異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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強者が求めるもの 6

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 ……絶対に、誰にも言ったりしません、それなのに、なんで隠すんですか?……僕たちは同じ仲間ですよね。

 それは疑いようの無い事実だと思うのに、さっきまでの深刻そうな表情とリヒトお兄さんの声音で、どうにも心に影が差して不安がはびこる。

 それでも、問いただしてみて、大人には大人にしかわからない事情があるなんて言われたり、怒られたりしたらと思うと怖くて聞けない。

「そうだ、何か他に、もっと面白い魔法でも使ってみような。……たしか……」

 そういって切り替えるようにしてわざと明るい声を出して、リヒトお兄さんはふと目をつむった。

 それから僕に不審に思われないためにか、少しだけテンション高めに「風の魔法の適正もあるみたいなんだよ、俺」と言って、それからパチンッと軽く指をぱちんと鳴らした。

 すると、ドッと強い風がほんの一瞬で僕の前を通り過ぎて、ぶわっと髪を攫う。

 瞬間に、ガシャァァととんでもない音が鳴って耳をつんざく。それからバリバリバリイィと何かが裂ける音まで聞こえて、音の方に反射的に視線を移す。

 すると、執務室の大きな窓が枠ごと粉々になって空へと旅立っていくところだった。

 風に巻き込まれたのか、カーテンまで空を舞っている。キラキラとしたガラスの粒が空中を舞って、風に乗ってはるか彼方へと飛ばされていく。

「ひ、ひえ」

 そう声を漏らして、しばらく風に乗っていく窓ガラスたちを、眺めて呆然としていた。

 それから、それをやった張本人の方へと視線を向けると、彼も心底驚いているのか間抜けな顔をしていて、僕と目が合ってから何か言った方がいいと思ったのか、アメリカのアニメみたいにこの惨状を綺麗に二度見した後に口を開く。

「な、面白いよな、はっ、ハハハ」

 確かに面白い魔法を披露するとは言ったけれども、これはまったく面白いとかの次元を超えている。彼の言葉に僕が絶句していると、彼もまずい事をしてしまったと自覚を持ったのか、ばつの悪そうな顔をして再度窓を見た。

「……こんなつもりじゃなかったって言ったら信じてくれるかな」

 と、ぎこちなく言った。それと同時にバタンッと扉をあけ放つ音がして、二人そろってそちらを見る。すると、とても焦ったようなリシャールと休養中のはずのルシアンの姿があって、それぞれが自分の面倒を見ている相手の方へと駆け寄った。

 つまりはリシャールは僕の方へと走り寄ってきて、ぱっぱっと体を左右にしたりして僕に怪我がないかを確認した。

「痛い所は?なにがあったの?怪我はしてない?」
「あ、え、ット、いい、いえ!」

 口早に聞かれて、僕はどもりながらもまったくの無傷だと両手を上げて示す。そうしても体中を確認するように触られて、しばらく僕の顔をじっと見てから、やっとリシャールは僕の言ったことを信じられたのか、安心したとばかりに耳をへにゃりと下に向けた。

「びっくりしたよ」
「は、はい。ぼぼ、僕もです」

 安心させるように笑顔を見せると、ぽんぽんと頭を撫でられて、それから少し難しい表情で僕とリヒトお兄さんの間に入るようにして座ったままのリヒトお兄さんの方へと向き直った。

「…………どういう事?」

 そしてまだ何も言っていないのに、ヒリトお兄さんがやったのだと決めつけて……いや、実際にそうなのだけど、低い声でそういった。

 しかし僕はまったく無傷で何の被害も受けていないし、少し驚いたけれども、窓が大破しただけだ。それなのにそんな風に怒らなくてもいいと思う。

 リシャールを止めようと思うけれども、リヒトお兄さんを庇うようにしてルシアンもリシャールとの間に入って、血の気の引いた体調の悪そうな顔のままリシャールと向き合う。

「不可抗力だ、魔術の制御が出来ないのなんてよくある話だと思うが」

 ルシアンの方もリヒトお兄さんから話を聞いたようで、咄嗟にすぐにそうかばった。

「邪魔だよルシアン。俺はリヒトに聞いてるの、一歩間違えたらどうなってたか分からないよね」
「そういう事もまだ理解できていなかったし、リヒトは普通と違う。そうだろ、ナオ、悪かったな」

 いつもよりも眉間の皺が濃くて怖い顔のルシアンにそういわれて、ついでに、その首筋には青黒くなっている二つの吸血痕だと思われるものが見えていて、先程考えていたことを思い浮かべた。

 ……は、はわわ。

「かってにナオくんに話しかけないでよ」
「何故だ、とりあえずここは穏便に済ませて、窓の修復の予定でも立てた方が手っ取り早い」
「まってよ。そんな簡単に済ませていいわけないよ。それにこんなの言いたくないけどリヒトって怖いよ」
「……それは君の主観だろ」
「そうだよ。でも事実だ、それに普通はそういう事故がないように俺たちが付いているのに、ルシアンはヒリトに血を分けてダウンしてるじゃない、そんなことが続いてもし何か起こったら?君の忠義建てしてるアウローラの王族に申し訳が立つの?」
「それとこれとは話が別だ。黙れ、リシャール」

 二人はどんどんとヒートアップしていって、なんだか険悪な雰囲気になって来る。ルシアンは休養の途中だったからか頭が痛いような仕草をしながら、リシャールを睨みつける。

 リシャールもこんなに怒っているところなんて初めて見るぐらいには怒っていた。

 しかし、僕にはその後ろにいるリヒトお兄さんのことがどうにも気になってしまって、リシャールの後ろからのぞき込んでお兄さんを見た。

「黙れってよく言えるよ。役目役目っていうのに、その役目もきちんと果たせそうにないのを俺が指摘してるだけなのに逆上してさ」
「……確かにそうかもしれないが、君だって彼らのそばをはなれて居ただろ」
「リヒトに一人行動させるようなことになった君よりよっぽどましでしょ」
「っ」

 今にも一触即発のように見えて、大人の怒鳴りあいはとても怖かったけれど、二人の隙間から見たリヒトお兄さんは、なんだかとても落ち込んだように窓の外を見ていた。

 実際にはそれほどに表情も変わっていないように見えたけれども、それでも、びっくりしてるのも、僕と同じなのかもしれないなんて思えた。

 ……それに、他人に危険だなんて猛獣みたいに言われたら誰だって悲しいですよ。

 そう思ってしまうと、どうしてもそのまま成り行きを見守ることは出来なくて、でもいい言葉か思い浮かばなくてグイっとリシャールの背中を押して通路を開ける。

「っ、ナオくん?」

 僕の行動に、リシャールは振り向いて、その顔はなんだか怯えたような顔をしていて、彼もやっぱりびっくりしただけなのだと思う。

 それからリシャールをすり抜けて、ルシアンも同じようにして押してのけて座ったままのリヒトお兄さんの前までくる。





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