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ルーン文字の意味 6
しおりを挟むしばらくごそごそという音が聞こえて、俺はなんとなく、別の考え事をして時間をつぶす。
例えばリシャールがなぜここまで入ってこられなかったか、なのだが、彼は獣人であり、その獣人というのは魔力を気場に補充に行かなくても、人間には取り込むことが出来ない微細な魔力を日常的に取り込んで、魔法を使うことが出来るらしい。
だから、逆に魔力の多い場所に来ると普段から魔力を使っている感覚がくるって使えなくなってしまったりすることがあるそうだ。
それでは困るということで、今回はそばにある、同じように中には入れない獣人が使う兵士の詰め所へと置いてきたというわけだ。
ちなみに鬼族は人間からのみ魔力を得るため、ここにきても何も意味がないらしい。しかし、気場という所を一度も見たことがなかったので観光地気分で俺は同行した。
そういう前提があって今はここにきているのである。
しかし、この場所がこんなに人気のない場所だとは思っていなかった。
個人的には観光スポットのつもりで来たので、もっとお土産売り場だったり宿泊施設だったりそういうものが沢山あって、活気のある街が見られるのだと思ったが、まったく想像していなかった様子に少し、がっかりしている。
日本にもパワースポットとか、有名な自然の観光地なんてのは結構あり、その場所自体も確かに素晴らしいものだが、その周りを取り巻く人や環境も大切だと思う。
同じように観光に来た客が記念写真を撮ったり、現地の店の変な土産を物色したりするのも観光の楽しみであるべきなのだ。
そう考えながらがらんとしている泉が、風に揺られて水面がさざ波を立てるのをぼんやり見ていた。
すると、衝立の向こうから小鹿のように震えるナオと、ナオにしがみつかれて、苦笑しているルシアンが出てきた。
「るるるる、るしあん。さささむっぅ、い」
「早すぎるぞ、まだ体を清めてもいないだろう」
「へぇぇ? へえええ?」
ナオにそう言い含めながらルシアンは、俺の目の前にある水がちょろちょろと足されている大理石のバスタブのような物に近寄っていく、そして疑問符を浮かべながらついてくるナオに手桶のようなものを渡す。
それをナオはどうにか受け取って縋るようにルシアンを見た。
しかし、ルシアンはふうと、息を吐いて随分冷たいであろうソレを自分の体にかける。そうすると如何にも薄そうな白い布が体に張り付いて水を滴らせる。
「ひえええ、ひう」
「ナオ、君もやるんだぞ」
「エエエエッ」
ルシアンは、なんてことないようにそういったがナオは顔がすでに真っ青だ。
しかしナオの反応も頷ける。なんせ、彼らは、簡素な肌着以下みたいな薄い布とひもだけで作られた、服しか着ていないのだ。
体の前面を覆うような布が首にひもを通して掛けられており、それから腰の部分にはぐるりと布があり短めだが一応は後ろまで隠れる様な作りをしている。
後ろには腰から伸びたリボンが付いていて少し可愛らしい。もしかすると男女兼用でこのつくりなのかもしれない。形的には背中が尾骶骨の部分まで空いている超ミニスカワンピースみたいなものなのだ。
「大丈夫だナオ、これで死んだ人間は一度も見たことがない」
「うううう」
「儀式的なものだ、泉はとても神聖なものだからな、体を清めないと入ることが出来ないんだ」
「うううっ」
「ほら、じゃあ俺がかけてやるからな、さん、にー、いちでいくぞ?」
もはや唸るような声しか出せなくなったナオに対して、ルシアンは慣れたように、背中を摩ってやりながら、手桶を持ってナオの腰を抱く。ナオは震えながらも流石に暴れて逃げたりはせずに、ぎゅうっと目をつむった。
「さん、にー、いち」
宣言通りに肩から水をかけられてナオが「ひうううっ」と声をあげる。それにルシアンはさわやかに「よく頑張ったな」と褒めてやりながら今度は泉の方へと歩いていく。
俺はそれに続いて、濡れた足でペタペタと極寒の大地を歩く二人を追った。
……どおりでリシャールが凍傷の心配をしていたわけだな。というかそもそもの問題。俺たちは浄化の泉って聞いていたので、てっきり飲むのだと思っていたが、浸かる方式だったことには流石に驚いている。
そしてこんな寒い時期にそれをやるとは、なにかの修行のようだった。
そしてナオも軽い気持ちでここにいたからなのか混乱しつつ、ルシアンに連れられながら俺を振り返って、プルプルと小動物のように震える。
「お、おにぃひゃん」
「……ナオ、頑張れ、終わったら、なんでも買ってやるから」
「おにぃしゃん」
「悪い、流石に助けてやれないっ」
寒さですでにろれつが回っていない彼に、悪いと思いながらも少し笑ってしまいながら答える。別に、不憫なところが面白くて少し可愛いだとか思っていない。
自分がその必要ないからと言って、寒中水泳のようなことをさせられるのを面白おかしく見ているわけではない、決して。
そんな俺を振り返ってルシアンはジトっとにらんでくる。笑うなと言いたいんだろう。ナオも自分も真剣なのだと。
しかしそれはわかっている。けれども如何せんシュールだ。面白い。
……それに、明るい所でルシアンの体を見たのは初めてだがやっぱり、脂肪の少ないいい体つきをしているなぁ。
と、妙な事を考えてから、しっくりくるたとえが見つかった。この白い布だけの簡素な服はまるでギリシア神話の彫刻みたいだなと思った。
それほどにルシアンは男性らしくて力強い。一方ナオは、色白で現在顔面蒼白だ、全体的に小さくなっていてほっそりしていて、無理矢理風呂に入れられる子猫だ。
「あわわわ、あうう、つつめたいんれすけどっ」
泉の淵へとついて、ルシアンは躊躇なく泉のなかへと足を入れる。それに連れられてナオも浅い所へと足を入れて、体を飛び上がらせながら、冷たさに驚いて舌足らずにそう言った。
「大丈夫だ。肩まで浸かって十秒経ったらあがってもいい」
「っ、ふくっ、くっ」
そんな幼児に風呂を入らせる時みたいな物なのかという気持ちと、心底真面目に、ルシアンがそう言っているのを聞いて、思わず吹き出して肩をふるわせた。
その二人の姿がなんだかほほえましいというか、まるで仲の良い兄弟のようにも見える。
しかしナオは、人生の終わりのような顔でしどろもどろになっていて、笑っている俺を見て、あからさまにガーンとショックを受けた顔をした。
「おおお、お兄さん、ひひひひどくないっすか、ぼく、頑張っているのににいい」
「っ」
「滅茶苦茶寒いんでですよ?!こここんなことになるっなんておもって……」
そういいつつも、くしゅんとくしゃみをしてナオはずびっと鼻水を啜る。
確かに凍えるほど寒いのは事実なんだろうと思いながら、一応は、心配していみたいに見えるように泉のそばまで寄って、ナオの両手をもって彼が沈むまで悠長に待ってやっているルシアンへと視線を向けた。
「魔法で温めて入ることは出来ないのかな?」
「……そうしてやりたいのは山々なんだが、この泉は魔法の干渉を受けないどころか、魔力を放出するのを阻害する効果もある、君もあまり近づくと変な影響を受けかねないからな、ここは任せてくれ」
足首まで浸かってひんひん言っているナオとは違って、ルシアンは震えもせずにそう言って、俺を遠ざけようとした。
それに確かに、魔力の放出の疎外というのは、あの強い腕力や風の魔術が使えなくなるかもしれないという事だろう。
いざというときの手が無くなるのは困るので一歩引いて、そうであるなら俺は彼らがさっさと魔力を手に入れて、さっさと外に出て馬車の中にあるツールを使って温めてやるしかないだろう。
「分かった。ナオ、俺は、役に立たなさそうだ。すまない」
「うううう、ううっ」
彼は俺の言葉にバイブレーションになってしまったような返事を返してきてぶるぶると震えている。このままではいつまでたっても、冷たい泉に浸かる勇気が出ずに、体温がどんどんと奪われていくだろう。
ここまで来てしまったからには、早く浸かった方がいい。
ルシアンまで凍えて足が動かせなくなったら魔力の使えない俺の体が二人とも助けられるとは思えない。
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