異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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許可の意味 4

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 ルシアンのその手は火傷してしまいそうなほど暖かい。しかしそんなわけもなく自分は今、人の体をなしていないほど冷たいのだろうということがわかる。

 ……そもそもなにかを渇望しているとすら思っていなかった、ああいや、ない事には気が付いていたんだ、人間らしいものが彼らに巡っている暖かな血が自分にはないものだということは理解していた。

 そして、それを、俺は奪って血肉にして代謝してまた欲する。それはとても化け物らしくて普通の人間が持っているものを奪うのは俺の本性だろうか。

 それはひどく自分らしくて悲しくなる。でもその説明はしっくり来て、そうだと思うのに冷たい気持ちになる。しかし、目を背けることは出来ない、目の前にある欲求を無視することが出来ない状況なのは確かだ。

 ……欲しかった。でも、それは自分も宿したいという意味だったのではないんだろう。ただ俺にないものが欲しいと願っていただけで、普通に暖かな血の通っている体とその人間らしさが欲しかっただけだ。

「…………」

 だからつまりは俺に必要なのは、本物の血肉ではない。きっとそれではない。体が本能として血を求めるというのは知っている、しかし、体に刻まれた本能とは別に、自分自身が、こうして吸血鬼になった理由の満たされない自分だけの渇きが、あったのだ。

 血肉を喰らったら、むさぼったらきっと温かい食事を食べた時と同じように満足できるのだろう。しかし、それでは、きっときっと渇いているままだ。

 俺、個人のこうなった原因の欲している物は満たされない。用意してある女性を食べても、きっと先延ばしで意味がない。

 ……無理やり、食べるのはレイプと同じだ、そんなものは与えられてもうれしくない。

 そう考えてふと、与えられるという言葉がしっくり来た。望んでほしい、俺はきっとそういう人間だ。その欲しい気持ちが本能とともにある。

「……ルシアン、君、俺に血を吸わせてくれるつもりがあったりするのかな」

 そう考えると、見知らぬ女性なんかよりも、目の前でこの世界の人間からは凶暴に見えるらしい俺を怖がらずに、ここに残るかという選択肢を出した彼以外、俺はもう考えることが出来なかった。

 それにきっと今の俺にはノイズで映し出されるイメージを具現化するだけの力がある。そのことは本能的に理解していた。この力がどういうものなのかそういうことはわからないけど、やればできると思う。

 それをきっと彼もわかっている。今日一日彼が、少し不審だったのも多少怯えてたからだろう。
 
 それでもこうして俺の手をとり、俺の人間性を認めて話をしてくれる彼は、俺にくれる人なのではないか。そうだったらいいなと彼の手を握った。

 ルシアンは俺の問いかけに少し驚いたような反応をして、それからうつむいて手を離した。

「……俺も同じ質問をしようか。……リヒトは何故、聞く。何故、圧倒的な力を持っていても、それをふるっていい対象がいても……俺に聞く」

 手を離したのは拒否の意味ではなく、彼は、ジャケットを脱いで自らのワイシャツのボタンをはずし始めた。そうすると俺の欲しているごちそうの匂いが鼻腔をくすぐって唾液が出てくる。

 ……早く食べたい。……じゃなくて、なんで聞くか? かな……。

 彼の問いかけに、俺は、欲望に若干負けながらも答えようと試みた。

 ルシアンは胸元を大きく開けてそれから、俺の隣に座る。ソファーへ深く沈み込んで、許可がまだ出ていないのに、俺はそのまま彼の腿の上に適当に移動して今すぐに噛みつきたいのを我慢しながら、彼に向き合った。

「たべたい」
「答えになってないが」

 答えを言ってやろうと口を開くと本音が出てきて、ルシアンが真顔で答える。そんな彼を見て首を振って邪念を振り払って考えた。

 ……聞くのは、俺が、欲しいからだよ。それに、殺して食べていいって言われて、俺の中にある常識から考えてやって良くて、いいはずで、上手くそのせいで苦しんでいるような顔をすれば、許される。でもそうだとしても、それはとても自分らしくて味気ない。

 そんなものじゃ満たされない。俺は俺らしくあるのは、簡単だと知っているけど、別にそれが好きではない。だから、与えてほしい。

「……力のあるものには……持つものには、弱者を守る責務がある」
「ん、ん?食べていい?」

 考えつきはするのに自分の答えを言えない俺は、面倒な話を始めようとしたルシアンに、俺は咄嗟にそう聞いた。彼は、自分の手をシャツを大きく開けて露出しているうなじに当てて「少し待て」という。

 そうして、上に乗っているこちらを見上げてくる様はどうにも、魅力的に映ってぐっと唇を引き結んで待つ。

「弱者を守る責務と同時に弱者に、なにをしても許される、社会通念が手に入るだろう?」
「……ん」

 ……それはそうだろう。あ、いや、元の世界には人権という概念があるのだから、バレないように、という枕詞が付くけれど、多くの人間は弱くて社会的な力のない人間には我慢を強いる。そういう風にできている。

「しかし、それはやってはいけない、人それぞれ役割がある。そうだろう?俺はそれを尊重するのはそれほど難しい事ではないと思うんだ」
「そうか?」
「……そうは思わないのか?」
 
 当たり前のようにそういったルシアンに、俺は、何も考えずにただ答えた。権利があって役割があるから当たり前にそれが出来るはずというのは暴論だろう。

 子供と親、妻と夫、上司と部下、それ以外にも沢山置き換えられるこの話、今の俺たちもきっとそうだ。この場では俺が強者でルシアンは弱者、弱者側からこんな話をするということは、その権利を守ってくれと言っているのかもしれない。

 ……であれば、それを否定するのは、得策ではないかな。おなかすいた。

「難しいさ、誰しも。奪えるものは奪いたいし、損得で言えば得をしたいし、強くなったら弱くなるのが怖くなる、つまりはそういうことだね」

 しかし、適当にこの会話を終わらせたくて思ったことを早く言った。考えるのすらタイムロスに思えたのだ。

 その答えに若干、腑に落ちていないようなルシアンが、続ける。

「俺は簡単だったがな」
「それは、君が最初から持ってからだ」
「……そうなのかもしれないな」

 間髪入れずに、先日、持つ者の役目以外を果たせないと言っていた彼の言葉をそのまま持ってきて言い返す。欲さなくても手に入ったのなら、欲望を育てなくても強くなれたのだろう。

 だから、ルシアンは優しいし血が通っているのだ。
 
「それで、君が簡単なそれを、俺もきちんとやれって話かな」

 気持ちを急いで話を勧めた。しかし、その言葉にルシアンはフルフルとゆるく頭を振って項を覆っていた手をどける。

「いいや。……弱者の側に来てみたら、難しいのだろうとは理解ができた。というかそれが必然だとすら思った。それでも、君は何故、俺に聞くのかとただ興味があったんだ」

 そういってルシアンは、向かい合ってる俺の背に手を回す。それから抱き寄せられて、健康的な首筋が俺の前にさらされる。

 まだその答えを俺は言っていないのに、ルシアンは「いいぞ、好きに吸って」とぼそっと呟くように言う。その瞬間に、俺は口を大きく開けて牙をすべらかな肌に埋めた。

「っ、……」

 ルシアンの痛みに震えた吐息が聞こえてきて、それがさらに食欲を掻き立てる。さらにぐっと強く噛むと、筋肉が強張って歯ごたえがいい。ずっとうずいていた牙がやっと収まりどころを見つけたみたいに、何度もがぶがぶと噛んだ。

 俺が強く噛むたびに、ルシアンは俺のシャツを強く握ったりするけれど、押し返されたり、拒絶もされない。それが、最高に心地よくて、深く埋めた牙を少し抜いてだくだくと溢れてくる彼の血液を啜る。




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