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人間らしくしてくれる。2
しおりを挟むルシアンの大きな背中の後ろについていくと、そこはまったく知らない部屋で、王宮の中だということはわかるが、部屋のそばにいたらしき護衛はルシアンを止めもしないし、ただ忌々しげに見ているだけだった。
大股で歩く彼の後ろを歩いてついていくが、今まで碌に歩いていなかったせいで妙に息が上がる。
それに、足を上げてきちんと歩くのが段々と難しくなって、カーペットに足を取られてつまずく。
そんな俺に気がついた、ルシアンは徐に振り返って俺を抱き上げた。
体が宙に浮いて、久しぶりに彼がそばにいる感覚がどうにも落ち着かない。
「それでリヒト、どうする? ナオに会いに行くか?」
「…………会えないかな」
当たり前のようにそう聞いてくるルシアンに、俺は呟くみたいにそう返して、彼の髪の上に腕を乗せて体を預けた。
どうしようもない事、その選択肢、彼に聞いてもらおうと思う。
「君と話がしたい」
「……分かった」
そう言った自分の声は馬鹿みたいに心細そうで、情けなくなる。抱え込んだおもりが心の中から一つ消えて、一人では限界だったのだなと、自分の事を理解することが出来た。
ルシアンは俺を抱き上げたまま迷いなく歩いて、王宮の中のある一室へと入った。
その部屋は見覚えがあって、たしかこちらに来たばかりの頃に泊まったことがある部屋だった。
中に入ると普通に綺麗で、あの時からずいぶん経った今でも誰かに使われているかのように清潔に保たれたままだった。
「この部屋、なんなのかな」
「君たち召喚者の部屋だ、いつ儀式が行われることになってもいいようにこうして準備されている」
ルシアンは俺の些細な疑問にすぐに答えて、扉を閉めて中から鍵をかけた。
それから俺をベットにおろしてから魔法で暖炉に火を入れた。
灯りをつけて部屋が明るくなるのを見届けてから今が、夜なのだと気がついた。カーテンが閉め切られているが隙間からも光が差し込んで来ていない。
彼はカーテンの向こうの窓の戸締りも確認してそれから、俺の元に戻ってくる。しかし、俺はそういえば自分が今あられもない姿だという事を思いだした。
布一枚だけの下着のような姿をしているし、寒さを感じないので特になんとも思っていなかったが、そんな状況でアルの上に乗って血を啜ろうとしていたのを彼に見られてしまった。
別によこしまな気持ちがあったわけではない。単純に腹が減っていたというか、気分が落ち込みすぎて若干、鬱気味であまりもの事を深く考えられていなかったというか、ただそういう感じなのだ。
「……」
もっとたくさん彼に伝えて、相談することがあったはずであるはずなのに、俺はバツが悪くなって黙り込んだ。もちろん、ルシアンの血が一番であるし、彼が目の前にいるなら彼を食べたいとも思ってる。
久しぶりに会って真剣な再会のはずであるし、今はとてもシリアスに状況を話し合うべきだと思うのに、空腹から変な考えが思い浮かんで、思考にバグが起きる。
「……」
そろりと彼を見上げると俺の前で腕を組んでじっと見降ろしていた。
……ルシアンの事だからあんなの気にせずに、今後どうするかを話し合って、その献身を分けてくれるかと思ったけどそう流石にスルーできるわけないか。
些細な希望に蓋をしてしおらしく視線を伏せた。
それから小さなため息が聞こえて、さらりと髪を救われる。それから頬を撫でられた。
「一応聞いていいか」
「ああ、いいよ」
「君はああして生贄の日まで、囚われているつもりだったのか?」
聞かれて答えに困る。たしかに自分から捕まってはいたが、そう決めていたわけでもない。
しかし、上手く答えを出せない問いが俺の前に立ちはだかって、それに向かおうとするとレジスの言葉と息苦しさが襲ってくる。
「リヒト、自分は、君に気遣われるいわれはない。自分は君に対して大きな負い目がある。あんな風に突然、放り出された自分がどうなったかわかるか?」
「……捕まってたんだろう? アリスから聞いてる」
「アリス……」
俺がアリスを相性で呼ぶとルシアンはそれをわざわざ復唱してきて「アリスティド」と言い直すと納得したように頷いた。
「たしかに囚われていた。しかし、君と俺はそもそも運命共同体だ、リヒトが死ねば自分も死ぬそうだろ」
「……うん」
「じゃあ、君の結論を聞く権利は自分にもあるだろう。それに、あんな場所にずっといて、答えも告げずにナオとも会わないつもりか?」
「……」
痛い所を突かれて、無言になる。
それを選ぶことが出来ないから俺はああしてあそこにいた。ルシアンが、それをよしとしないのも、それが俺らしくないからと助けに来るのも理解できる。
急にあんな突き放し方をしたし、それだけで引き下がる男だとは思っていなかった。
俺もナオも救われる素晴らしい案があったわけじゃなかったが、それでもルシアンは俺にゆだねて協力してくれている、知る権利はあると思う。
それでも、答えを出せていないのだから、なにも言えない。
何と言えばいいのだろうか、相談をしようと思うけれども、口は別の事をしゃべりだす。
「……それは、置いておいて、君はよく出てこれたな。俺を皆逃がすわけにはいかないんじゃないのかな一応、召喚者だし」
「……聞いていないのか? 神託が下りたんだ、召喚者にあたえた選択が終わるまで生贄の儀式は執り行わないこと、その行動を妨げない事」
「…………聞いてない」
神託ということはレジスの意思という事だろう。
何故そんなことをしたのかわからないけれども、それならナオもきちんと今も普通に生きていられているだろうことは確定で、それがわかっただけでも安堵できた。
アリスティドたちがそれを俺に言わなかったのは故意だろう。
しかしだからこそ俺が出ていくときに何も言う様子はなかった。結局、人間に良く効く強力な媚薬をたくさん彼らに手渡しただけになったらしい。
今思えば、あれは割とたくさんの使いどころがあるだろう。しかしその使いどころについて言及するつもりもないが、アリスティドの抜かりなさに少し驚いた。
なんとなく笑って、それから、俺の服は結局どこに行ったのだろうとか、そういえば魔力封じの首輪がつけっぱなしだとか、今更いろんなことが気になりだしてくる。
よく考えてみれば裸足で、足元には靴下すら履いてない自分のものなのが未だに不思議な細い足が二本あって、カーペットの感覚が足の裏に伝わって、なんとなくすりすりと動かした。
「しかし、君の事を引き合いにだしても、地下牢から脱出するのには骨が折れたが、リシャールがしょっちゅう夜襲をかけていたからな、今日もそのタイミングを見計らって脱出することが出来た」
「リシャールがって……どうしてかな」
「ナオの件だろう。君がどこにいるのかわからなかったから、匂いでおれを辿ったのだと思う」
「ああ、なるほど」
もしかすると、リシャールも、結局選ばなければならないという事を知っているのかもしれないそうだとするときっとナオを……。
……。
話を逸らしても結局、元の俺が目を背けたい問題に戻ってしまう。
どうしたらいいのか分からない問題は、ルシアンの顔を見た途端、何とかなった気がしたけれどもやはり難しいのかもしれない。
もういっそ彼を食べて、話をうやむやにしてしまおうか。そう思って、刺繍のたくさん入ったベットの掛け布団を握ってルシアンを見つめる。
彼の眼は俺が自分の目を鏡で見るよりも、明るい赤色をしていて、炎の光によく似ていた。
「……お腹が空いているのはわかるが、一応聞かせてくれないか、リヒト」
またもや俺の目は勝手に食欲を伝えてしまっていたらしい。気まずくなったしその話題はしたくない。でも、彼に乱暴をするのも違う気がする。
そう思ってどう答えようかと考えながらルシアンを見上げた。彼は俺の腿の上に手を置いて、片膝をついた。
「自分を置いていくつもりはないだろ、リヒト」
言われてキョトンとする。
ルシアンはとても真剣そうだった。でも俺にとってはそれは見当違いの質問で、与えられた選択肢はそれじゃない。
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