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襲撃 4
しおりを挟むしばらくすると、誰の声も音も消えて、段々と呼吸が弱くなっていくリシャールを僕は、なんとも言い表せない、色々な気持ちが混ざった気分のまま、たまに泣きながら見ていた。
すると、足音が一つだけ近づいてきて、しかし顔を上げずに居たら僕のいるベットの前で止まって「ナオ」と僕の名前を呼んだ。その声はリヒトお兄さんの高い声ではなく、硬い大人の人の声で僕の肩にポンと触れる。
「すまない、ナオ。まだやらなければならない事がある、傷口だけは塞ぐがそのあとはリシャールに頼ってくれ」
触れられたルシアンの手は小刻みに震えていて、見上げるととても苦しそうというか傷ついている顔をしていた。
その表情は、僕とリシャールがこんな風にされて、それに対しての感情だということが理解できた。
言葉と同時に、彼がたまに見せてくれる水の魔法がリシャールの傷口を包む。沢山流れ出た血は、どういうメカニズムなのかリシャールの体の中に戻っていって、切り裂かれた部分に新しい柔らかそうな肌ができる。
「起きろ、リシャール、今回の件は君も自業自得だ。ナオを何とかしてやれ」
少し息苦しいような声でルシアンはそういって、息を吹き返すようにリシャールが目を開けて、僕の上からどいてふらふらしつつも立ち上がる。
すこし視線を動かすと、僕には近づかずに離れたところにいるリヒトお兄さんと目が合った。
お兄さんは、魔法が使えて、魔力も豊富ですごいという話を昼に聞いたけれど、持っている魔法が風だけで、ルシアンのように回復に使える魔法はない。
だから、今日休養が必要だったルシアンがリシャールを治してくれるのも分かるし、こんなに早く治せるのならもっと早く助けてほしかったとも思う。
でも、それはきっと大変なのだろうとも思う。だってあんな風にぽんぽん人を殺せる魔法を使ったりする人のそばにいたら体が何個あっても足りなくて、自分を治すのにだってその力が必要だと思うから。
……だから、ルシアンは悪くないんですよ、たぶん。でもリヒトお兄さんはなんでそんな遠くから僕らの事見てるんですか。
まだ今なら、魔法が使えなくても手当の方法を教えてくれるとか、親身になって何があったのかを聞こうとするとか、そういう所を見せてくれれば、まだ、間に合う。
何にとは明確には、分からなかったけれど、まだ、人として見られるとかそんな感じだった。
「っ、最悪、ホント最悪だよ」
「誰のせいだ。君は人を守って戦うのに向いていない。それは理解してただろ、ナオにこんな怖い思いさせて」
「わかってるよ」
「本当はここに居てやりたいが、あの鬼族とリヒトは二人きりにできない、すまない、ナオ」
起き上がったリシャールはあんなことがあった後でも割と平気そうにそんなことを言って、それでも少し辛そうだった。ルシアンは申し訳なさそうに、僕を見て、それから僕の視線の先を見た。
「……リヒト、こっちへ来たらどうだ。水のツールを貸せば君でも少しは癒し使える」
それから、僕の気持ちを汲み取ったようにそう言って、少し優し気な笑みを浮かべた。
彼はきっと僕の側の気持ちが理解できるのだろうと思う。恐れるだけの何も持たない側の人間の気持ちをわかっている。
でも、リヒトお兄さんだって人間だったはずで、それは当たり前で、犯罪を犯したりするような人だったのでなければ、誰だって急に襲われたら怖かったことを理解できるはずだ。
しかし、リヒトお兄さんは、僕と目を合わせたまま、ルシアンの言葉に返事をする。
「やめておこうかな。アレとまだ話があるしな」
「リヒト、それでも来てくれ……どうかしたのか?」
少し焦ったようなルシアンの声にもリヒトお兄さんは平然と答える。それにこちらへは来てくれないようで、僕はリヒトお兄さんをじっと見た。
その行動の意味はいろいろあった、お兄さんの真意を測ろうとしているというのもあったし、警戒の意味もあったし、それと少しの懇願の意味もあった。
心配したとか、焦ったとか、こんな事をしたあいつが許せないとか、そういう事を言ってほしいと、願ってリヒトお兄さんを見ていた。
しかし、その視線はそらされて、彼は踵を返す。
「それより、ルシアンはここにいたらどうかな。アレは俺に用があったんだから、俺が話をしてくるしな」
言いながら歩きだして、僕の懇願は届かない。どこまでも冷静で、冷淡で無感情に思えてしまうのは、彼が僕とは違う捕食者だと認めてしまったからだろうか。
リヒトお兄さんの言葉に焦って、ルシアンは彼の後ろをついていく。
……何考えてるか、分かんないです、ってそれは、流石に。ていうかリヒトお兄さんに用があったんですよね、僕、関係なかったじゃないですか。なんで……。
それでも、彼のせいではなくて、乱暴をふるう人が一番悪いってわかってても、その要因になってる人がいて、一言でもこっちを気遣ってほしいとか、慰めてほしいとか、形だけでも謝ってほしいとか。
別に、そのことについてだけじゃなくても、今だけは彼に話をしてくるから後でまた来るとか、そういう事でもいい。
これは全部受け身な発想で、それは確かに僕の肝の小ささのせいもある、でも怖いんだから仕方ないとどうしても思ってしまう。
喉が引きつって、引き留める言葉も出てこないし、気に障ることをしたら、さっきみたいな怖い事をされるんじゃないかって思ってしまう。
……だから、せめてお兄さんから、なんか言ってくださいよ。
……。
……いま、そんな態度取られると、僕、流石に、お兄さんが怖いですって。
「ナオくんちょっと待っててね、すぐ傷治してあげるから、ごめんね。本当に……守れなくて」
リシャールが僕の肩を掴んで抱き寄せる。でもそれは、今、お兄さんにしてほしい事で、かけてほし言葉で、でも一度も振り返らずに、お兄さんは僕の部屋から出ていく。
……強引にでも、同じ仲間だから!大切にする!って言ってくれるだけで、怖がっててもそういうアピールしてくれれば僕、騙されますよ、簡単に。
僕は仲間だから絶対に傷つけないって言ってくれてもいいんですよ。
去っていく、彼の背中に、その小さな捕食者の背に願いを込めるのに、まったく反応は帰ってこない。
そして無慈悲にも扉はしまった。それからお兄さんは次の日に僕が部屋に行くまで、僕に会いに来ることは無かった。
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