上 下
74 / 156

使命 2

しおりを挟む




「最後に、水の魔術だな。水の魔術は自分の属性で少し恥ずかしいが、雰囲気や人の情緒を大切にすると言われている。他人に同調し癒すことが得意なんだそうだ」

 最後の魔術について言われて、自然とそちらに思考が移る。確かに、ルシアンは一緒にいて安心するし、気持ちをわかってくれそうだと思わせる部分があるような気がする。

「他にもそれぞれの魔術にどんな人間がギフトとして与えられるのかという俗説がある。それを考えて人を観察してみると意外と面白いものだ。近々、浄化の泉へと出発する準備が整う。君も自分にどんな魔術が宿るのか楽しみにしているといい」

 大きな手が伸びてきて僕の頭をくしゃっと撫でた。その手は大きくて、しかし、少し震えている。元気のない僕の為に魔法を使ってくれたからかもしれない、ただでさえ……。

 ……ただでさえ、リヒトお兄さんに食べられて、辛そうなのに。

 多分、一週間に一度ほど、ルシアンはリヒトお兄さんに血を吸われている。

 最初は、吸血鬼というものに夢を見ていた。だってアニメや漫画でファンシーに描かれているし、確かに怖いキャラなこともあるけれど、大体は仲間になって年の功で様々なアドバイスをしてくれる面白いキャラなのだ。

 しかし、こっちの世界の吸血鬼は違う。リシャールから聞いたけど、日本の人食い鬼と西洋の吸血鬼を足して二で割って魔法をプラスアルファしたような生体をしている。

 血を吸うだけではなく、人間を食べるし、今でも純血は無意味な殺しはしないけど食べる用になら普通に人も殺すし食べちゃうらしいのだ。

 そして、魔力のある人を食べると魔力も強くなるし、人間を何人も食べる吸血鬼もいる。

 それをリヒトお兄さんがルシアンだけ食べて持たせてるのは、ルシアンの魔力が豊富なことと、水の魔術が使えるからなんだそうだ。血を奪われても魔力で回復して死なないようにしているらしい。

 ……でもそれって、すごく痛いですよね。それに辛いと思うし、なにより、リヒトお兄さんってルシアンの事をときどき突き放します。そんな態度取られて、あんな魔法使える相手に、がぶがぶされるとか……こわすぎますよ。

 けれどまったく、ルシアンは苦しそうではない。目の前にいる彼は青白い顔をしているけれども、リヒトお兄さんの事を怖がっている素振りは見せたことがない。

 ……やっぱり鍛えているからなんですかね、武術で鍛えられるのは体ではなくココロ的なあれですか?

「そんなにじっと見られても、何も出ないぞ」
「! ア、アイエ、ちち、違くて、づ、です」

 考えながらルシアンを見ていたせいで、彼は僕を揶揄うように言った。足の間に置いていたムーンハープを落としそうになってしまって慌てて押さえる。

 それから、弾く気が無くなったのでテーブルの上において、改めてイスをテーブルに向けて彼と話をする体勢になった。

 しかし、まったく怖がってなさそうで問題ないような顔をしているのに、僕がリヒトお兄さんの悪口みたいなことを言うのは気が引けてしまって視線を彷徨わせる。

 すると、ルシアンの方が先に口を開く。

「ナオ、今リヒトのこと考えてるのか?」
「っ、……」
 
 見透かされたみたいに聞かれて、固まってしまうけれども一応は頷く、するとルシアンは少し難しい顔をして言った。

「自分がナオに何かを言えるような立場じゃない事は自覚してる、君たちは同郷だし同じ目的を持っている。それに自分は君ほどリヒトに信用されていないしな」
「……」
「けれどすこしすれ違っているようだから言わせてもらうと、リヒトは君の事をこの世界でなによりも一番に考えていると思う、安心していい、きっと……ナオを見捨てることは無い」

 そう言い切って、僕を見た。しかし、僕にはその言葉の真偽を確認するためのすべが無くて、それが本当なのだとしても、本当だってリヒトお兄さんに言ってほしいし、そうでなければ安心できない。

「……そ、そうじゃない、です。僕、は、ココ怖くないのかなって思うんです。見捨てるとか見捨てないとか、そそそんなのの前に、だって、あんなっ、ちから、あんなのも、急に痛いのも、こ怖いのも嫌なんです。なんで、こんな物騒なんですかっ」
「……ナオ」
「ルシアンは、怖くないですか。アヤ、僕とは価値観違うてわかってますけど、ソノ、お兄さん、怖くないですかっ」

 思い切って聞いてみるとルシアンは、少し難しい顔をしてそれから、僕の質問に真剣に答える。

「怖くはないな、今は、だが」
「……ぎゃ、逆です。僕とは……僕は、ちょっと前まで全然怖くなかったけど、今は、何でもできるって知って、でもお、お兄さん何考えてるかわからなくて、怖いんです」

 何故か、僕らのリヒトお兄さんに対する感想が逆転してしまっていて、何故なのか、ルシアンと僕の違いについて考える。

 僕たちは同じ人間で、何かあった時には、僕の方が魔法が使えないという欠点はあるけど、同じように逆らえないということは一緒だ。

 違いといえば、出身と、それからお兄さんといる時間だと思う。ルシアンは何より、ずっとお兄さんと一緒にいるからどんな人なのかより深く理解しているのかもしれない。

 それに……さっきは、嫌なことみたいに思ったけれど、もしかすると血を吸われているから、お兄さんと信頼関係があるみたいな。

「……あの人は意外と単純だ。それに、きっと怖がっているのはナオと同じだと俺は思う。だから無理しなくていいと思うし、そんな人を自分は怖がったりしないさ」
 
 ルシアンは、自分の首筋……というか吸血痕を思いだすように、触って、あまり共感できない事を言った。僕からするとリヒトお兄さんはそんな風には見えなかったし、あの人が一体何を怖がるのか見当もつかない。

 それに、そういうルシアンの表情がどうにも、親しい人を語るときの顔に見えて、やっぱりそうなんだ、と納得する。

 そうやって血を吸われるなんて怖い事をされてるから、逆にリヒトお兄さんがどんな人なのかわかったのかも。

「そ、そうやって、お兄さんのこと信頼してるみたいな顔できるのって、血をあげてるからですか?」
「それもあることにはあるが、普段から一貫してリヒトの行動は筋が通っている、そういう所から、考えているつもりだが……」
「で、でもそれもあるんですよね。ぼぼ、ボクッもお兄さんに吸血されたらお兄さんが怖くなくなりますか……?」

 そうは言ったが自分が求めているのはきっと、それ以上の情緒的な安心できる何かだということは分かっていて、それが手に入るのなら、痛いのだって怖いのだって、辛くはないのだと思ってしまう。

 しかし、そんなのが簡単に他人に与えられるものではないという事も知っていて、そのことを同性の、しかもこんなきちんと男らしい人に、話を出来るはずもなかった。

「……リシャールから、純血の吸血鬼の力を聞いていないのか?」
「魅了の力と鬼族の特有魔法の事ですか?」
「聞いているんなら、やめておいた方がいい理由はわかるだろう、なによりリヒトがそれを受け入れるとは思えない」
「わ、分かりません! ぼ、僕はダメで、ルシアンならいい理由って何ですか?!」
「それは、明確には言いづらいし、やはりリヒトが君に話したら怒るかもしれないしだな」
「そ、そーやって、はぐらかして……怒られるって何ですか! 僕、子供じゃありませんし! 子ども扱いして何にも教えてくれないつもりですかっ!!」

 なぜか、秘密にされて、意味が分からずに声を荒げてしまう。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...