ。……後はそうだな……レジスにスカーフを買ってやると言っていただろ、自分にもなにか贈り物をくれないか?」
そう控えめに言うルシアンが、俺は心底いとおしくてそれと同時に、俺の普通に考えたら許せないだろうレジスへの気持ちを許してくれることに安堵した。
それから「もちろん」と答えて何を送ろうかと考える。しかしそのうちになんだかまた眠たくなってきて他人に運ばれるというのはどうしてこう眠たくなるのだろうと漠然と考えた。
「なんだリヒト、もう寝るのか?」
「い、いや。……魔術の影響が、まだ……」
「楽にしていい、きちんとベットまで送り届けてやるからな」
そんなルシアンらしい優しい声がして、頭を彼の胸板に預ける。ゆっくりと歩く振動に、人らしく温かい体。
確かに、レジスとは共通点もあって彼とも特別な関係にはなると思う。しかし、きっと抱きかかえられて安心する相手は人生でルシアンだけだと思う。
それだけ特別で、元の世界でも、こちらの世界でもたった一人しかいない俺に献身を与えてくれる人。
確かにそれと出会えた。そして生きられるというだけでレジスには感謝しても、しきれない。そう思うほどにルシアンがまったく他に嫉妬する余地もなく俺はルシアンが好きだ。
「こうして、自分だけに許してくれることがあるうちは、誰にも嫉妬なんかしないからな。安心していい、リヒト」
さらりと前髪を払われて、すでに目をつむって眠っていると思ったのか、そんな独り言を言うルシアンに、きちんと俺の気持ちは分かってもらえているのだと安心できた。
それに、優しいその声は、こうして状況が変わって、危機を逃れて日常を送ってこの世界で生きていくのだと決めても、ずっと、俺にとってとても甘美な響きをしているのだった。
55
お気に入りに追加
224
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
転生したらついてましたァァァァァ!!!
夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」
あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。
だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉
消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。
イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。
そんな中、訪れる運命の出会い。
あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!?
予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。
「とりあえずがんばってはみます」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読んでてどうなるんだろうと思っていましたが、最終的には上手く纏まったので良かったです。ルシアン×リヒト推しなので2人の日常をもう少し見てみたいなと思います。強き受け大好きです!ありがとうございます!(´▽`)
ご感想ありがとうございます。
106ページの前半で、リシャールがルシアンになっているところがあります。
ありがとうございます。訂正いたしました。
続きを楽しみに読ませていただいてます。途中のリシャールの言葉がリヒトでなく、ヒリトになってます。
ありがとうございます。訂正しました。