異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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渇き 8

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 そうしてナオはそのまま身を翻して、歩き去ろうとする。止めた方がいいのか、違うのかそれすらわからない。しかし、手を伸ばすつもりもない。

 もしかしたら子供特有のなんとなく機嫌が悪かっただけの日なのかもしれないし、それにいちいち構っていたら、自分が振り回されるだけかもしれないと、心の奥底のどこかでそう思った。

 そんな考えは多くの場合には容認はされても喜ばれない。流石にそれを口に出すほど自分の考えにうぬぼれてはいないが、行動に出す程度にはそう思っていた。

 しかし、俺の後ろにいたルシアンが、一歩、大きく前に出てナオの手を掴んだ。

 それは自分にとって、自分がやる可能性がゼロの行動であり、考えはするもののやりたいとは思えないものだった。

「待ってくれ、ナオ。君はリヒトを誘いに来たんじゃないのか?」
「っ……は、はい」

 驚いたことにナオの行動の意味をルシアンは言い当てた。ナオはそんなルシアンに少しだけ心を許したように、頷く。けれどもそれきりまた黙ってしまう。

 それにルシアンは、手を離して、しかし彼をしゃがんでのぞき込みながら「俺もリヒトには休息も必要だと思っていたところだ」と謎の意思疎通を見せて言う。それに、コクコクとナオはうなずいて俺を見た。

「リヒトお兄さん、し、仕事もいいですけど、たまには休んでく、ください」

 ……休んでいると思うんだけど。

 純粋にそんな返答が思い浮かんだけれども、あまり直球に返すのもどうかと思い、俺はルシアンを見た。すると彼は、表情を緩めて俺に言う。

「眠れという意味ではなく、余暇が必要ではという意味で言っているんじゃないか?」
「アッ、そそうです」

 ルシアンの補足にああ、なるほどと理解がいく、危うくまた地雷を踏むところだった。それに、ルシアンの補足が的確だったのかナオは、自分の仲間がいると思えたようで、やっときちんと俺を見てナオなりの優しい笑顔で、俺の手を取った。

「お、お兄さん、昼も夜もここにいてルシアンとずっとサンドイッチばかり、た、食べてますよね」
「……ああ」
「駄目ですよ。体にわるいです、それに……ソノッ」

 確かに、この世界には十秒でチャージできる便利なものとか、カロリーを簡単に取れて栄養バランスもいいスナックがない、だから必然的に適当なサンドイッチを常に食べていた。

 まあしかし手で食べてもこのキーボードは汚れないらしいので楽だなとは思っていたのだが、そんなことは置いておいて、ナオはそれ以外にも言いたいことがあるらしく、俺は首をかしげて聞いた。

「せ、せっかく、同じ場所に、す、住んでるんですから……晩御飯ぐらいは一緒に食べましょ?」
「……」
「人と食べるご飯、僕好きなんです」

 そういって俺の手を取った。

「リヒトお兄さんは……どうですか?」

 いわれて確かに、そうであることは認めようと思う。だって社会通念的にそうだと言われている。しかし、この世界にきてより顕著なのだが、食事が楽しくないのだ。それに満たされている感覚もしない。

 だから、正直どうでもよかった。元から人間味の薄い人間だったとは思うのだが、それでも体の欲求があることによって元の世界では、人間らしい生活を送っていた。

 しかしながらそうとも言えなくなってしまったのがこの世界での自分だ。それは自分の中で、問題意識はあっても悲しい事ではなかったのだった。

「……」
「……お、お兄さん?」

 それでも何故か今は、彼の手が熱く感じることがじんわりと心地いい。彼の暖かな人間らしさに触れていれば、不思議と食事も楽しくなるような気がしてくる。

 それに……そうだ。俺はナオを守らなければ。優しくて、素直な彼を元の世界に連れて帰ってあげなければ保護者として。

「あ、ああ。そうしようか。……何事にも無頓着なのは俺の良くない癖かな、ありがとう、ナオ」

 そのはずの感情も確かに責任感のようなものがある。しかし、それでも無性に渇くのは何故だろうか。ナオにはこの感情は向けてはいけない、それは理解しているのに、もう誰彼構っていられないような、どうしようもない感覚。

「は、ハイッ。リヒトお兄さん、明日また誘いに来ますね!」

 いつもより元気な彼は、その子供っぽい顔をさらに子供っぽくさせて笑顔を作っている。

 それから「おやすみなさいっ」と元気よく挨拶をして去っていく彼をじっと見て、またごくっと唾を飲み込んで唇をなめた。




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