異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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結論 1

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 今日が何か特別な日だったのかどうかはわからない。でも、いつものように、バルコニーでリシャールを待っていると、予期せぬ来訪者がやってきた。

 彼はオレールという名の鬼族であり、僕とリシャールを襲ったことのある怖い人だ。しかし、今となっては誰が見方で誰が敵かなんてそんな簡単な状況じゃない。

 雪の降る寒い夜だというのに、オレールはリヒトお兄さんと同じように薄着で屋根の上からバルコニーに飛び込んできた。

「久しいな、召喚者、私を出迎えるために外に出ていたのか?」

 彼は偉そうに微笑んでそう聞いて、真っ赤な瞳を歪めて僕を見た。

 待っていたなんてそんなはずはない。不意の来訪だったのは彼だって自覚があるだろうから、特に何も言わずに、召喚者塔の入口の方へと視線を移動する。

「お、お兄さんなら、今はいませんよ。お城の方にいるみたいです」
「なんだ、つまらないやつだ。其方は人間のくせに純血の鬼族にそんな態度を取るなど無礼ではないか」
「……ごめんなさい」

 不服だと言わんばかりにオレールがそう言い、僕はあまり彼に構う気が起きなくて、謝罪を口にした。

 思ったよりも自分の声は、酷く落ち込んでいるのがバレバレで他人に会ったからと言って元気を装えるだけの気力すら、今の僕にはないのだとボンヤリ思った。

「……以前会った時に比べてまるで生気がないな、其方。……まあいい、リヒトがいないのであればまた改めるとしよう」

 そう言ってオレールはくるっと身を翻す。やっぱりお兄さんへの用事だったようで僕自身に用ではない事に少し安堵した。しかし鬱々とした気分はどうしようもないままでバルコニーの柵に腕を乗せて突っ伏した。

「しかし、其方、随分とやつれている様子だな。こんなに魔力の宿ったうまそうな人間を放置ているなんてリヒトも罪な奴なのだ」
「……」
「もしや、自分の運命を悟ったのか?」

 聞かれて、運命というのが何を表しているのか理解できた自分は、その質問にイエスと答えられるだろうと思う。

 でも答えはイエスだけど、死にたくなんてない。それに病んでいるのはそのことだけじゃない。
 
 上手く受け入れられないのは、別の理由だ。

「そ、そうです、ケド、それだけじゃないです」

 気まぐれに答えた。本当はこんなこと言っても意味なんかないと思うのに、それでも誰かに話をしたらマシになるかもしれないと思って口にしたのだった。

「ほう。何か特殊な理由があるとうかがえる……しかし、あえていうなら其方は滑稽に映るな、自身の身に危険が迫っているのに、そうして何もせずに家畜小屋の中で出荷される日を待っている」

 僕の答えにさほど興味もなさそうに、オレールは備えつけのテーブルセットに腰かけて、偉そうに首をかしげてそんなことを言う。

 たしかに、彼からはそう見えるのだろうけれども、僕にはそれ以外の選択肢は無いし、僕に一番大事なのは、死ぬとか生きるとかそういう話じゃなくて、もっと身近で、もっと現実的に目の前にある問題の方が大切だ。

 どんなに聞きたいと望んでも、リシャールは僕に話をしてくれないし、嘘もついて黙らせて、あれから一度も彼に同じことを聞けていない。

 その代わりに、大事にやさしく抱いてくれるけど、それがどこからくる感情でどうしてそうなっているのかもわからない。

 教えてくれればいいのに、何も分からなくて、僕だけがこの世界でひとり何もできないし、何も持っていないみたいで、過ごす日々は馬鹿みたいに苦しい。

 リヒトお兄さんもルシアンも、リシャールも自分の力で自分のできることできちんと動いて、自分にできることをしているのに僕だけ置いてけぼりで誰にも必要とされなくて、死んでしまってもよくて、一人ぼっちだ。

「そんな悲運を受け入れるなんて、家畜根性極まっているな。其方だったら私も首輪をつければ簡単に飼えそうだ」
「……僕ってそそんなに、ちょろそうに見えますか」

 言われた言葉に怒りもせずにそう聞いた。そんな風に見えるから、誰もかれも僕に本当の事を教えてくれないのだろうか。

 疑問に思ってオレールの方を見ると彼は、笑みを深めて、口を開く。

「其方は怯えた目をしてる。他人に媚びる目だ、与えられるのを望む弱者の目だ。そういう人間は、心底懐いたりしないが扱いやすいのだ」
「扱いやすい」
「そうだ。一時でも安堵を与えられることを望んでいる、甘ったれた考えで、崇高さのかけらもない、他人に依存する精神性を持っている」

 …………そんなこと。

 ないとは言い切れない。そうかもしれない。僕は頭もよくないし、力もない。

 今だって本当はこんなに苦しいのなら逃げちゃいたいと思ってる。

 出来ることはやって、これでも頑張った方で、一生懸命生きているのにそれでも何も分からなくて、やっぱり安心できなくて、不安があるのがつらくてたまらない。

 しんしんと降り積もる雪が視界の端をはらはらと落ちていく。静かで寂しくて、寒くて、誰も僕を見ていてくれない。

 誰もいなくて、安心させてくれないなら、どこか遠くに、行ってしまいたい。

「……其方を私がここから救い出してあげようか?」

 悪魔のささやきのように鬼が言う。その響きは甘美で、今のもうどうしようもない自分には、魅力的に聞こえてしまう。

「この手を取れ、召喚者。私はリヒトと話をつけるまでは故郷に帰れないのだ、しばしの間、連れ合いにしてやろう」

 息を吐いたら、白くなって風にあおられて消えていく。

 白銀の髪をもつ吸血鬼はやはりとても魅惑的に見えて、あんなに怖い化け物だと思っていたのに、こうして言われるとその魅惑を簡単には振り切れない。

 手を伸ばされて、考えた。

 誰とも心が通じていない今、僕がただここにいてもいい事なんてないかもしれない。

 こうしていることこそ、ただの愚行なのかも知れない。お兄さんも戻ってこないしリシャールも、ルシアンもただ僕を見捨てて、こうしてそれでも待っている僕が都合がいいから置いていったのかもしれない。

 その可能性は決してないとは言い切れない。リシャールがここに帰ってくるのだって僕が勝手に逃げ出さないように、つなぎとめるためだけなのかもしれない。

 ……僕なんて死んじゃってもいいって、皆思ってるかもしれないですよね。

 だから何も言わないし、だから、帰ってこない、だから……。

 手を伸ばそうと思った。駄目だとわかっていても、どこか遠くに連れ出してくれるのなら、それで安心させてくれるのなら、良いのかもしれないと思って手を伸ばす。

 視界に入ったのは、この間貰った刺繍の入った手袋で、しばらくは慣れなかったけど、今はこれをつけているとまるで愛情を纏ってるみたいで安心する。

 ……。

 今までもらったことがなかった僕だけに向けられるかもしれない愛情、家族愛でも友愛でもない、彼の気持ち。

 それは、とても。

「……やめときます」
「なんだ、つまらぬ。しかし、その選択の意味は果たしてどうでるのだろうな」
「……わかんないです。わ、わかんないけど、でも」

 タイミングよく、リシャールが帰ってくるのが見えた。

 ……ここで彼の手を取ったら、僕がこの世界に逃げてきちゃった時と同じですね。どこか遠くに行きたいと思って、それが不幸にも叶ってしまった前回。

 それと同じで、遠くにいけてしまうかもしれなかった今。

 でも、きっとこの場所にあるものを失ったらもう二度と、手に入らない。

 手袋を確認するみたいに手で手を撫でた。嘘かもしれない。何もかも全部、リシャールが僕を思ってくれているのは嘘で、本当に見えるなんて言う気持ちはただの僕の希望的観測に過ぎなくて、ただの幻かもしれない。

 だから知らないふりして、彼を恨んで逃げてしまっても、罰は当たらないかもしれない。それでも、傷ついてもいいから本当であることに、僕は賭けたい。

「頑張ります」
「好きにしたらいい、気が向いたら私にも血を少し分けてくれれば、手を貸してやらんこともないのだ」

 そういいながらオレールは、トンっとバルコニーの柵に飛び乗って、暗闇の中に消えていく。

 彼はお兄さんに簡単にぼこぼこにされて、権威も何も感じられなかったが、こうしてきちんと話して見ると急に襲ってきたこと以外は割と、普通の人なのだなと思った。



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