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人外 8
しおりを挟む何本ワインを開けたのか、もうすでに数えるのはやめた。段々と、三人は目が座ってきてお酒を飲むペースも落ちてきた。
アリスティドさまもアルセーヌさまも少し顔が赤くなっていて、くったりとしている。そんな中でもリヒトお兄さんだけは随分と元気なように見えた。
「くくっはは。勝負していたわけではないけど、無様だなぁ」
「……いや、こんなに、まさか人間離れして、るとは」
「みやあまったな……」
アリスティドさまの方が多少は正気を保っているようで、きちんとリヒトお兄さんに返答を返している。アルセーヌさまの方はもう潰れて眠ってしまう寸前のように思えた。
それもそのはず、お酒を飲んでいない僕ですら途中途中眠っていたのだ、ぶっ通しで飲んでいる彼らは眠気も限界だろう。
……それにこれは本当に駄目な大人の例ってやつですね。
「しかし、負けたとは認めない。リヒト。種族差があるのだから……ハンデがなければ正当な勝負ではない、違うか」
「ははっ、さあ?しらないよ」
煽るようにリヒトお兄さんがそう言って、アリスティドさまは椅子の背もたれに体を預けて天を仰ぐようにして、体の力を抜いた。
「ああ、鬼め。……精々、従者を殺してくれるなよ」
それだけ言って、アリスティドさまはぱったりと動かなくなる。
「?……どういう意味かな」
聞き返しても、アリスティドさまは返答を返さない。そして、リヒトお兄さんは首をかしげて、少し口元を触った。なにか違和感でもあるみたいな顔をして、そして、軽く目をとじる。
数秒閉じて、リヒトお兄さんも眠ってしまうつもりなのだろうかと僕が顔をのぞき込もうとすると、彼はぱっとすぐに目を開いてそれから、僕の存在に久しぶりに気が付いた。
「ナオ、ごめんな。随分待たせてな。はは、悪い」
妙に上機嫌にそういって笑顔を見せる。リヒトお兄さんに僕は出会ったばかりだがあまり気さくな人という印象はなく、むしろ、どちらかといえば、気難しい人という印象だった。
それなのに彼は薄く目を細めて笑顔を作っていて、その美少年っぷりに心臓がどきどきしてしまう。
「イ、イイエッ。ア、のそろそ、ろ。休みましょ?」
緊張から声が裏返ってまた恥ずかしい気持ちになりながら、彼を席から立たせようと手を掴もうとする。
「ん?……ああ、そうだな。もうだいぶ時間もたっているしな……」
言いながら彼は僕の手をきちんとつかんだが、その手はひんやりしていて、緊張から今まで気が付かなかったけれども、彼はとても冷たい。まるで血の通っていない人形の手でも握っているかのようだった。
「……ナオ、君、熱くないかな?」
彼自身も、自分と僕の体温の違いに気が付いたようで、不思議そうにそういってこちらを見る。しかし僕が熱いのではなくて、リヒトお兄さんがただ冷たいだけのように思う。
「僕じゃないですよ。リヒトお兄さんが冷たいんです」
「冷たい?俺が?……酒を沢山のんだからかな」
「そうかもしれないですね。お、おみ、お水を飲んで早く寝ましょ」
「……ああ……でもな。うん。っくく、ははっ」
「……お、おにいさん?」
「いや。なんだか喉が渇くというか、水が飲みたいわけじゃないんだけどな。なにか……こう」
そう言って彼は、俺の手をぐっと強く握る。その華奢な細腕のどこにそんな力があるのかと不思議に思うほどその力は強くて抗えない。
「っ、いい、いたいん、デスですけ、どっ」
「……」
僕が腕を引こうと手に力を込めるのに、彼はそのまま、じっと僕の腕を見る。それから、ふと目線を上げて口を開けてにっこりと優し気な天使のような笑顔を見せた。
その口からはリシャールのものと似ているような牙が二つちらっと見えて、先程のアリスティドさまが鬼め、とリヒトお兄さんに言っていた記憶がひらめくように思い出される。
「……なあ、ナオ」
「ア、は、ハイ?」
「君はあったかいな」
「ヤ、りひとお兄さんが、冷たいんですって」
「君、おいしそうって言われないかな?」
……オ、オイシソウ???
知らない言葉を言われたのだと一瞬頭が混乱して、それから正しく、僕の中で変換される。
……あ、美味しそう。
気が付いた瞬間にぶわっと肌が粟立つ。それは、何気なく見ていたお気に入りの写真に幽霊が写っているのを見つけてしまった時のような。
それはまるで、昨日みた道路のシミが、猫が轢かれた痕だと知らされた時のような、明確で本能的な恐怖と嫌悪だ。
と、同時にガタンッっと大きな物音が鳴って、視界になにかが飛び込んできて、突然リヒトお兄さんが見えなくなる。
グルルルと、犬が威嚇するような音が聞こえて、それと同時に目の前にあるものはリシャールの逆立ったしっぽだって理解ができた。
「リ、ヒト、リヒト!少し待ってくれ自分が君に、与えるからっ、ここでは押さえてくれっ」
とても焦ったような、ルシアンの声がする。彼もとても冷静そうな人物だと思っていたのでこんな声を出すことすら意外だった。
少し怯えているようで、それでも懇願するようなそんな声。
それに僕は、よせばいいのに好奇心を出して、リシャールの背中から向こうにいるはずのリヒトお兄さんとルシアンの事を覗き見た。
「っぐ、っ、は」
「……ん?ああ、なにか言ったかな」
その光景を視界に収めて目を見開く。ルシアンの腕は彼の上着の上からでも分かるほど血がにじんでいて、そしてその腕に食いこんでいるのはリヒトお兄さんの指だ。
普通に掴んでもそんな風になるはずがない。それこそ刃物でも突き立てなければ出ない血の量だ。それを苦しげな顔で受け入れているルシアンにも驚愕だが、まったく変わらない顔で、なんてことない様子で、聞き返しているリヒトお兄さんの方がよっぽど人外めいていた。
「ヒッ」
喉が引きつって小さく悲鳴をもらす。
「リヒトの従者は、自分だ、君が落ち着けるように、じ、自分が君に与えるっから」
「……」
「それで、き、今日のと、ところはっ、っ~」
「…………ああ、そうかな。ふふっうん。それでも俺は構わないよ」
リヒトお兄さんは長考してからルシアン提案に賛同して、ゆっくり手を離す。そしてルシアンはリヒトお兄さんを片手で抱き上げて、ふっーと細くため息を吐きながら足早に僕たちの隣を去っていく。
彼の歩いた場所にはぽつぽつと血が落ちていて、事件現場から犯人が逃走した時のようになっている。
「……」
それをただ僕は呆然と見ていた。どうにも情報が処理できなくて、ただ、荒く呼吸をして深く息が吸えない。
……リ、リヒトお兄さんは、人じゃないって、本当なんだ。そうなんですよねだって、これは絶対人なんかじゃないですよね。
「……大丈夫?」
呆然とする僕にリシャールがしゃがんで声を掛けてくれる。彼が心配してくれているのだから何か言葉を返さなければならないような気がして、何とか気持ちを落ち着かせようとする。
しかし、彼は焦らなくていいというように僕の手を取って、にっこり笑う。
「仕方ないよ。あれは人間じゃないから、吸血鬼だもん。おなかが空いてたんだね。可哀想に」
「……っ、お、おなか、すすす、空いてたって」
なにか安心させてくれるような言葉を言ってくれるのかと思えばそうではなく、彼は仕方ないと納得した様子でそんなことを言う。
「元は人食い鬼だったみたいだけど今は、盟友の誓いで吸血がメインだから効率が悪いんだ」
「……」
「よくあることだよ。ナオくんは、鬼族ももちろんだし獣人も悪食なのは人間を食べるから、気をつけなきゃね」
「へ、へぇ??」
思わぬことを言われて、変な声が出る。鼻の奥がジンとして、涙がじわじわ滲んできた。
「そりは、りしゃ、ーるも、ボボボクを食べたりすすっs???」
どもりまくりながら言った。そんな質問しない方がいいのかもしれないけれども、このタイミングでそう言うってのは、つまりはそういうことかもしれない。でもそんなの、恐ろしすぎて否という答えが欲しくて聞いた。
そんな僕の疑問に、リシャールは少し考えてから、牙を見せて笑った。
「うん。美味しそうだとは思うよ」
「っ」
その瞬間からだくだく汗が出てきて、思い切りリシャールの手を払った。それから足をもつれさせながら、ルシアンの血が落ちている方へとひた走る。
とにかくどこか遠くに逃げ出さなければならない気がして、まったく知らない城内を暗闇の中、ありもしない安全地帯を探して走り続けた。
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