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選択 6
しおりを挟む「固まっていては何も分からない、リヒトですら、驚いて逃れられない絶望に打ちひしがれて泣いていた、お前は帰れない事と死ぬことどちらの方がつらい?」
……そんなの、リヒトお兄さん可哀想です。
「私はまだきちんとお前を理解しきれてはいない、ナオが家族になったら印象深い記憶をたくさん見てナオという存在を理解してみよう」
そう心底楽しそうにレジスさまは言って少し長くしている髪を靡かせる。座っているのに僕よりも随分大きくて手足も長くて、結構怖い。
外国のマフィアさんとかこういう感じなのかもしれない。いかつい下っ端役というより、ちょっと変わった幹部候補生みたいな。
小説とか漫画の世界に出てきたらきっと変わり者だけどすごく強いみたいなそういう役回りですね。
そうして、彼の役回りを考えると現実には存在しない人でもどういう風に接したらいいのか考えることが出来る。怒らせたくはないけど、僕を傷つけようとしていて、僕を嫌いな怖い人は出来るだけ気にしないのが一番だ。
「……見たくないです。でも、ありがとうございます。教えてくれて、死んじゃうんですね僕」
口に出すとちょっとだけ悲しかった。
でも、正直よくわからない、死んだ後にあの時の”死”っていうのは怖かったなと、思ったり出来るなら、体験談とかで知れたと思うけど、そういうことは無いのでぼんやり死んじゃうらしいと頭に入れる。
僕の反応に、レジスさまはちょっとだけ反射的に驚いたような顔をして、感情の伴った表情が出来たのだと僕も驚いた。
前に夢に出てきたときから今日までにこんな風な体になったのだとして、じゃあ数年後とかにはニコニコしてたりするのだろうかと疑問に思う。
「それに、ちょっと……ちょっとだけ、そんな風に思ってましたよ。だって、アヤが、言い間違えてましたもん」
「アヤ……アヤか……ああ、あの子の血縁か」
「そうです、しょ、召喚者の血筋の子。遺品っていちゃってましたよ」
彼女が不意に、召喚者の残したノートの事を遺品だって言ってしまっていました。
……それにずっと変だって、おかしいなって思ってはいました。皆の隠し事って何だろうって考えた時には、それがちらついて、それに……それに、こういう物語の相場は決まってます。
「そんなところから疑っていたなら、さぞ、悔しいだろ、ナオも何か逃げる方法を聞きたいんじゃないか? 平静を装っていても、つらいはずだ」
レジスさまは僕にそう聞いてきて、たしかに苦しくて怖そうだけど、その言葉に優しい気遣いがあるとは思えないし、そういう人ではなさそうなのでただ、肯定はするけれどもそれ以上は期待しない。
「か、悲しいですよ。でも、そうなんだなって分かってても、こんな風なお話なんだって想定してても……どうしても、辛いです」
「そうだろう、怖いはずだ。もっと詳しく話をしてやろうか。少しはその不安も和らぐかもしれない」
「……いいです。いりません」
首を振って、彼を見つめる。そういう話ではないという事を目の前にいるこの人は理解していないのだろうと思う。ただ、それもなんだか悲しくて、虚しい。
少しだけでもわかってもらえれば、話し相手になるかもしれないそんな風に思って、自分が噛んでしまった親指の短い爪を指でなぞりながら口にした。
「そういうんじゃないんです、レジスさま」
「じゃあ、なんなんだ」
理解不能とばかりに聞いてくる彼に、少し呼吸が震えるのを感じながら、少しずつ言葉にしていく。
「教えてほしい相手がいたんです。貴方じゃなくて、もっとそばにいた、リシャールとか、リヒトお兄さんとか、ルシアンとか、そういう人が教えてくれなかったのが辛いんです」
「……そんなことはさして重要じゃない。ナオ、お前は死ぬ、こんなわけもわからない状況で、勝手に決められて、死ぬ、理不尽なはずだ」
「たしかに理不尽です。でも、言って、教えて、言い聞かせてくれたら、ただ……っ、大切にしてほしかった、そしたら僕だってそれを返せたのに」
一番側にいたリシャールが嘘をついてたこと、それは、僕が死んじゃってもいいって思ってたっていうのと同意義で、そんなのは悲しくて、受け入れられなくて、仲良くなったのに、まったくそれは偽物になってしまう。
リヒトお兄さんも僕を置いていって、ルシアンもいつの間にかいなくて、そうして置いていかれるのがなによりも悲しい。
「一人ぼっちは不安です、誰も僕の事見ていない、守ってくれない。いえ、別に守ってくれなくても実際どうにかならなくても、いいんですっ、ただ、ちゃんと、向き合ってくれたらよかったのに」
「は?……向き合って何の意味がある」
「向き合ってくれたら、こんな風に寂しく思わなかったです、僕。きっと辛くなかったです」
「そんなわけはない、お前は恐怖を知らないだけのはずだ」
言っていて悲しくなって涙がにじんでくる。
こんなに、寂しくて辛いのはもう嫌で、帰れるって言ったのに帰れなくて結局は一人ぼっちで、でも、実際、現実になると僕なんて何にも出来なくて。
だからきっと皆、言ってくれなくて。でもだからこそ、どうしようもないからこそ、僕は僕が何もできない”お荷物”でも出来ることがあったらそれをやったのに。
……必要とすら、してくれないって、寂しすぎるじゃないですか。
「ぅ、ううっ」
誰もいない暗闇のなかは、どこか遠くに行ってしまいたいとここにきてしまった時に思ってしまったことをまた思ってしまって。
誰も僕だけじゃなきゃダメって言ってくれてないみたいで僕だけがいらないみたいで、でもそれを誰かに言えもしなくて。
……そんな僕は、役立たずで何もできない僕は、僕だって嫌いですよぅ。
「っ、ふう、うううっ」
こんなの、酷い。でもこんな風にしかなれない僕はもっとひどい、望んでばっかりで、なにもできなくて……。
涙が次から次にあふれ出して、ぽたぽたこぼれていくのを泣くのをやめたくて押さえて、拭っていくのにどうしてもあふれてしまう。
帰りたいと思う、でも帰ったところで、きっと僕はまた、同じままだ。
こうしてここでも誰にも何も言ってもらえなかったみたいに、僕はそういう風に必要ともされないし、そんな風になるための力もないし、皆みたいに頑張っても何にもなせない。
自分から動くことだってできない。そのままつっぷしてこんな風に泣いてしまうのが恥ずかしくて、でも涙は止まらないからテーブルに顔をつけてなく。
ぐず、っと鼻を啜って、変な位置になってしまいそうだからヘアピン外す。
それを見るとどうしても、あんなに愛おしそうに抱いてくれたのに、とリシャールの顔が思い浮かんで、喉が引きつる。
生贄だというぐらいなのだから、なにかどうしようもなく捧げなければいけない決まりだとか、魔法の世界だから、なにかの代償みたいに必要なものなのだということはわかる。
だから、リシャールの愛情が全部が嘘だとは思わない。仕方ないしがらみみたいなものがあって仕方なく僕が死んじゃってもしょうがないって思ってるんだって思う。
……でも、どこから本当で、どこから嘘ですか? リヒトお兄さんが僕にやさしくしようとしてくれてたのも嘘ですか? ルシアンが励ましてくれたのも?
泉についた日、あの日までの辛かったけど、でも仲良く出来てた日々は嘘じゃなかったはずなのに、分からなくなって、こんな風に疑っちゃう自分も嫌になる。
……死んじゃうなんて嫌です、帰れないのも今までの全部過ごしてきたのが無くなっちゃうのも怖いです、でも……でも、そうなっちゃうのなら、せめて、ちゃんと必要だって、言ってくれたら……。
言ってくれたら許せるのにとは思えない、僕は死に方もわからないし自分が繊細過ぎる質だと知っているし、そうなったときの事なんてわからない。でもそうして欲しかった。
寂しいのも、怖いのも、辛いのも、一人ぼっちでは、誰にも理解されないままでは体が痛いよりずっと痛いと僕はそうおもうから。
それから、ずっと僕は泣いて、目の前に人がいるのも忘れて、声を出して顔をテーブルにこすりつけて涙を流した。
夢の世界での涙って全然枯れなくて、ずっとずっと流れ落ちてこのままだと不思議の国のアリスみたいに、涙で海が出来てしまいそうだった。
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