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しおりを挟むとある休日の事、その日は、穏やかな日差しの陽気な日で、午後の気持ちいい陽光が降り注ぎ、空は雲一つない晴れ間だった。
そんな中、アルバートの部屋でイーディス達は窓辺に椅子を持ってきて、二人して並んで座って外を眺めていた。ここはタウンハウスなのであまり大規模ではないが、実家の屋敷の前には噴水のある庭園があって、それなりに軽い散歩ぐらいは楽しめる大きさだ。
そこに、ダイアナ、ミオ、デリックの三人で魔法の練習に出ている。彼らはそれぞれで個別に交流をしているのは、イーディスの知るところだった。
特にデリックと女の子二人が対面するときには、ものすごく気を使ってルチアとイーディスが一生懸命に仲良くなれるよう会話を回したのは記憶に新しい。
そんな三人が今日はダイアナの指導で魔法を使う実戦に外に出ていった。ダイアナはすぐに熱くなってしまう所があるけれど、年下とがんばっている人にはそれなりに寛容だ。
あまり心配はいらないだろうと考えつつも、窓からそっと彼らを見下ろして様子をうかがっていた。
身振り手振りを使って説明するダイアナに、緊張している様子の二人。なんとも可愛らしい光景である。
「……こうして、見ていると和やかな気持ちになりますね。イーディス」
そういいながら、アルバートは隣に座ってニコニコ笑っていた。彼も今日は仕事をお休みして、彼女たちの初めての授業を見守っている。
「ええ、そうね。無事に終わるといいけれど」
「大丈夫ですよきっと……すこしデリックが心配ですけど」
「……私も少しダイアナが熱くなりすぎないか心配だわ」
「……そう思うとミオは案外話の分かる子ですね」
「それもそうね。でも大人っぽく振舞っているだけで、サポートの必要な年だからしっかり見ていてあげないとね」
「そうですね。あの子はこの屋敷に身内のいない唯一の子ですから、ちゃんと見ていてあげないといけないですよね」
二人して優雅に見守るつもりだったが、いざこうなるとどうしても、心配になって目を凝らして窓の外を見つめる。
ここは二階だし、心配なんかしないでという子供たちの言葉を信じているという体を取るために屋敷に戻ってしまったから、会話すら聞こえない。
どんな話をしていて、彼ら子供たちだけの雰囲気がどんなものなのか知りたくて、仲間に入りたくなるけれど、イーディスのような大人がいたら彼らだって好きに動けないだろう。
そんなことはわかっているし、幼子ではないのだから、過干渉は自重するべきだ。
しかし、それでも、とイーディスはじっと彼らを見つめていた。
「……そういえば、少し前に、ミオさんに言われたことがあるんです」
するとアルバートはふと思い立った様子で口にした。
「時間もありますし、何もしていないと気になってしまいますから、話をしていいですか? イーディス」
続けて言う。それには同意見だ。このままじっと彼らを見つめていては過保護すぎる親まっしぐらだ、それなら気を紛らわせていた方がいいだろう。
「ええ。……その方がいいわね。アルバート、それでどんなお話?」
気持ちを切り替えて隣に座るアルバートにイーディスは視線を移した。すすると部屋の中を散策し終わったのか、ばさりと飛んでルチアがイーディスの肩にチョンと止まる。
「かぁ」
「あら、おかえり」
「……っふふ」
何気ない二人と一匹のやり取りに、アルバートは口元に手を運んでくすくすと笑った。
どうして急にいつものイーディスとルチアのやり取りを笑われたのだろうと謎が頭に浮かんで、首をかしげて彼を見た。
「どうかしたの? アルバート」
「いえ、ただ……やっぱりイーディスにはとても不思議な魅力があると思って」
「……そうかしら」
言われてイーディスは横を向いてルチアと目を合わせて、やっぱり首をかしげる。
「はい。……貴方を見ていると、不思議な気持ちになります」
「……」
「以前デリックがルチアと話をして、俺が怒ったことがあったと思います」
「そうね」
「それについて、貴方はそれでいいと言っていたからそうするんだと後からデリックに言われましたし……よく考えてみると俺が変だったんですよね。だって貴方はいつもルチアとデリックほどではなくても、よく言葉を交わして当たり前のように体に乗せて、いつでも嬉しそうにしてますから」
……その件については、話をしないのかと思っていたけど、アルバートなりに自分の中で考えを改められたのね。
無理をさせて今更しみついた習慣を変えるのはコストがかかりすぎるし、アルバートにも負担がかかる。
ゆっくりと折り合いを付けられるところを見つけていけばいいと思っていたが、自分で見つけられたのならいいことだ。
「……そうね。アルバートが嫌だと思わないのなら、制限しない方がいいかもしれないわね」
「はい。そうしようと思います……それに、ミオさんの話に戻りますけど、少しでも自分を変えようとするべきではないかとも言われました」
……ミオはさっぱりとした性格をしているものね、あまりアルバートに対する配慮を考えすぎずに、純粋な意見としてそういったのかもしれないわね。
イーディスはあまり触れないようにしてきたが、それでも他人からのそういう意見まで、アルバートは傷ついているのだからと言わせないつもりはない。
現にそういう話題になって、考えるきっかけになっているのならそれもいいことだろうと思う。
「それに……アルバートはどう思ったの?」
「……もっともだと思っています。ただ、そうはいっても、どうすればいいのかという解決策は、俺の中にはないんだけどね」
恥ずかしながらというような感じに、彼は首筋に手を当ててイーディスを見た。もしかすると解決策は何かないだろうかという相談かもしれない。
「そうですね……女性を怖くないとアルバートが思えればいいのだから、事は案外簡単かもしれませんよ」
そういってイーディスは立ち上がった。それからルチアをイスの背もたれに移動させてから、アルバートの両手をつないでぐっと力をこめる。
「見ての通り私は、この身一つで生きていて魔法も持っていません。力を込めているので押し返して立ち上がってもらえますか?」
「?……はい」
彼にそう指示をすると素直に従って、少し前かがみになってからイーディスをぐっと押し返して簡単に立ち上がる。
イーディスだってそれなりの力を込めていたのに、あっけなく立ち上がられてしまって自分の非力さを感じつつもアルバートを見上げた。
「……簡単に立ち上がれましたか?」
「まぁ、割と……貴方がそんなに力を込めていなかったから」
言われて少し腹が立ちイーディスは再度ぐっと力を入れて両手で彼を押した。しかしそうしてふいに押しても一歩下がるだけで後は体感がしっかりしていて、イスに戻すことは出来ない。
不服ではあるが、わかっていたことだし、彼に足りないのは自覚だけだとイーディスは思う。
「イーディス……これはまた座った方がいいという事?」
「いいえ。抵抗して正解です……アルバート、今度は私を押してみてください。強く、突き飛ばすようにしてもいいです」
「……ごめん。流石に君が何を言いたいのか、わかった。それに突き飛ばすのは危ないから止めよう」
案外察しが良く、そういってアルバートは笑みを浮かべた。しかし、それでは実感にならない。
究極的な話、正直なところを言えば、アルバートのトラウマは、もう再現しようがない事だとイーディスは思っている。
ジェーンに身内を人質に取られていたからこそ、全く抵抗できずにアルバートはなすがまま彼女に酷い事をされていた。
けれども今はアルバートはきちんと立場のある貴族だ。そんな人間に暴行をするのは許される行為ではない。
だからもう、単なる女性がアルバートに酷い事をして彼がそれにまったく抵抗できない事態は起こらない。もしそうなっても体が動けばその事態を脱却できる。
だから、突き飛ばしてそれを自覚してほしかったのだが、たしかに加減なく彼に突き飛ばされたら、窓に激突して大変なことになる可能性もあるので止めた方がいい。
「そうね。それはそうだわ」
随分極端なことを言ってしまったと今更ながら、イーディスは笑って、それから、それでもいざというときにそういう風にできるように、ベットの方にでも移動してそうするかと問おうと考えていた。
しかしおもむろに、アルバートはイーディスと距離を詰めて、腰に手を回した。
「うん。だから突き飛ばすのは危ないですから、抵抗してみてください」
「?」
真面目な声でそういわれて何かと思えば、ぐっと抱き寄せられる。それに抵抗しろと言われているのだとやっと気がついて、一瞬彼をそんな風に拒絶するようなことしたくないと考えた。
しかしこれも訓練、ええいと決意を言めて、イーディスはアルバートの両肩をぐっと押し返した。
「……っ」
ぐぐっと力を込めて彼を睨むように見つめる。やるとなったら本気でやらなければ意味はないだろう。トラウマ改善はイーディスも望んでいることだ。
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