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使命 2
しおりを挟む「最後に、水の魔術だな。水の魔術は自分の属性で少し恥ずかしいが、雰囲気や人の情緒を大切にすると言われている。他人に同調し癒すことが得意なんだそうだ」
最後の魔術について言われて、自然とそちらに思考が移る。確かに、ルシアンは一緒にいて安心するし、気持ちをわかってくれそうだと思わせる部分があるような気がする。
「他にもそれぞれの魔術にどんな人間がギフトとして与えられるのかという俗説がある。それを考えて人を観察してみると意外と面白いものだ。近々、浄化の泉へと出発する準備が整う。君も自分にどんな魔術が宿るのか楽しみにしているといい」
大きな手が伸びてきて僕の頭をくしゃっと撫でた。その手は大きくて、しかし、少し震えている。元気のない僕の為に魔法を使ってくれたからかもしれない、ただでさえ……。
……ただでさえ、リヒトお兄さんに食べられて、辛そうなのに。
多分、一週間に一度ほど、ルシアンはリヒトお兄さんに血を吸われている。
最初は、吸血鬼というものに夢を見ていた。だってアニメや漫画でファンシーに描かれているし、確かに怖いキャラなこともあるけれど、大体は仲間になって年の功で様々なアドバイスをしてくれる面白いキャラなのだ。
しかし、こっちの世界の吸血鬼は違う。リシャールから聞いたけど、日本の人食い鬼と西洋の吸血鬼を足して二で割って魔法をプラスアルファしたような生体をしている。
血を吸うだけではなく、人間を食べるし、今でも純血は無意味な殺しはしないけど食べる用になら普通に人も殺すし食べちゃうらしいのだ。
そして、魔力のある人を食べると魔力も強くなるし、人間を何人も食べる吸血鬼もいる。
それをリヒトお兄さんがルシアンだけ食べて持たせてるのは、ルシアンの魔力が豊富なことと、水の魔術が使えるからなんだそうだ。血を奪われても魔力で回復して死なないようにしているらしい。
……でもそれって、すごく痛いですよね。それに辛いと思うし、なにより、リヒトお兄さんってルシアンの事をときどき突き放します。そんな態度取られて、あんな魔法使える相手に、がぶがぶされるとか……こわすぎますよ。
けれどまったく、ルシアンは苦しそうではない。目の前にいる彼は青白い顔をしているけれども、リヒトお兄さんの事を怖がっている素振りは見せたことがない。
……やっぱり鍛えているからなんですかね、武術で鍛えられるのは体ではなくココロ的なあれですか?
「そんなにじっと見られても、何も出ないぞ」
「! ア、アイエ、ちち、違くて、づ、です」
考えながらルシアンを見ていたせいで、彼は僕を揶揄うように言った。足の間に置いていたムーンハープを落としそうになってしまって慌てて押さえる。
それから、弾く気が無くなったのでテーブルの上において、改めてイスをテーブルに向けて彼と話をする体勢になった。
しかし、まったく怖がってなさそうで問題ないような顔をしているのに、僕がリヒトお兄さんの悪口みたいなことを言うのは気が引けてしまって視線を彷徨わせる。
すると、ルシアンの方が先に口を開く。
「ナオ、今リヒトのこと考えてるのか?」
「っ、……」
見透かされたみたいに聞かれて、固まってしまうけれども一応は頷く、するとルシアンは少し難しい顔をして言った。
「自分がナオに何かを言えるような立場じゃない事は自覚してる、君たちは同郷だし同じ目的を持っている。それに自分は君ほどリヒトに信用されていないしな」
「……」
「けれどすこしすれ違っているようだから言わせてもらうと、リヒトは君の事をこの世界でなによりも一番に考えていると思う、安心していい、きっと……ナオを見捨てることは無い」
そう言い切って、僕を見た。しかし、僕にはその言葉の真偽を確認するためのすべが無くて、それが本当なのだとしても、本当だってリヒトお兄さんに言ってほしいし、そうでなければ安心できない。
「……そ、そうじゃない、です。僕、は、ココ怖くないのかなって思うんです。見捨てるとか見捨てないとか、そそそんなのの前に、だって、あんなっ、ちから、あんなのも、急に痛いのも、こ怖いのも嫌なんです。なんで、こんな物騒なんですかっ」
「……ナオ」
「ルシアンは、怖くないですか。アヤ、僕とは価値観違うてわかってますけど、ソノ、お兄さん、怖くないですかっ」
思い切って聞いてみるとルシアンは、少し難しい顔をしてそれから、僕の質問に真剣に答える。
「怖くはないな、今は、だが」
「……ぎゃ、逆です。僕とは……僕は、ちょっと前まで全然怖くなかったけど、今は、何でもできるって知って、でもお、お兄さん何考えてるかわからなくて、怖いんです」
何故か、僕らのリヒトお兄さんに対する感想が逆転してしまっていて、何故なのか、ルシアンと僕の違いについて考える。
僕たちは同じ人間で、何かあった時には、僕の方が魔法が使えないという欠点はあるけど、同じように逆らえないということは一緒だ。
違いといえば、出身と、それからお兄さんといる時間だと思う。ルシアンは何より、ずっとお兄さんと一緒にいるからどんな人なのかより深く理解しているのかもしれない。
それに……さっきは、嫌なことみたいに思ったけれど、もしかすると血を吸われているから、お兄さんと信頼関係があるみたいな。
「……あの人は意外と単純だ。それに、きっと怖がっているのはナオと同じだと俺は思う。だから無理しなくていいと思うし、そんな人を自分は怖がったりしないさ」
ルシアンは、自分の首筋……というか吸血痕を思いだすように、触って、あまり共感できない事を言った。僕からするとリヒトお兄さんはそんな風には見えなかったし、あの人が一体何を怖がるのか見当もつかない。
それに、そういうルシアンの表情がどうにも、親しい人を語るときの顔に見えて、やっぱりそうなんだ、と納得する。
そうやって血を吸われるなんて怖い事をされてるから、逆にリヒトお兄さんがどんな人なのかわかったのかも。
「そ、そうやって、お兄さんのこと信頼してるみたいな顔できるのって、血をあげてるからですか?」
「それもあることにはあるが、普段から一貫してリヒトの行動は筋が通っている、そういう所から、考えているつもりだが……」
「で、でもそれもあるんですよね。ぼぼ、ボクッもお兄さんに吸血されたらお兄さんが怖くなくなりますか……?」
そうは言ったが自分が求めているのはきっと、それ以上の情緒的な安心できる何かだということは分かっていて、それが手に入るのなら、痛いのだって怖いのだって、辛くはないのだと思ってしまう。
しかし、そんなのが簡単に他人に与えられるものではないという事も知っていて、そのことを同性の、しかもこんなきちんと男らしい人に、話を出来るはずもなかった。
「……リシャールから、純血の吸血鬼の力を聞いていないのか?」
「魅了の力と鬼族の特有魔法の事ですか?」
「聞いているんなら、やめておいた方がいい理由はわかるだろう、なによりリヒトがそれを受け入れるとは思えない」
「わ、分かりません! ぼ、僕はダメで、ルシアンならいい理由って何ですか?!」
「それは、明確には言いづらいし、やはりリヒトが君に話したら怒るかもしれないしだな」
「そ、そーやって、はぐらかして……怒られるって何ですか! 僕、子供じゃありませんし! 子ども扱いして何にも教えてくれないつもりですかっ!!」
なぜか、秘密にされて、意味が分からずに声を荒げてしまう。
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