78 / 156
使命 6
しおりを挟む目を開くと、目の前には母がいた。彼女は、自分の子供であるからかその本性を隠すことは無く、まったく悪びれないまま、適当に茶封筒を差し出した。
「おじいちゃんの保険金、意外と高額だったからわげるわ。あんたそろそろ春休みでしょう? 卒業する前に友達とテーマパークでも行って来れば」
そういって少し厚みのある封筒が俺に渡される。
多分、母は、俺が自分と同じような人間なのだと知っていたから、ああいう言い方をしたのだと思う。
それに自分も幼いころに懐いていた祖父だったにも関わらず、中身を早く確認したい欲求と、それから当時付き合っていた彼女にせっつかれていたペアリングの購入資金が手に入ったと、内心喜んだ。
始めはすぐに思いついた用途でお金を使って、充実した数日間を送った。
しかし、そのお金は当時の自分にとっては大金で、簡単に使い切ることが出来なかった。
日増しにそのお金が重たく意味を持ち始めているのに俺は焦って、母が適当に言った用途で散財しようと思いついて、そのまま財布だけもって春のテーマパークへと向かった。
入園料を払って、好きなだけものを食べて、好きなだけショップで物を買って、そのお金はやっと小銭になるまで使うことが出来た。
しかし、ふと、罪悪感のようなものがやってきた。
俺はただ、一人封筒を握りしめてベンチに座っていて、テーマパークの陽気な音楽を聞きながら楽しげな家族が過ぎ去っていくのを呆然と眺めた。
「今回は、君の一番悲しかった記憶、前回に引き続いて難解だ」
隣にふとまったく印象に残らないような顔をした、平均的に日本人らしい顔の男が座っていて、意味の分からないことを言う。
………今回って……まるで前があったみたいな……。
ぼんやりしたまま、俺は彼を見てそして、前回があったことも思いだす。そしてその時にひどい目に遭ったことも。
「っ、なんで、ただの夢じゃ?」
混乱しながら夢の続きを見てしまったという怪奇現象を恐れて、ベンチを立って、前回から存在している彼の事を凝視した。
俺が姿が違うのに彼だと認識できるのには、独特な彼の声と話し方があったからだ。大人ではあるのに子供っぽいような独特な声音で、耳にすればすぐに彼だとわかる。
今は、なんだか人間みたいな体をしているが、彼の中身は前回見た通りの異形の存在なのだと思うとそばに寄りたい気持ちにはならない。
「まあ、いいじゃないか。それで、なんでこんな陽気な記憶が悲しい」
彼は俺の動揺を一蹴して、それからパレードの方へと目を向けて、聞いてくる。そういわれるまではまったくそんな風に思えなかったのに、彼にそういわれて促されるとどうにも、思いだしてしまう。
……陽気だとかそんなの関係ないんだよ。ただ、これが俺にとって一番悲しいなんて俺も意外だけどな。
「とにかく、座って、説明して」
「……」
「さあ、早く」
「……」
せかされて隣に座り直した。夢の中だからなのか彼に言われると、そうしてやってもいいような気分になってしまう。
しかし、そんな気分にはなったものの、この光景が人生で一番悲しい記憶なのだと言われてもあまり納得がいかない。
だって確かに彼が言うように陽気で、それに俺はそれなりに一人でテーマパークを楽しんでいたし、休憩の為に椅子に座っただけで、別に遊び飽きたわけじゃなかった。
……ただ漠然と、無力感というか、罪悪感のような、虚無感が襲ってきて、そこから先の人生が急激に色を失っていったような気がする。
「祖父の死は、俺にとってすごく大きな影響を残して俺は、窒息して死なないように、生きるために恐怖からの指標を見つけた」
隣にいる彼にも分かるように言葉にしていく。
「でもそれはおおむね順調で、特に苦しくもなくて、それにやっぱりあの人が死んだだけでは世界はまったく変わらなくて、楽しげで多くを持っている人には優しい世界で」
俺の思いだしている記憶だからか、顔のぼんやりしている家族が俺たちの前を通り過ぎる。この日は春の陽気をしていて、とても心地の良い昼下がりだった。
「それは、それで……俺はよかったのだけど、例えばここに、この鮮やかな陽気な場所は、祖父がいるべきであったとその方が正しかったのだとそう思って」
記憶をたどるように喋る。言葉にするとあの時、感じた酷い気持ちがどんなものだったのか理解できてきた。
「しかし、俺はただ何も持たない人間を助けなかったし、世界そのものも、そういう風には出来ていない。だから、祖父のような人はこの場所にいることはできない、でも、俺はそれが当たり前だと思って、世界もそれが当たり前だと認識されていて」
……つまりは何が言いたいのかというと。
「そんなのは、そんな風な世界なら、酷く無常でつまらないものだと思ったんだよ。そしてそれがわかって、馬鹿みたいに悲しくて、祖父を連れてこられるような人間だったならと、そんな後悔すら思い浮かばない事が……」
「悲しかったってことか、複雑にしすぎだ、ただ自分の冷酷さが嫌になっただけだ」
「……そうかもしれない」
「そうだ、複雑すぎて面倒だしもういい」
彼は俺の思い出話など興味ないとばかりに、ふと視線を逸らして、それから、ぶつ切りのアニメのように場面が変わる。
しかしそこは、今まで彼がいた夢のような俺の記憶にあるものではなく、変な雰囲気の場所になっていた。
「お前は、ただ自分が嫌いなだけの人間だ。自分で自分を化け物なんて言うけど、リヒトの中には人間たるものという確たる存在がある、だからかけ離れていると思えるんだ」
勝手に断言されて、自分の深い記憶を掘り起こされてデリケートな部分を話した相手にそういわれてしまうと、そうな気もしてきて、しかし、そんな簡単に俺という人間を分かった気になんてなられても嫌悪感がわく。
反論しようと、体を起こしてから、自分がベットに横になっていたことに気が付く。
そのベットはとても柔らかくて人肌のようにじんわりと俺が触れている部分を温めてくれている。
そして真っ赤な鮮血の色をしているのだった。丁度昨日、ルシアンから与えられた彼の血液のように今は俺を包み込んで安堵させる寝台になっている。
そこから降りることは考えられなくて、ただ、真っ赤で柔らかいシーツをさらりと触って、温かくてもう一度眠ってしまいたくなった。
「血のベットなんて、お前は胎児かなにかか」
「……」
しかしツッコミのようなことを言われて流石に起き上がった。確かに言われてみるとそうだけれども、別に回帰願望なんて持ち合わせていない。
そもそも意味が違うと、咄嗟に思ってから、なんで赤いベットを見ただけで、これが俺の安心できる血の寝台だということがわかるのかと不気味に思いつつ彼を見る。
3
お気に入りに追加
237
あなたにおすすめの小説
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる