異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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召喚者 7

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「……」
「……ア、ノ。なんか、言ってよ」

 しかしそれでも怒りを抑えようと、口を閉ざしていると、ナオは途端に気まずそうに、俺に問いかけてくる。どうやら先程までの勢いはそがれて、少しは冷静になったらしい。

「……」
「エ、僕、なんかしちゃいました?……ナンテ、えへへ」

 気まずくなりながらも、彼がふざけていることだけは分かった。もしかするとこいつは、とんでもなくどうしようもない人間なのかもしれない。

「ナオ。君の性根はよくわかった。だから一つ言っていいかな」
「エ、ア、ハイ」
「他人の話をさえぎるな。そしてきちんと名乗った人間は名前で呼べ、常識だろ。獣人だかなんだか知らないが、君は日本人の〇〇ですと名乗った後に、そこの日本人!っと呼びかけられたら、どう思うかな」
「い、嫌です」
「そうだよな。じゃあなんで自分がされて不快なことを他人にするんだよ」
「……スミマセ」
「なんで俺に謝るんだ。リシャールに、謝れよ。それに、すみませんってなんだ。申し訳ありませんだろう。君は社会に出たことがないのか?こんなことを言わせないでほしいんだけどな」
「ゥ、……」

 言い終えると、彼は、途端に顔を真っ赤にして、リシャールの方を向き、「ごめんなさい」と子供っぽく謝った。それに対して、リシャールは「いいよ」と何も気にしていなさそうに答える。
 
 そしてそんな、二人のやり取りを見ていて、どうにも疑問に思う。これでは本当に彼は年相応の高校生のようではないかと。

「なあ、ナオ。君はもっと落ち着いて考えてから行動したらどうだ。それに、こんな歳の人間にボクはないだろう。君もいい歳なのだから、少しは余裕をもって相手の話を聞いて、意見を言うべきだ」
「……っ、……でも」
「ん?」

 彼の為に、そしてこれからきっと行動を共にするであろう、俺たちの為にもそう指摘するとナオは、立ったまま俯いて、まるで心細い子供みたいに、胸元のシャツを掴んで小さくつぶやくように言う。

「ぼく、高校生ですもん。ていうか、ア、エエト、おにぃさんいくつですか。こんな僕より年下、み、みたいな外見なの、に……」
「……ん、ん?」

 言われたことに理解が追い付かなくて、聞き返した。しかし、ナオはそのまま黙ってしまう。

 もしかすると自分を基準にナオの年齢について考えていたが、彼と俺ではなにかが違っているらしい。

「……」
「……」
「そうだね。たぶん、鬼族みたいだから。三十代ぐらいじゃないの?」
「だろうな。まあ、あれらの年齢はいつも曖昧だからな」

 そんな二人の声が聞こえてきて、そちらに視線を向けると、彼らは、さも当たり前かのように俺にそう言った。キゾクと二人は言ったが、どういう事なんだろうか。

 俺はれっきとした人間であり、普通の日本人だ。

「キゾクとは?」
「知らないの?鬼だよ。鬼の一族で鬼族。そっちは人間だね。だから、まあ。まだ子供」
「ああ、急に召喚されて気が動転しているんだろう。伝承では、怯えて手も付けられない子供が召喚されることもあったというから、彼はまだ正気を保っている方じゃないか?」
「……」

 そんな風に言われて、ナオの方を見る。彼はいまだに、俯いていてその肩は小さく震えていた。

 ……い、言われてみれば、確かに。

 たしかに、高校生くらいの年齢だとするならば、今までの発言も行動も、ある程度年相応と言えるだろう。

 それを俺は大人として叱りつけて、かってに決めつけた年齢で価値観をおしつけた。これは由々しき事態だろう。ナオには可哀想なことをしてしまった。

「ナオは、まだ高校生なのか……?未成年?」
「っ、いったい何歳だと思ってたんですか」
「四十代ぐらい」
「見たままです!ボ、僕、一応、今年で未成年ではないですけど」
「あ、ああ……」

 そういったまま、ナオは、座って膝の上で拳を握って口を引き結ぶ。未成年ではない事に安心したが、それでもまだ親の庇護下にあるべき年齢だ。

 自立した大人としての対応を要求するには早すぎるだろう。

 そしてその前にまずは……。

「その、申し訳ない。俺の勝手な勘違いで、君に大人の対応を求めてしまっていた」
「……」
「本来なら俺が守る立場であったはずなのに、浅慮だったな」

 きちんと自分なりに謝罪をして、ナオに視線を向ける。すると彼も少しこちらを見てそれから、一度考えるように視線を外してから、俺の方へと体を向けて、眉を困らせたまま「……だいじょうぶです」とぽつりと口にする。

 それから、じっと俺を見て、彼はふと表情を緩めた。

「でも、そのお兄さん。そんな外見で、その喋り方だと違和感すごいですね」
「……そうかな」
「はい」
「そうか?」

 機嫌を直して話をしてくれたナオに言われ、俺は腑に落ちずに、この世界の住人である、ルシアンとリシャールに問いかけてみる。

 そうすると、二人は視線を交わしてから、少しだけ朗らかな表情になって答える。

「鬼族は大体そんな感じだな」
「そうだね。えらそうな感じ」

 違和感はないようだが、こちらには偉そうに見えているらしい。もう少し下手に出た方がいいだろうか。

 そんな風に考えるが、そうも言っていられないのが今の状況だろう。ナオが、完全に外見通りのとしだと確定した今。俺が彼を見捨てて行動するのは流石に倫理的に問題がある。

「……はぁ」

 彼を守ってしっかりと支えてあげなければ、大人として。

 そうとなれば偉そうだとみられたとしても、ここからは俺が召喚者側として主導権を握って話を進めるほかないはずだ。

「……分かった。とにかくおおむねの事は把握した。俺がなんなのかについては俺もよくわからないしナオには関係がないので置いておくとして、とにかく話を勧めよう」
「そうだな」
「そうだね」

 そこまで言って先程まではしゃいでいたナオに目を向ける。こうは言っても彼が仕切りたいタイプなのかもしれないし、話を端折ったり勝手に進めたりしなければ彼に任せても問題はない。

 そう考えて、そのつもりで目線を送ったが、彼は首をかしげるだけで先程のように話したがりな様子は見せない。

「……ナオもそれで問題ないかな?」
「は、はい。お兄さん」

 どうやら俺が年上だったことで、何か納得いったらしい。それならそれでいいかと、彼の変わり身の速さに少し動揺しつつも、先程の話題を考える。

「それで。それぞれに、どっちが付くかを決めるんだったかな?」
「うん。でも、もう決まったも同然じゃない? 俺は、ナオくんの方で構わないよ」
「! おいっ、リシャール。君は━━━━
「だって、ナオくんが俺がいいって言ったんだからそうしようよ。それに、ルシアンはお堅いからそっちの……」
「理人だ。神田 理人」
「リヒトね。了解。リヒトの方が合うでしょう?」
「……」
「それでいいよね」

 言いながら、リシャールはナオへと近づいて、しゃがみ込んで目線を合わせた。

 彼は、口を開いてにっこり笑う。その薄く開いた唇の隙間からイヌ科の動物特有のとがった犬歯が見えて、なんだかぞっとする。外見はただの女にもてそうな優男のような風貌なのに、凶暴な一面を隠し持っていそうなそんな笑顔に背筋が凍る。そんな印象をナオも受けたようで、すこし肩をすくめて小さくなる。

「っ、ア、エ?」
「いいよね。ナオくん」
「ウ、ハイ」
「きまりだね」

 問いかけられたナオは、限界まで背もたれに体を押し付けながら、反射的に返事をする。どうやらリシャールは押しが強い。今のナオにはすこし、相性が悪いように感じるが、ナオがうんと言ってしまったからには、俺が否とは言えないだろう。

「じゃあ行こうか」
「エ、」

 そう言いながらナオの手を掴む。それからリシャールはその手を引いて、しどろもどろになっているナオを立たせて、さっさと引っ張って連れていく。

 どう考えてもナオは混乱したまま、なんとなく引かれていっているように思うし、なんだか誘拐現場でも見ているようだった。

「まて、ついていって大丈夫なのかな?」
「やだな、リヒト。そんなに警戒しないでよ。ちょっと散歩に……」
「君に聞いてない。ナオが答えろ。俺は君の心配をしてるんだよ」
「……だってよ。ナオくん」

 俺の言葉に、ナオはうつむいた顔を上げて、掴まれている手と、俺を交互に見る。それから、いまだに混乱した様子で「ダ、ダイジョブですぅ。たぶん」と情けない声を出した。

 その答えに満足したのかリシャールは無造作に彼の頭をなでた。それに警戒した子猫みたいに飛び上がらんばかりにナオは驚いて、目を丸くしながらリシャールに連れ去られていく。

 ……あれはどう考えても大丈夫じゃないな。それに、ナオのさっきまでの空気の読めなさはどこに行ったんだ。

 あのままの感じでリシャールにも接した方がいいと思うが、もしかすると俺が叱ったから、なりを潜めてしまったのかもしれないし。単に、驚きと怯えの裏返しの空元気だった可能性もあるだろう。

 ……ていうか、完全にそれか。空元気だったんだな。それをうるさいとかやってしまったな俺は……。

 子供にも若い子にもあまり好かれない原因はこういう所にあるのだろうと思っている。だから出来るだけ近寄らないようにしているのに。

「……はぁ」

 とにかく、彼が戻ってきたら少し彼自身の事を聞こうと思う。それと彼がしきりに言ってた”なろう系”なるものの話を聞いたりしてコミュニケーションをとるべきだ。

 どんな人物であっても、信用ならないこの場所で唯一信頼できる同じ状況の人間だ。

 一度、破壊された人間関係を再構築するというのは難しいが、幸いまだ出会って時間もあさい、ここから信頼関係を構築していくしかないだろう。

 そう、頭の中で結論を出して、俺は、目の前に残されたルシアンを見た。彼も俺を見ている。彼については信頼関係構築以前に、そもそも信用にたる人物か精査するところから始めなければならない。

 面倒に感じつつも、聞きたいことも山ほどあったので、意識的に頭を切り替えるように目を瞑って、それからゆっくり瞼を開く。

 今日は長い一日になりそうだった。



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