異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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生きるためには 4

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 尻尾に触れられるのは、どうにも妙な心地で、ナオくん以外にだったら触らせたりしないのだけどなぁ、なんて考える。

 彼がシルバーのアクセサリーに触れてころころと指で転がしているのを見てそういえば、ナオくんは俺にあんな風に襲われたというのに、正気を失ったことについてまったく聞いてこなかった。

 聞かれなくても一応は説明すべきだっただろうと思って、眠たげな彼の頭を撫でながら言う。

「ナオくん、ちょっと昨日の事、話してもいい?」
「ん」

 返事なのかわからない声だったが、いいのだと思う事にして、分かりやすいように簡潔に伝える。

「俺、ちょっとね、他の獣人より、オオカミの側が強く出ちゃってる方でね……先祖返りっていうんだけど、昨日は多分、変な物食べて咄嗟の事だったからその発作が出ちゃってさ」
「ん、はい」
「ごめんねで、済まされることじゃないと思う、けど、……えっと」

 言っていて、こちらはこちらでとても大きな失態だと思う。

 色々特殊な状況だから、ナオくんは何も言わなかったけど、普通の人間に仕えていたら殺していたし、事情を説明して謝っても本来なら許されない。

「あれ、なんかごめんね、こんな起き抜けのナオくんに適当に話していい話じゃないかも……ちょっとおかしくなってるのかも」

 状況が殺伐としすぎて、不思議と重要視できていなかった自分の配慮の無さを恨む。手を引っ込めてナオくんから視線を外した。

 それにナオくんは怖いのは苦手で、ちゃんと考えてから怖がらせないように話をしてあげなきゃいけなかったのに、話し出してしまった。

 彼がそれほど気にしてなさそうだからといっても、急に自傷行為をしたのもそれが引き金になっているかもしれなかったのに軽率だった。

「っ、ごめん。こんなこと言われても怖いだけだよね、普段は、発作なんて起さないんだけど、今回だけっていうかね」
「……」
「いや、一回でも起こしたら駄目だよね、実際、ナオくんにすごく痛い思いさせたし」

 それに、この話題を他人に話すというのは、軽蔑されて、追い出されてもおかしくない情報を開示するのと同じで、妙に緊張してしまってうまく説明ができない。

 今までずっと隠して生活をしてきていたから、どんな顔をしたらいいのかわからない。

「これからはないようにするけど……」

 絶対にないとは言い切れなくて、そうしたらまた俺に合わせて獣の姿になってほしいなんて、そんな図々しい要望を言えるはずもなかった。

「……」

 俺が黙るとナオくんも黙って、それでも優しくしっぽを撫でる手は変わらなかった。

 しばらくお互いに沈黙して、それから、ぽすっと尻尾に重みがかかって、恐る恐るナオくんを見た。彼は俺のしっぽにほっぺを預けていて、上目づかいで俺を見上げる。

「り、リシャールも、そんな風な責められるのが怖いってお顔するんですね」

 優しい子供っぽい声だった。眠たいのもあるのかもしれないが、柔らかい暖かい声。

「だいじょぶですよ。わかってます、フラグ立ってましたしね」

 分からない言葉が、どういう意味なのか聞きたかったけれど、彼の優しい声音をさえぎりたくなくて、そのまま耳に集中して聞く。

「あるあるですよ。……それをまあ、主人公だけが対処できるのもあるある、ですけど。でも、ジャンルは、なろう系じゃなくて、ビーエルでしたけど」

 ポヤポヤと通じない言葉を交えながらもそういって、それから少し起き上がって、屈託もなく微笑む。

「怒ったり嫌ったりしません、なん、何とかなってるなら、それでいいです」
「……いいの、本当に」
「はい、だから、気にしなくていいです」

 ごく当たり前のようにそういわれて、ずっと胸の中にあった病気という重りが取り払われて、水に流れて消えていくのがわかる。誰かに言ってほしかった言葉で、でも誰にも言われることなどありえないと思っていた。

 それほどに、重大な他人を傷つける疾患だと分かっていたから、自分だって、受け入れられることをあきらめていた。

 でも、ふとしたこんな時に突然報われるだなんて、思いもしなかった。

 純粋にうれしくてその分、大切に思う気持ちも強くなる。

「僕も、ひ、一ついいですか」

 しかし、気落ちしたような声でナオくんは言って、俺を見据える。

「リシャール、僕に言ってない事ありませんか」

 真剣な瞳に、何を指しているのかすぐにわかった。リヒトが逃げたということは、何か危険があるのだとナオくんも理解できているのだろう。そして、それを知りたいと思っている。
 
 ……。
 
 でもそれを言う必要はない、俺が守るから。それにナオくんは強くない、知っても普通に今まで通りでいられるとは思えない。

「……ないよ」
「っ、」

 ……知らなくていいよ。俺が守るからね。君はそのまま優しい君でいて。

 彼が傷つくとわかっていても、口にした。そのぐらいの傷ならきっとすぐに癒える。死が目前に迫っている恐怖で、また苦しい思いをさせるなんてことは出来ない。

「これまで通り、リヒトがいなくても、ちゃんと元の世界に君が帰れるように動くからね」

 結局彼は帰れない、でもその事を伝えるのは、誰の役目だろう。俺はそれでも今まで通りを演出するためにわざとそんな嘘をついてしまった。

「今日は寝ようか、明日からまた移動になるからね」
「……、……」

 ナオくんはそういう俺の事をじっと見て、すごく悲しい顔をして、涙を瞳に貯める。それから何かを言おうとするのを、視線を逸らして拒否して立ち上がって、服を持ってナオくんのところへと向かう。

「これ着て、夜は冷えるから」
「っ、……はい」

 落ち込んだ声に気がつかないふりをして、そのまま俺たちは同じベッドで眠った。がりがりと爪を噛む音が聞こえたけれど、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて、目をつむった。




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