24 / 42
24
しおりを挟むミオがやってきて数日、彼女にこの世界の授業をしつつ、イーディスはもう一人の問題解決の為に動いていた。
アルバートと日取りを決めて、デリック自身にも心の準備をしてもらい、彼も普通の生活を送れるように女性恐怖症を和らげる必要がある。
そのためには少しずつでも慣らしていって女性は怖いものではないと教えてあげなければならない。
そのうちミオにもダイアナにも会ってもらって同年代の女の子というものを知り、最終的には魔法学園に通わせられれば御の字だ。
……それに、ミオもきっとデリックがいた方が学園に通うのに安心できると思うのよ。
だから、目指すは普通に話をできること、なのだが……。
「……」
「デリック、あまりきつく引かないで、首が苦しいですから」
「っ……」
アルバートとともにデリックの部屋に入り、イーディスは彼と対面していた。
しかし入ったとたんにデリックはアルバートの後ろに隠れるようにしてこちらをほんの少しちらりと覗き込んでいる。
表情はとても強張っていて、イーディスは肩に乗せているルチアと目を合わせてから、またデリックへと視線を戻す。
「なっ、なんだよその目! 俺が情けないって言いたいみたいじゃんか!」
「カァ」
「なんだっていつもそんな風に言うんだっ。獣の聖者だからって関係ないだろっ」
「カー」
「あんたにはわかんないんだって!」
……今更ながらに思うんだけど、ルチアはこの短い鳴き声でデリックに何を言っているの?
そう考えるほどに、不思議な光景だ。動物の鳴き声に人が言葉を返してまたそれに鳴き声が答える。
話をしているのだとは理解していても、なんだか目の前で奇術でも見せられているような不思議な心地だ。
「ねえ、アルバート……って、どうかしたんですか?」
彼にその不思議な気持ちを共有しようと考えると、アルバートは急に真っ青になっていて、イーディスに声をかけられると思い切り振り向いてガシッとデリックの肩を掴んだ。
「っ、人前でそれはやっていけないと言っているじゃないですか、デリック!」
「だ、だって、ルチアが!」
「そういう問題じゃないんです。どうして無視できないんですか!」
「でもっ」
「申し訳ありません、イーディス、不気味なものを見せてしまって」
今度はイーディスに振り返って怯えた様子でアルバートはデリックを背後にかばうようにして、身を引いて手を広げる。
しかし、滅多に声を荒げない彼に急に強く言われてデリックはそのグレーの瞳に涙をためて「ひっ、ひっう」と泣き出してしまう。
……あ…………参ったわね。
それに、アルバートは焦った様子で彼を振り返って「静かにしてください」と彼を抱きしめるようにして言う。
それに異常な緊張感を感じたので、イーディスは持ち前の笑みを浮かべて、一度仕切り直そうと、提案するためにデリックを抱きしめて落ち着かせようとしているアルバートの背中に触れた。
「っ、申し訳ありません、すぐに静かにさせますから」
かすれるような小さな声で、ひどい早口だった。
「っ、う、っ」
きっとアルバートは今とても酷い顔をしているだろう。
どうやら状況的にアルバートの方のトラウマを刺激してしまう事態になったらしい、その顔を見てデリックはさらに怯えたような目をする。
アルバートはイーディスに背を向けて、膝をついてデリックを抱きしめているので、その肩越しにデリックはイーディスの事を見ているが、とても怯えている様子が伝わってくる。
これならまだルチアと喋っていた時の方が、彼は健全そうだった。
それに、この二人はまとめて元婚約者の被害に遭っていたなら、このイーディス、アルバート、デリックの構図でこうなるのもう頷ける。
「デリック、泣きやんでください。し、静かに、してください」
「でもっ、ううっ」
「お願いしますから」
悲痛なやり取りが聞こえる。それはまるで村に兵士が押し入ってきて、必死に、泣く子供を静かにさせながら逃げる母子のようで、ジェーンは一体この二人に何をしたのだろうと嫌な想像をした。
何をしたのだとしても尋常じゃないほど怯えるアルバートに気分はじっとり重たくなる。
さてどうしたものか、そう考えてルチアと視線を合わせる。
しかし「カァ」と鳴いた彼の声はイーディスの耳にはただの鳴き声にしか聞こえなくて、その言葉を聞き取れるなんて、デリックの能力は素晴らしいと思う。
彼がその力を使いこなせるならば、魔獣の被害を減らしたり、使い魔達がより快適に過ごすことも夢ではない。
それなのに、人前で魔獣と話をしただけで、こんなに怯える彼らはすこし可哀想だった。
ここからの展開をどうしたらいいのかイーディスは少し首をひねる。
一旦イーディスがこの場を離れればこの事態は収まるのか……将又、アルバートがデリックを叱ってさらに拗れたり、確執になったりしないだろうか。
アルバートはどうやら、デリックに対して守りたいという気持ちと、自分も傷つけられたくないという気持ちが絡み合ってデリックに過剰に反応しているような気がする。
そんな彼らを放置して出ていくのも気が引けた。
……でも体は一つしかないし、参ったわね。
うーんと考えてルチアにデリックを任せるなんてどうだろうかと考えていると、ノックの音がして、かちゃりと扉が開いた。
「あ、やっと見つけた、イーディス姉さん。……って、なにしてるの?」
すると非常にタイミングよく、ミオが現れる。彼女はここ数日でめきめきとこの世界の事を覚え、夜には自習をしてわからないところがあったらイーディスに聞きに来るのだ。
いつもなら部屋にいて対応するか、できないときはだいたいアルバートの部屋にいる。それを伝えておくのだが今日ばかりはイーディスも緊張していてすっかり忘れてしまっていた。
「ミオ……」
それを不思議に思ったミオは、イーディスを捜し歩いて最終的にこの場所にたどり着いたのだろう。
名前を呼ぶとミオは質問の為にもってきていた本を持ったまま中に入り、小さくなっている彼らを見つけて、驚いた様子でイーディスを見るのだった。
「え、虐め?」
「違います!」
それから、驚きながらもそういってイーディスを見る。それをきっぱりと否定して、イーディスは彼女を頼ろうと決めて、ミオに向き合った。
「……先日、デリックとアルバートの事については大方話したわよね」
「うん、聞いたけど」
「デリックのトラウマ克服のために手を打とうと思ったんですが……下手を打ちました。少し頼まれてくれませんか、ミオ」
「いいけど、私もあんまり気が長い方じゃないからその、岩が飛んでっちゃうかも」
「……」
……たしかにミオのその癖も十二分に直す必要があるわね。
彼女の言葉にイーディスはそんな風に考えて、とりあえず相性のよさそうなアルバートを彼女に連れて行ってもらうことにする。
ルチアがいるのでデリックとはそれほどイーディスは拗れたりしないだろう。
「ルチア、デリックにアルバートから離れるように言ってください」
肩に乗っている彼にお願いするとルチアは、ぴょんと飛び出してばさりと宙を舞う。それから、デリックの真っ白な頭の上にとまって「かぁ」と泣いて嘴で髪を引っ張った。
「うっ、痛い! 痛いって、っ、離れればいいの?」
「アルバート。立ってください、貴方は一度部屋に戻って落ち着いて下さい」
ルチアが動いたのと同時にアルバートの腕を掴んでぐっと引いた。この程度の力では彼を引っ張って動かすことは出来ないが、驚いた様子ですぐに立ち上がって、イーディスの方を向く。
アルバートの方はデリックと違って、驚いても反射的にいう事を聞いてしまうぐらいで、攻撃してくるようなことは無い。きっと、ジェーンもデリックよりも、アルバートの方を扱いやすく思っていたのではないかと思う。
「ミオ、悪いけれどアルバートを部屋にもどしてあげてくれませんか。質問は明日の朝、まとめて聞きますから」
「……いいよ。わかった。なんかふらふらしてるもんね」
「ありがとう、よろしく頼むわ」
「任せて」
彼女に頼めば任されたとばかりにずんむとミオはアルバートの腕を掴んでとことこと歩いていく。その間にも彼は、どこを見ているんだかわからない瞳で謝罪を繰り返していた。
356
お気に入りに追加
1,207
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。


《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる