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強者が求めるもの 8

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 ナオが眠りにつくまで側にいて、それから自室に戻ると、俺が帰ってきた音に気が付いたのか、ルシアンが出てきたたが、いつものかっちりとした格好はしておらず、髪もセットしてない状態で腰に大剣だけをぶら下げていた。

「……戻ったよ」
「ああ、お帰り」

 俺がそういうと彼もそう返してくるが機嫌が悪いことは明らかで、昼間のあれが彼の機嫌を悪くしてることは理解していた。
 
 確かに、心配してやってきたルシアンにあの態度はあまりよくなかったとは思うけれども、俺自身だって不意にナオを傷つけてしまわないとも限らない。

 リシャールもそれを危惧していたようだったし、今回の話は都合がよかった。

 しかし、ルシアンが俺にとって信用ならない人物であるという事を差し引いたって、彼をのけ者にするのは良くない。

 今だって朝からしたら、多少は、顔色も良くなっているが、いつものどついてもまったく揺るがなさそうな強さがなく、彼は弱っているようにみえた。

 それに最近は夜は冷える。俺に付き合って、あの窓のない執務室でこれから仕事をするなんてことには耐えられないだろう。

「……コーヒーが飲みたいんだけど」
「分かった、そこに座っててくれ」

 俺がそういえば、ルシアンは文句も言わずに、食器棚の方へと行っていつもよりも緩慢な動きで豆を挽いて、お湯を沸かす。何度か淹れて貰っているのですでに手順は覚えたのか、コーヒーの淹れ方が書いてあるメモ書きはもう持っていない。

 無言で手順をこなす彼に俺は何気なく話しかけた。

「昼にリシャールが言っていたことって本当かな?」
「……どれの事だ」

 そっけないような返答が返ってくるが気にせずに、答える。

「戦闘訓練が禁止とかいう話だよ」
「……言ったとおりだ。基本の型を教える程度なら問題がないが、対人や魔法を含めた戦闘訓練を召喚者に施すことは禁止されている。リシャールはそれに納得がいってないようだったが」
「へえ」

 確かに、ルシアンは契約魔法以外の使い方を教えてくれないとは思っていたがそんな規則があるとは思ってなかった。

「しかし、いいのか。俺は、あの場にいなかった事に君たちがしたんだろ。もちろんそんな問答だってなかったはずだ」

 そして、彼はそう付け加えた。少し責める様なニュアンスを含んでいて、それとこれとは話が別だとか、そういう融通が利かないところが君の悪いところだとか、彼をなじる言葉がいくつか思い浮かんだがそれは言わずにスルーする。

「あと一つ気になっていたんだけど、ルシアンの血を吸うから俺の魔法はあんな感じなのかな」

 無視して自分の話をするとルシアンは少し黙ってそれから、口を開く。

「……人間は気場へと行き、魔力を貯められる器を作って生活圏へと帰り魔術を使うことが出来る。気場へは半年に一回ほど行けば、自分の最大の魔力を維持できるが魔法を使う人間以外は、大体一年に一回程度だ。自分は半年に一回必ず通っている、それが自分が魔力が多い理由としての一つの要因だ」
「マメなんだな」
「もう一つが、その魔力を作る器の大きさや、自身の魔力の精製能力の違いだ。自分はどちらも貴族と遜色ない程度で、それなりに戦える方だ。しかし、普通はそういった人間が鬼族の連れ合いになることはめったにない」

 彼自身が高スペックだからこそそれを食べている俺が、ああなってしまうらしい。納得は出来るが先程の会話でも登場した意味の分からない言葉がある。

「その連れ合いっていうのはなんなのかな」
「鬼族にとって食べ物以外の扱いをする人間の事だ」
「ああ、人間扱いするってやつかな」
「そうだ」

 そのことも昼間にリシャールが言っていた。しかし面白い表現だと思う。命を分ける様な事をして、人間同士だったら基本的に愛し合う間柄の人間しかしない行動を取るのに、恋人でもなくパートナーでもなく、連れ合いというのは不思議な感覚だ。

「基本的に、鬼族は人間を人間扱いはしない。しかし彼らは魔力の多い者を喰らえば強くなれる。そして、生かして定期的に捕食したいのであれば吸血行為の後の処理は必要不可欠になる」
「うん?」
「そして彼らはプライドが高い、女吸血鬼だろうが男吸血鬼だろうが人間の性処理に抱かれることは我慢ならない。つまり必然的に人間の貴族女性が一番、吸血鬼に狙われやすい。しかし人間側も、魔力の多い子供を産める女性を殺されてはたまらない。それに盟友の誓いに差し障る。わざわざ貴族女性に手を出すのは食肉のための殺しではないので問題になる」

 いつも通りの短すぎる蒸らし時間の少し豆の溢れたコーヒーが完成してルシアンは俺の元にそれを持ってくる。

「そういった理由で鬼族は継続的に魔力の多い人間を喰らうことが出来ない。そして、連れ合いにしてもらえるのはいつも平民の中でも魔力が豊富な女性である場合が多いが、その女性も不慮の妊娠や、失血死で数年もたたずにこの世を去ることが多いな」
「ありがとう」

 受け取ってお礼をいい、いつも通りに立っていようとするルシアンを見上げて目を合わせてから自分の隣へと視線を移す。すると俺の言いたいことは理解できたようで隣に腰かけた。

「場合によっては眷属を作るなんてこともあるが、彼らは血が濁るからとそれを忌避している」
「なるほどな、参考になったよ」

 長い説明だったが、つまりは、鬼族という種族の中でも俺は魔力が豊富になっている存在だって話だろう。

 しかし手段を選ばずに、男の性欲処理なんて、放っておいて家畜のように血だけ吸えばいいのにと思ったが、昨日の彼の状態を思い出してあれを放置されたらまあ長生きはしないだろうと思うのでわざわざ口には出さない。

 コーヒーに口をつけて、こくりと飲みこむと相変わらずのえぐ味となのぞの酸味に舌がしびれる。

「……じゃあ、ルシアンはけっこう貴重な存在なんだな」

 適当に関連付けてそういうと彼は、首をかしげて眉間にしわを寄せる。

「話を聞いていたか? リヒトみたいに元人間の吸血鬼がいるのが特殊なんだ、自分は普通の人間だ」
「いや、俺にとって君は貴重で稀有な存在だと思ってる」

 俺がそういうと、彼は不服そうに俺を見下ろした。

 俺はそれをこの話をどう着地させようか考えながら、彼の方へと身を乗り出した。

「そういうわりに、君は俺よりもリシャールの方を信用しているんだろう」
「……」

 本能に身を任せて適当に動いて、彼の腿の上に乗った。しかしルシアンの言葉に俺は、少し驚いてパチパチと瞬きをした。それから思ったことをそのまま口に出す。

「……面倒くさい女みたいなことを言うじゃないか」

 信用と言っても種類は様々だろう、それに、そもそもルシアンがすべてを俺に教えてまったく疑う余地などなくしてくれれば、俺だってルシアンを突き放したりしない。

 それをせずに、自身の全部を俺に差し出しているわけでもないのに、そんなことを言うのはお門違いだと思う。そういう嫉妬は、俺しか縋る相手のいない不倫相手なんかが言うセリフだ。

「悪いか。…………その嫌味を言う自由すら俺に許さないと君が言うなら、もう言いはしないがな」

 しかし、女々しい事を言ったのに彼は、俺の言葉にそう返して、今日も血を吸うと思ったのか昨日と同じ方の首筋を俺に差し出す。

 その肌には痛々しい噛み痕が残っていて、今日だってすでにくたくたで、無理は出来ないはずなのに、抵抗もせずに、嫌味すら言うなと俺が言ったら言わないつもりの彼に変に心臓が高鳴った。





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