64 / 156
強者が求めるもの 10
しおりを挟むこれを口に出したら、ルシアンが、俺たちに協力してくれない場合、彼を切り捨てても、切り捨てられなくても俺は痛手を負う。それが確定してしまう。
それをわざわざ言うのは自分らしくは無くて、彼にはなんとなく、道を選ぶことなく、俺に血を分けてくれ続ければいいと思うのに、今までの自分では味気なくて、つまらない人間のままだと思うと思わず口にしていた。
「選択権を握っているのはなんにせよ君で、俺は、君がその役目を下りない限りは、渇き続ける人生を送るか、君らの嘘で何かしらの被害を被ることが確定してる」
……だから、君の選択肢を奪えないし、俺は君を信用できない。してしまっては、ルシアンを切り捨てる選択ができなくなってナオにまでその嘘の不利益をかぶせることになるからだ。
「だから、君は俺に嫌味をこれからも言っていいし……役目を果たせばいいさ。弱者には何もないなんてことは無い、俺の人生を握ってるんだから」
言い切って、呆然とするルシアンに、近づいてまた首筋をなめる。滲んだ血液の味がしてごくっと喉を鳴らした。
「…………俺だけに、選択の権利は、ない」
「? どういう意味かな」
今までの言葉を理解はしていたらしいが、答えがそんな風に返ってきて、しかしその意味は俺にはわからない。けれども、分かるように言うつもりはないらしく、彼はつづけた。
「自分は、ただ……っ、許してくれ、リヒト」
そう思い詰めたように言った。きっと許せるような事態にはならない事を彼は知っているのだろう。しかし、それを教えてもくれないし、今それを聞く気もない。
ただ、真面目な男だというのは知っている。きっと思い悩んでくれるだろう。
そう、狙ったわけでもなかったが、結果的に彼の罪悪感を煽れたようで、ラッキーだったと思えてしまうのも、これまた俺が人間らしくない部分だと思う。
「……選択を君ができるんだから謝るなよ。それはずるくないかな」
「っ、そう、だな。そうだ、分かっている」
さらに言えば彼は、頭を抱えて深く考え込んだ。そんな彼を無視して布団の中に入り、それから同じように横になるようにルシアンに目で訴えた。
「……今更、聞くのもなんだが、なにがしたいんだ、君は」
「最近夜は冷えるだろうからな、一緒に寝よう。監視対象が傍で寝てれば気を張らずにすむだろうしな」
そういうと、彼は、これまたつらそうな顔をして、しかし自分の体が限界であることは理解できているらしく、大人しく横になった。
至近距離で枕を並べて男が二人、多少むさくるしくはあるが、療養のためだ。我慢しよう。
目をつむって眠る体勢を取る。それから頭の中で考えた。
……しかしきっとどうせ、今の言葉だって、何の意味もなかったんだろうな。
人間はそう簡単に今まで生きていた教示を変えられない。俺が自分から誰かを本心から信頼できないように、ルシアンだってこんな化け物の為に立場を捨てるはずがないだろう。
……全部ルシアンの選択にかかっているというのならば、俺は、彼を全面的に信用している素振りでなければならない、それでも俺は彼を切り捨てられるように今だって、心理的に距離を置こうとしているし、そうであるべきだと思っている。
それに、他人に選択権を預けて生きられるのならもっと前から俺は、元の世界で一般的な幸せを手に入れられただろう。
結局は、運命の出会いなんてのも、すべてをさらけ出せる人なんて言うのも幻想で、最後は同じ道に戻る。そして、それは俺が望んでいるからだ。他人にすべてをゆだねた場合の不利益はこの世で最も回避するべき事項だ。
今の話だって全部くだらない、茶番劇だった。俺はそう思う。
そんなことより、サラからの手紙の方が重要だ。あれに書かれていたのは、ナオが教えてくれたルーン文字とその意味だった、しかしそれを読んだだけでは、彼女が何を俺に伝えたかったのかはわからない。
……祭壇のレリーフに彫られていたと言っていたし、明日確認してみよう。
そう考えて本格的に眠った。後ろでルシアンがどんな表情をしていたのかも知らずに、いつも通り、明日の予定なんかを考えながら。
3
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる