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しおりを挟む体に力をいれて、彼の手の中から逃れようと踏ん張った。
「…………」
かかとに重心を置いて腕がプルプルと震えても、一生懸命に力を込めた。しかし、そんなイーディスに、アルバートは嬉しそうにするでもなく困ったような顔をしてじっと見つめていた。
それから、なんだか考えるように首をかしげてから、最終的には心配そうに「もう少し頑張れませんか?」と謎の要求をしてくる。
「っ、が、頑張ってっ、これなの!」
「でもこれじゃあ……」
「っ、っ~、ふっぐ」
「……顔が真っ赤だね」
……っ、仕方がないでしょう! 普段こんなに踏ん張ることないんですから!
そう反論したかったが、言葉が出ずに、ぐぐぐっと最後の力を込めて精一杯抵抗した。しかし、限界を迎えたイーディスの腕はかくんと曲がってぎゅうっと抱きしめられてしまう。
「っ、はぁっ、はー」
結局、腕の中に納まって止めていた呼吸を再開して荒く繰り返した。思わぬところで全力を出したので、もうへとへとだ。体も熱くて疲れてしまった。
イーディスはそんな調子なのにアルバートはまるで、疲れている様子はなく腕の中に収めたイーディスの背中を優しくさすっていた。
その手はとても大きくて、こうして抱きしめられていると自分の小ささと非力さが際立って思えて、筋力トレーニングでもしようかという気持ちになってきた。
しかしそもそもの目的ではアルバート自身にきちんと女性に抗える力があるのだという事を証明するという当初の目的は達成できてる。
だから、まったく間違っていないし、これで正解なのだがプライドを傷つけられたような心地だ。
「……体も小さくて、腕も腰も細いですもんね。……イーディス、そう考えると貴方の事がすごく心配になりますね」
「はぁ……何言ってるんですか。少しの事であんなに怯えて取り乱すアルバートよりよっぽど私は健康だわ」
「……本当ですか」
彼は少し体を離してイーディスにそう問いかけた。それにそんな嘘はつかないと持ち前の気さくな笑みを浮かべて、頷く。
「ええ。それに幸せそうにするのが契約結婚の条件だものね。幸せは健全でなくてはいけないわ、アルバートの婚約者を見返すためにもお互いに頑張りましょう!」
そして、目的を決して間違えないようにそう言った。
それにアルバートは決意を新たに同意してくれると思ったが、イーディスの想像とは裏腹に、少ししょげてぱっと手を離してきちんと距離を取ってから頷くのだった。
…………そういう反応をされると貴方の感情を見誤りそうなのだけど自覚はあるのかしら?
本当は問いただしたかった。こうして抱きしめられたりしても、全然嫌ではないし、むしろ嬉しいぐらいで、彼が女性恐怖症でなければ、キスの一つでもしたいところだと思っていると言いたくなる。
しかしそれは、まったく契約結婚に関係ない、イーディスの気持ちだ。恋愛ごとが契約に入っていなかった以上は、今からそんな気持ちを押し付けるのはイーディスの契約違反だ。
そんなことはあってはならないのでイーディスからは決して言えない。
だから、思っていることがあるのなら言って欲しいけれどまたその心も口には出せない。
……参ったわね。
少し苦しく思ってしまうのは、アルバートに期待する気持ちがあるからだろうか。
そうして恋煩いに身を焦がしていると、ふとドンッと音がして目の前にいるアルバートを見た。彼はものすごく驚いた様子で目を見開いている。
「イーディス、まずい事になったかもしれません」
彼の言葉にイーディスも振り返って、窓の外を見る。するとすさまじい事に、庭園の地面から岩石が飛び出していて、遠目から見てもその大きさは人の何倍もあるとすぐに理解できる。
炎がぶわっと広がってダイアナの魔法だとわかる。それから素早く動いて次々に突き出してくる岩石をよけているのが狼の姿になったデリックだろう。
その光景を見た瞬間にイーディスは血の気が引いてしまってアルバートと二人で急いで部屋を飛び出した。外廊下へと続く道に向かって走っているとルチアが猛スピードでイーディスたちよりも先に外に向かっていった。
外に出るのと同時に、ルチアが風の魔法を使って三人を隔離していた。ふわりと浮かされていて、イーディスたちが到着するとひとところにまとめてどさりと荷物のように下ろされた。
「ありがとう、ルチア」
「カァ」
彼ら三人は唐突に体を浮かされて、集められたことに驚いている様子で、デリックは人の姿に戻っていた。とにかく話を聞くために割って入ろうと座り込む彼らにイーディスは気さくな笑みを浮かべた。
「っ、私は! 好き好んでこんな世界に来たわけじゃない!」
けれどもまだ落ち着いていない様子でミオは思い切りデリックにつかみかかった。急に触れられたデリックは驚いた様子で反射的にミオを突き飛ばした。
「触んないでっ!」
「うっ、何よ!結局私が嫌いだから文句をつけてただけなんじゃないっ!」
「っ、怒鳴らないてってば!」
「嫌いなら嫌いでいいよ、関わらないから!」
「だから、ただ俺は」
「っ、ゔ、っ~」
ミオは、たまらず泣きだして顔を赤くしてぎゅっと目を瞑るとぽたぽたと涙のしずくが落ちる。それを見てデリックは信じられないものでも見るかのように目を見開いて、ミオを凝視していた。
どんどん悪化している状況に、とにかく彼らをそれぞれ隔離してしまおうとイーディスは、アルバートに視線を向けた。アルバートもこんな状況に混乱している様子だったがイーディスの目線を感じて、こくりと頷く。
「待ってちょうだい!」
しかし、その介入を阻むようにダイアナは立ち上がって、イーディスとアルバートの前に立ちはだかった。それから、眉間にしわを寄せた難しい顔で真剣に言った。
「二人の魔法を止めてくれてありがとう。お姉さま。でもこれはただの喧嘩だわ。仲直りできるから、お姉さまたちは口出ししないで欲しいわ!」
きっぱりとそう言われて、返事をする間もなくダイアナはそのくるくるした髪をなびかせて、ミオとデリックの方へと向かう。
「まったく、こんな子供みたいな喧嘩、この歳の貴族はしないわ! 情けない。きちんとお互い話し合いで解決できるようにならないと到底、立派なレディにはなれないのよ?」
「……俺、レディじゃないし」
「……私も、貴族じゃないし」
「屁理屈言わないでついて来て! お姉さま応接室を一つ借りるわ!」
ダイアナは終始毅然とした態度で二人を立ち上がらせて、手を引いて連れていく。そんな妹の姿にあっけに取られて、イーディスは「……ええ」と返事をしてしまってそれから、燃えたり岩が飛び出したりしている庭園を改めて見た。
「……喧嘩……喧嘩の範疇かしら?」
イーディスの常識的に考えると、アレはもはや殺し合いのレベルだったように思うのだが、ダイアナはあまり気にしてない様子だった。
やっぱり魔法を持っている人間とそうでない人とでは価値観が違うのだろうか、そう思って、イーディスは最も身近な、魔法持ちのアルバートに視線を向ける。
「……何というか……幼いころにこういう喧嘩をすることはあったけど、小さいときはまだ魔力も少ないから派手にならないだけで……ダイアナさんの言うことは……間違ってはいないとは思いますけど……」
おずおずとアルバートはそう口にした。しかしそれにしても、こんなことになっては、業者を呼んで庭をまた綺麗に整備しなければならないだろう。
「これを止めるルチアも、結構すごい魔獣だね……イーディス」
「……それも……そうね」
言われてみてから、ハッとする。当たり前のように受け入れていたが、ルチアの底力は侮れない。ふと視線をあげると彼は楽しそうに宙を舞っていて、こうしてみるとただのカラスだ。
……何というか、色々驚きすぎて、甘酸っぱい気持ちもふきとんだわ。
呆然としながらそう考える。とにかく、やることは多い。
「ここの片づけや色々とやるべきことがあるとは思うけど……あの、彼らがどんな話をしているのか気になりませんか?」
「ええ、気になる」
「こっそり近くまで行ってみましょう」
「ええ!」
そんな会話をしてイーディスとアルバートは彼らの後を追った。手出し無用とダイアナに言われたが、気になってしまうそんな気持ちがアルバートにもあるのだと同じ兄弟を持つ同士、妙な連帯感を感じて二人はとことこと応接室に向かうのだった。
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