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しおりを挟む……アルバートの女性恐怖症についても、もう少し対処が必要ね。
思案しつつも、振り返る。デリックはルチアを肩に乗せた状態で壁に背中を張り付けて顎を引いて、イーディスの事を伺うようにじっと見つめていた。
警戒しているという言葉がしっくりくる様子だ。
部屋にはイーディスとデリックの二人きり。本来なら、アルバートを緩衝材にして何とか意思疎通を図ろうと考えていたが、そうもいかない。
しかし、彼の代わりの緩衝材はこの場所にいる。
警戒するデリックに目を合わせないようにしてルチアに目線を送る。
「ルチア、とりあえず座りましょうって、デリックにソファーを勧めてくれる?」
彼にそういうとルチアは鳥ながらに驚いたような顔をしつつも、くるっと首を回してデリックの耳元に向かってひと鳴きした。
「カー」
すると、デリックも驚いた様子でルチアとイーディスを交互に見て、困惑しているような顔をした。
しかしそれでも、ルチアの言葉を無視することはできないのか「いいよ。あんたが言うなら」と言ってから、何故だが端の方から綿が飛び出しているソファーに座った。
……爪痕と噛み痕? まるで大型犬でも家の中に入れたような……。
そこまで考えて、イーディスは納得した。デリック自身が大型犬みたいなものだ。
噛んだりひっかいたりしたのだろう。止めた方がいいとは思うが、よそでやらなければ問題ないといえば問題ない。
それよりもとにかく今は彼と話をしてみることの方が先決だ。
イーディスもデリックの斜め向かいに腰かけた。
物理的には向かいの方が距離があって、遠くから始めた方がいいかもしれないが、精神的な負担を考えると向かいに座っているよりも斜めか横の方が圧迫感を与えづらく打ち解けやすい。
これは根っからの、従者である父と母から教わった手法だ。根拠は経験らしい。
「……」
それでも緊張しているデリックに、イーディスは慎重に話題を選んだ。
急に真剣な話をしても彼には良い印象を与えられないだろう。精神的にも少し幼い様子を感じるし、イーディスは楽しい相手だとまずは理解してもらわなければ。
「……ねえ、デリック、ルチアは貴方にどんな風に話をしているんですか?」
持ち前の気さくな笑みを浮かべてイーディスは聞いてみた。しかし、イーディスの言葉には反応を示さずに、口を閉ざして見つめるだけだ。
それにルチアは抗議するように「カァ!」と大きく鳴いてチャッと音を立ててソファーのローテーブルに降り立った。
「でも、急に怒ってくるかもしれないじゃんか。兄さまにも怒られたしっ、やっぱり女の人がいると兄さまに怒られるし打たれるから、喋れない」
「カァ」
……デリック自身、アルバートに怒られるというのは怖い事なのね。でも、魔獣と話をしたからというよりも、女の人がいるから、怒られるそう変換されているのかしら。
だから、私と言葉を交わさない、嫌いというよりも言葉が出なくて詰まってしまうそんな様子だ。
「ルチア。デリックに貴方が男なのか女なのか聞いてくれる?」
「カー」
「え、男の人でしょ?」
「カァ」
「違うって何? どういう事?」
「今まで男の子だと思っていたけど女の子だったの? ルチア、どう思うかデリックに聞いて?」
「カァ!」
「何でそこで俺が男だって話になるんだって、意気地なしだっていいじゃんか」
「そうね。男の子だから勇ましくあれとは私は思わないわ、ね、ルチア」
「カー」
「でも、姉さまはいいって言ってるじゃんか!」
「カァ!」
「あら、私の事、姉さまだなんて呼んでくれてうれしいわ、ルチアもそう思うわよね」
「カー」
「二人同時に喋んないでって、混乱するから!……あ」
ルチアを経由してなら返答が返ってきたのでわざと、会話のテンポを上げて話しをするとデリックはあっけなくイーディスと言葉を交わした。
それに、彼自身も気がついた様子で、恐る恐るイーディスをちらりと見た。
その瞬間に、すぐさま口を開いて「嬉しい!」と笑みを浮かべる。
「デリックと会話ができてすごくうれしいわ。私、魔獣の声を聞き取れるなんてすばらしい事だと思います。是非、ルチアの声を私にも教えてくれないかしら! たくさん知りたいことがあるのよ!」
時には強引さも大事だ。待つだけが相手の心を開く方法ではない。
それに、デリックはまだまだ純粋な子供だ。素直に気持ちを伝えた方が得だろう。
「ね、ルチア。貴方もそんなにおしゃべりだったんなら、私に何か伝えたいことがあるんじゃない。割と長い付き合いですから」
「カー!」
「……」
「念願かなって嬉しいわ。それにデリックの話も聞かせて、仲良くなりたいと思ってるわ」
勢いに任せて言葉を紡ぐルチアもその言葉に賛成して、声をあげてくれる。そんな二人にデリックは少し固まってイーディスとルチアを交互に見る。
それから、顔を少し赤くした。褒められ慣れていないのだろう。
「……お、れは、通訳じゃ、ないんだけどっ……そんなに、知りたいんなら」
少し言葉に詰まっている様子だが、デリックはそう口にした。
……よしっ! 会話には成功できたわね。
心の中でガッツポーズをしたが、丁度いい速度で話を続ける。
「ありがとう、デリック。何から話そうかしら」
「かぁ」
「……ルチアが……言いたかったことが……あるって」
こちらから話を振るつもりだったが、どうやら一番は話をしたいことがあったのはルチアだったらしい。
それを意外に思いながらも、今度はイーディスはキョトンとした。
「カー」
「え、それ俺が言うの?」
「カァ」
「そんなことあったんだ」
「カー」
「最悪じゃん!そりゃないよ」
「カァ」
「姉さまっていい人なんだ」
「かぁ!」
「……わかった。いいけどさ」
彼らの話を聞いていても、一体何のことを話しているのかは全く分からなかった。しかし、最終的にはデリックが説得された様子でイーディスに視線を向けた。
その目には怯えはまだまだ残っているけれども、忌避感は薄れている様子だった。
「あの時は、悪かったって言いたかったって」
……あの時?
せっかくデリックの言葉でルチアの言いたいことが聞けたはずだが、その言葉に心当たりはない。首をかしげると「かぁ」とまたルチアは鳴いた。
「ルチアを解放してくれた時。風の魔法で切り刻んでごめんてって」
そう補足をされて、目を見開いて彼を見た。そもそも彼なのかどうかすら怪しいし、正直なところルチアに関しては得たいがしれないと思う部分も多い。
しかし、それでも傷つけたことを心残りにしてくれるぐらいには、優しい心の持ち主なのだと知ることができて嬉しい。もちろん彼と話をしてみたいという言葉は本音だった。
でも、デリックと話をするための口実という面も大いにあった。
そういう打算があったのだとしても、初めて触れることが出来たルチアの心にじんと胸が熱くなる。
それに少し前のめりになってコツコツとテーブルを指でノックする。するとルチアはぴょんぴょんと跳ねるようにしてイーディスの元へとやってきて少し羽ばたいて、膝の上に乗る。
「……気にしなくていいのよ。あのままではルチアは死んでしまっていた。そこまで追い詰められる前に救えなかった私の責任もあるんだもの」
「カー」
「ない責任をあるみたいに、言ってなんでもしょい込むが趣味なのはいいけど、自分を大事にしろって」
「……」
……随分喋ってるのね。
いつものやり取りにデリックが通訳として言葉を伝えるとルチアはおしゃべりだったのだとあらためて思う。それがおかしくなって、イーディスはくすくすと笑った。
「カー」
「俺? ルチアが、謝ったから? ……でも反射的に、やっただけじゃん俺は」
「カァ!」
「は、謝らないと魔力貰えないって。だから俺は魔獣じゃないんだって言ってんじゃん!」
「かぁ」
「そもそもあんた、貰う必要ないじゃんか!」
「かぁー」
「そりゃっ……だって……」
そうして彼らはまた話し始めた。なんだかとても興味深い話をしているのでイーディスも、参加してみた。
「デリック、ルチア、一体何の話をしているの? 私にも教えてください」
ルチアの頭をなでながら、魔力を注ぎつつ聞くと、ルチアもデリックも二人して黙って、それからデリックが、恥ずかしそうにちらりとイーディスを見て呟くように言った。
「……俺も、噛んでごめんね。姉さま」
「はい、許します」
「でもそれ以外は、教えない! だって恥ずかしいし」
「あら、恥ずかしがり屋なのね」
彼がプイっとそっぽを向くのを見てイーディスは朗らかに笑った。それからルチアとデリック、たまにイーディスで話をして、交流を深めることに成功したのだった。
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