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現実味 7
しおりを挟むリヒトお兄さんがルシアンを呼び出して、それからすぐに、大きな物音がして二人は姿をくらませた。僕はそれからずっと馬車の中で待っていたけれどいっこうに二人は帰ってこなくて窓の外はどんどんと暗くなっていく。
どうしたらいいのか分からなかったけれども、魔力を手に入れてはいたので、どうにかストーブの火を絶やさないようにして二人が帰ってくるのを待った。
帰ってきたときに誰もいなかったり、寒かったりしたら悲しいだろうから、そうして長い間待っていた。
それでもやっぱり帰ってこなくて、不安になりながらも自分に適性のあった魔法を試しながらじっとしていると、コンコンっと馬車の扉がノックされる。
そんなことをする人は僕たちの中にはいないし、そうだとすると、あまり話をする機会のない、リヒトお兄さんやルシアン、リシャール以外の人間だとすぐにわかる。
リヒトお兄さんもいないのに勝手に出ていいのかとか、もしかしたら怖い人かもしれないとか色々と考えたけれども、一番可能性としてあるのは、帰ってこないリヒトお兄さんと、ルシアンからの伝言を頼まれた人なのかもしれないと思って、扉をゆっくりと開けた。
外はすでに真っ暗で、扉を開くと外気が吹き込んで少し寒い。
扉の向こうにいたのは、変なローブをかぶった人で、僕より身長が高いけれども馬車の段差で丁度同じくらいの高さで視線を交わした。
「こんばんは、召喚者殿、そろそろ出発してお連れを拾わないといけないんじゃないですか?」
彼は深くフードをかぶっていて、目元が見えないけれども、首筋には赤毛が見えて僕がまったく知らない人物であるという事だけがわかる。
不気味なローブと外から入ってきた冷たい空気が相まって彼はすこし不気味な気がしてくる。
「あ、申し遅れました。新しい御者の者です、そう、警戒しないで」
しかし、その正体はすぐにわかって、エトヴィンさんの変わりなのだとわかる。彼はとても歳をとっていそうだったし、寒いからここで若い人に交代するのだろう。
そうなると、話は変わってくる。たしかにリシャールとも合流したいけれども、リヒトお兄さんとルシアンがまだこの浄化の泉のどこかにいるはずなのだ。
その二人がこない事には出発は出来ない。出会ったばかりの人に要望を言うのは苦手だけど、自分の手を手で握って言う。
「ア、エエト、ッ、そそそのっ」
「はい」
「まま、まだっ、帰ってきてない、人がいいいって」
「帰ってきてない?」
「はははひっ」
いつもよりひどくどもりながらそのことを伝えると、彼は首をかしげるような仕草をして、それから後ろに広がる暗くなった泉と泉を囲むようにして設置されている高い塀を見渡して、まったく不思議そうにしながら言った。
「誰もいませんよ」
…………そ、そんなはず……。
そんなはずはないと、彼越しに外を見れば、たしかに人の気配もなくてリヒトお兄さんもルシアンの姿もない。
「……」
「出発しますね。そうだ、これ、”食べてください”」
彼に言われて何か違和感を感じるけれども、ほんの些細すぎて何が違和感なのかもわからない。
そんなことよりもリヒトお兄さんとルシアンがどこに行ったのかの方がずっと心配で、手渡された、むき出しのクッキーを不衛生だと思いながら、見つめた。
そんなことよりも、さっきまで使っていた黒魔法を誰かで試してみたかったけれども試す相手もいないし、解きたいと思うけれども解けているのかわからないし、そのまま馬車の出入り口に一段下がったところに座って、去っていくローブの男の姿を眺めた。
顔も見えないけど別に悪い人じゃなさそうと思いつつ扉を閉めて、待っていれば、ガタゴトと馬車が動き出して、窓の外の景色が移動していく。
あんなに寒い思いをしなければ魔法が使えないなんて、ますます自分の知っているファンタジーな小説たちとは違うと思いながら、その場でリシャールの元へと向かう馬車の中でじっとする。
しばらくして馬車が止まって、駆け足で雪を踏みしめる音がして、力強く扉が開かれる。
それを座ったまま見上げると、いつも見慣れたリシャールがいて、そしてその後ろにもう二本足が見えた。彼の後ろのぼろいローブの切れ端が靡いていて、ぞわっと悪寒が背中をかける。
「ナオくんっ?!な、なにしてるの」
「な、なにって」
……リシャールこそ、後ろにひとが、います。
しかし、どうして彼が驚いているのかは見当がついた。手のひらにクッキーを乗せて、玄関口に座り込んで待っていたら不思議だと思うだろう。それを説明しようと考える。
「これは、た食べてくださいって……」
言っていて、それを思い出すと、自分はまだどうしてこれを食べていないのだろうと、疑問に思った。
咄嗟に口に運ぼうと手につまんで、大きく口を開けるとその手を掴まれて、おもむろにそうしたリシャールを見る。
「食べないと」
知らない人からただ言われただけなのにそう思って、止めようとするリシャールの手を払おうとする。しかし、そのリシャールの手は急に前足になってふわふわの犬の足に変化する。
だからと言ってさっき見た足は、彼の増えた後ろ脚の向こうにまだ二本あるはずで、視界を上げると赤茶の綺麗な目をしたオオカミと、その後ろには燃える様な赤毛とギラギラ光る獣のような目をしたローブの男が僕の事を見ている。
「っ、」
オオカミは僕の手元にあったクッキーをバクッと食べて、ごくっと飲み込んだ。そうすると目の前からクッキーが消えて、食べなければと考えていた思考が無くなって、咄嗟に声を出した。
「リシャールッ、後ろっ!!」
叫ぶと金切り声のような音が出て、僕の声を聴く前に、すでにリシャールはガゥルと地響きみたいな声で、素早く身を翻し、背後のローブの男に噛みつく。
リシャールのこの姿は見たことがあったけれども、本当に数回で、いつの間にか四足歩行していて、気がついたら戻っているので触れたことも近くで見たこともなかった。
そんな彼が、今はすぐ手の届く位置にいてそして、ゴリッと鈍い音をさせながら人間に噛みついて、ヴヴヴと低い音を出しながら頭を振り、一度離してそれから再度噛みつく。
「ぎゃが、がば」
濁音の悲鳴が聞こえてくる。次にとびかかった時には、ゴキンとなにかが折れる様な音で、それからリシャールはローブの男が死んでからも、何故か元の姿に戻らない。
僕にはあまりこの姿を見せてはくれないのに、どうしてか、彼は、その場で雪の上をサクサク歩きながらうろうろする。
……なんか、変です。どうかしたんでしょうか。
低くうなり続けているリシャールは、体を引きつらせるような動きをしたり、頭と体を振るわせて水を払うような動きをする。
しばらくそうしている彼を僕は呆然としたまま眺めて、何故だか、いつもと違う様子に、声をかけられなくなって、妙な光景に息をのんでじっとした。
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