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 この世界にきて一週間以上が経った。最初の三日間はとにかく怖くて忙しくて大変だったけれど、この召喚者塔に来てからは、割と落ち着いた生活を送ることが出来ている。

 もちろんリシャールはいつも僕の部屋にいて、僕のお世話をするから実際そんなに落ち着いて居られるってわけでもないけど、それでも僕に物理的な嫌がらせをしたり、僕が嫌だなと思ったことはやらないでいてくれるから常にいられてストレスっていうわけでもない。

 ……それにどっちかっていうと、僕は人がいた方が安心する方なんですよ。

 いや、もちろん自分の家や自分の部屋は別ですよ。一人になってだらだら動画を見たい時だってあります。でも、こう言う知らない場所で一人になるとついつい嫌なこととか苦しい事を考えてしまって駄目なんです。

 だから一人旅とか絶対に無理だし、僕は臆病だと言われようとも基本的には、旅行はサイトを見るだけで充分だし、観光地は人のSNSを見て知った気になるのが常だ。

 遠くに行きたいそんな風に思って言ったって行けないし、いくことが自分と言う人間には全く適していない事は自分が一番よく理解していた。

「……」

 リシャールが用意してくれた、ムーンハープを腿の上にのせて安定させる。名前の通り、これは月の形をしていて、月竪琴ともいうらしい。
 
 琴は知っているが、そもそも楽器に詳しくないので、元の世界にもこの楽器があるのかは分からない、しかしとにかく佇まいからファンシーで可愛らしい。

 ハープの胴の部分が木で三日月に作られていて白い塗装がされている。その三日月の間に弓のように十本程度の弦が張られている。可愛い小さな彫刻の装飾もついていてまるでアニメの世界に出てくる妖精が持っていそうな楽器だった。

 音色は少し軽めの音だけど奏者の技術によって、深みのある音にも変化するとても奥が深い楽器なのだとリシャールから聞いた。

 ……本当は、ギターとかそういうの期待してたんだけど、ハープって流石異世界って感じですよね。

 そう思えばこのチョイスもなんだか悪くないものに思えた。そして僕は、この世界の物語を読んだり、少し運動をしたりする日常の隙間の時間に、窓際にイスを持ってきて適当に音を鳴らしている。

 強くはじくとよく音が伸びて、小さくはじけば歯切れよく音が鳴る。幸い面倒くさい音階の配置はしていなくて、感覚で本当に簡単な童謡なんかは、つたなくても弾くことが出来る。

 しかし、童謡を弾いていてもすぐにレパートリーがつき、僕は早々に、有名アニメのサビのフレーズに挑戦してみた。しかし、音楽素人の耳コピなので酷い再現度になってしまってがっかりする。

 ……コレジャナイ感がすごいです!とほほ……なんちゃって。

 そんな風に口に出さずに一人で漫画調で落ち込んでみたりして、それから、窓の外を眺める。王都なんて言っても深夜になるともうほぼ真っ暗で昼間の景色の方がよっぽど楽しい。

 それに何より、こんな時間でも王都の端の方にある通りは明るくてにぎわっている様子がうかがえる。数日前にお祭りか何かやってるんじゃないかと思ってリシャールに聞いたら、あれは夜のお店が並んでいるところらしい。

 ……ファンタジーでも男の人の欲望は止められないって知っちゃうとちょっとげんなりしますよね。

 そんな風に思う。確かに女の子っていうのは可愛いし、優しいし素敵だとは思うが、僕は、女の子にばかり気に入られようとする男の気持ちはわからない。それに、そんな浮ついたことばっかり言ってられなかったってのもある。

 ……あ、でも遊びがなさすぎるのもどうかと思いますよね。

 思い浮かべているのはリヒトお兄さんの事だった。リヒトお兄さんは、ここに来てから、日がな一日中仕事をしているようになった。なったというより、元からそうだったがきっと正しいのだと思う。

 ……リヒトお兄さんは仕事で忙しいときのお父さんのようなことを僕に言いますしね。

 しかし、別に責めるつもりも無いし、それにああいう人が僕の事を嫌いじゃないのもわかるんです。
 
 例えば僕がいじめを受けたり、犯罪者に襲われたりしたときに、リヒトお兄さんのような人が、きっととっても為になる助言をしてくれて、最善の行動をしてくれる。

 ……それを、そうじゃないんだ!慰めてほしいんだ!なんて言わないですよ僕。ただ、なんか違うとは思うんです。でもそれって、ものすごくおこがましい気持ちで、言ってはいけないわがままで、ここは僕の居場所ではないんです。

 だから、リヒトお兄さんに求めすぎちゃいけないってわかってるのに、急に不安が襲ってきて、その不安から、もうここにきて一週間だって、心の奥底で数えてた日数を頭の中で反芻してしまうんだ。

 そうすると不安というのは消えなくなって、不安になって、求めすぎて。

 ポン、ポーンとムーンハープの音を鳴らす、指の腹ではじいて、猫背になって小さく背を丸めた。

 元の僕の部屋にはなかった格子窓、主張が強い壁紙、ほこりとお花のにおい。

 どれもこれもに違和感があって、家にあった全部と比べてしまう。

 家族と住んでた新築の綺麗な家、部屋が広く見える白い壁紙、母の好きな柔軟剤のにおい。

 その差異に自分がイライラしていることを自覚している。

 ……もう一週間です。でもリヒトお兄さんに、依存しちゃだめだ。それをやっていいのは女の子だけですから。それにリヒトお兄さんってすごく効率もよくて頭もよくて僕と違って持ってる人ですよ。きっと、僕、お兄さんにとって無価値。

 だから、彼に依存したらどうなるのか僕は知っている。

 ……でももう一週間なんですよ。





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