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強者が求めるもの 9
しおりを挟む「…………」
「あのオオカミめ、上手く君に取り入って、結局物事をかき回したいだけなのだろう、こちらの気も知らないで」
しかし、答えない俺に、たまっていたうっぷんを漏らすようにルシアンは地を這うような声で言った。リシャールに対する怒りは相当なもののようでその手に力が入って、ぐっと拳を握っていた。
「……」
そんな彼は、彼自身の言っていた持つもの以外の役目を果たすことが出来ないらしいし、自分には弱者の立場の役目を果たすことは出来ないと言っていた彼らしく、男らしいというか……なんというか。
けれども、傷跡をペロッと舐めると、黙って息を吐いて力を抜いた。今、思い切り噛んで、血を啜りながら、ルシアンが面倒なことを言うからこうなってるとか、俺に指図するなんて何様だとか、テンプレートなことを言ったらどうなるだろうか。
「っ、」
小さな息づかいが聞こえて、その怯えたような伺うような吐息が心地いい。弱者の生き方ができないから、強者として役目を果たすといったが……彼は別に、どちら側にも属することが出来そうだと思う。
それが、いいことかどうかは俺にはわからないけどな。
……ああでも、惜しいな。それでも、こんな風に俺に従ったとしても、ルシアンは俺にこの世界の嘘については俺に話をしないだろうし、役割を果たすというスタンスを貫くんだろうな。
だけど、だからこそ、彼が俺を許して血を与えてくれることに俺は満たされるし、ルシアンには選択権がある。そんなものは奪ってしまいたいけれども、それをしてしまったらルシアンから与えられるものに意味はなくなってしまう。
それに、このジレンマを放棄して、なんでもいいからすべてを欲するのは彼の持ち合わせている選択肢を取り上げて、彼の人間性を奪うのと同意義だ。
昨日話していた、弱者を尊重するということが難しい理由はここにある。俺だって、その尊厳があることによる恩恵と、あることによる上手く事を勧められない感覚、これのバランスが壊れると何をするかわからない。
「ルシアン」
なんとなく名前を呼んでみる。そういえば昨日の彼が俺にした質問の答えをまだ出せていなかった。
「な、んだ」
「君は、俺に全部明け渡した女の嫉妬みたいな事をさっき言ったよな」
「……そうだな、女々しい事を言った」
「それを聞いたとき、思ったんだけどな。君は俺に全部を明け渡してないだろうって、でもそれは普通に人として尊重するなら当たりまえの事で、君にはそのくらいの嫌味を俺にいう権利はあるとおもうかな」
ルシアンの胸元に手をついて起き上がって彼を見た。
「そうか、助かる。それで、血は吸わないのか?」
「吸わないよ。腹減ってないし、なによりそんなことして君が死んだら困る」
言いながら体をひねって背後にあるコーヒーを手に取って少し冷めているそれをごくっと飲んだ。
「それにな、昨日君が俺に聞いたよな。俺が、君に許可を求める理由」
「?……ああ」
ルシアンは俺を膝の上に乗せて少しけだるそうな表情のままで答える。しかし、その話題に覚えがあったのか瞳は真剣だった。
「それは同じ人間扱いしてる、人間からの献身が欲しいからかな。君ももらう側だったと思うからわかるだろうけど、献身って美味しいんだ」
「……お、おう?」
「何をしていても味気ない人生で、唯一豊かな味わいがするんだよ。献身でもいいし、愛情でもしいし、思いやりでもいいし、とにかくそういう美味しいものが俺の人生を満たしてくれるから食べたいんだよ」
自分でも何を言っているのかあまりよくわからなかったが、その通りなのだ。
欲しくて堪らなかったのに、その深層心理にすら気が付かなかったもの、化け物みたいな人間に擬態してただけの自分が、食らって腹を満たしたかったのはそれだった。
しかし、ルシアンンはピンと来ていないようで、腑に落ちない顔でこちらを見ている。
なので、彼の質問にかえすように同じような言葉を使って返す。
「まあ、つまりは、俺みたいな人間じゃない代わりに持つ者……つまりは強者になった人間が欲しいものは、実は君らみたいな弱くて人間らしい人間しか持っていないものだから、奪って人間扱いしなくなったら手に入らないって……ことかな」
「……」
「それに、さっき言ったものは、弱者が与えてくれる選択をしないと満たされない。だから、君に聞くんだよ」
それに、自分一人だと味気ない人生にも、こうして、酷い味のコーヒーも登場するし、渇きを満たしてくれる血も出てくる。
それはとても、素晴らしい事で、そしてその相手がいない事には成立しない事だ。
「昨日の答えになったかな」
コーヒーを飲み干して、ルシアンの上から降りる。
それからその手を引いた。向かう先はベットだ。
「俺みたいな人間もどきは、弱くて人らしい弱者(君ら)から与えられるものが欲しくてたまらない。他の鬼族がどうかなんて知らないけれど、この世界にもいる人間に擬態している人間もどきも、同じように君らが与えてくれないと満たされない気持ちを持ってると思うな、俺は」
「……そうなのか?」
「ああ、でも自覚するのが難しい。他人から奪うことは知ってても、欲しいなんて願って蹴落とされたらたまったものじゃないから、そのやり方を忘れたんだよ」
ベットの淵に座って靴を脱ぐ。それからベットに上がって、ルシアンの手を引いた。
「それに、弱者も人間扱いすると、思うようにいかない事がある。君らも人間で、俺らみたいになりたいのかもしれないし、俺らをもっといいように扱いたいかもしれない、だから、間違ってバランスを崩して君たちから与えられていた献身を失ってさらに不安定になって、滅茶苦茶になる」
「……?」
彼は不可解だというような表情をしながら、俺と同じようにベットに上がった。
「それはちょうど、ルシアンに譲れない役目があるのと、俺が自分の保身を考えているのと同じような対立関係で、ルシアンの人間性なんて無視してしまいたいけど、そうはいかない、俺は君からもらうものを手放すのは惜しい」
胡坐を組んで、話続けていたら案外まじめな話になったし、色々飛躍しているような気がしたがそれでも、何か的を得ているような感覚があって話し続けた。
「ただ、ナオみたいな子供もいる、守らければならないし、俺も元の世界に戻りたい、それでもルシアンの献身の味を知ってしまったから、非道は出来ない。つまりは……ああ、そうかな」
言おうとして納得した。状況を整理しようとして、あらぬ事実が発覚してしまう。
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