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しおりを挟む急に大声をあげられて怒るでもなくそうして聞いてくる様にまた、何でこんなにやさしいんだと腹が立って、ミオはプルプル震えながら、彼女にイラつきをぶつけるように言葉にした。
「そ、そんな風に私にやさしくしてっ、結局は私を利用しようって魂胆なんでしょ!」
「……」
「だって意味が分からないし! イーディスは会った時からずっと優しいけど、正直何考えてるかわかんない。私、優しくされる筋合いないじゃない!」
一度口を開いてしまうととめどなく言葉があふれた。
「嫌な子だったでしょ! 急に貴方を怪我させて怒って、怒鳴って、私、可愛い子じゃないでしょっ!」
元の世界でもよく言われたんだ。理屈っぽいとか真面目過ぎるとか。
そういうのをまったく感じさせないイーディスに何故だか腹が立ってしまう。彼女は何もミオに酷い事なんかしていないのにそう思ってしまう。
「それなのに、自分のところで面倒見てくれるとか言って、こんな風に、部屋とか用意してっ、何でこんなことするわけ!? 意味わかんない!」
言ってみて自分の主張がものすごく子供っぽい事にも、バカバカしい事にも気がつく。だって、これで、はいそうですねって肯定されても、喜べないし、そうじゃないって言われても、結局信じられない。
……こんなことしても意味なんてないのに。……わかってるのに。
それからイーディスの反応が怖くなる。いよいよ怒らせてしまったのではないか、この屋敷から放りだされてしまうのではないか、考えればすぐに岩石がキリキリ音を立てて自分の横に出現する。
……。私って本当にどうしようもない。
そんな風に自己嫌悪に浸って、テーブルの上で拳を握った。その手に落ち着けるようにすっとイーディスの手が伸びてきて、優しく包むように触れる。
それに、ミオはそんな風にされても騙されないとばかりにイーディスを睨みつけるようにしながら彼女を見た。きっとこうして優しく後は抱きしめてきたりしてごまかすのだろうなんて思ったからだった。
そういうのでは説明にならないのだ。それで安心できる人もいるのだと思うけれどそうじゃない。
「……そうね」
イライラしながらイーディスを見ると彼女はまっすぐにミオを見つめていた。それから思案するようにそう口にする。瞳は真剣そのもので、ミオの主張にどうやら真っ向から向き合う気がある様子だった。
「…………ミオ、貴方ってきっと頭がいいのでしょうね」
……え?
何を言うかと思えば、唐突な誉め言葉だった。いや、誉め言葉だろうか、よくわからない皮肉かもしれない。
しかし、続きを聞きたいと思わせる言葉だった。
「そ、れは、どういう意味?」
「……ええと、何と言い変えたらいいのかしら。合理的? 難しいけれど、物事に道筋を立てて考える方が、納得も安心もしやすい子なのかもしれないと思ったんです」
「……」
言われてキョトンとしてしまった。だってそんな話していなかっただろう。急に怒りだして意味わからないと言われても、イーディスにとっては些末な事だったのだろうか。
「だから、ミオは私が貴方に親切にする理由が、ないと気持ち悪いのかもしれないと思ったのよ」
続いた言葉に、きちんと考えての言葉だったのだと納得する。それに、彼女に言われて、妙に腑に落ちてそうなのだといいたくなった。
ごとごと、と音を立てて岩石が床に落ちる。
「普通の召喚された聖女はこちらに来てしまって、されるがままに受け入れる人がほとんどだと文献で読んだことがあります。もちろん戻りたいとは望んでいることは重々承知してるけれど、心の奥底にある不安の方が大きいから人の言う事を聞くのだと思うわ」
「……うん」
「それでも貴方は、不条理を目の当たりにしても、自分の被った被害に対して主張を止めることは無いし、それについての正当性をずっと探している。だから心の置き場がなくてずっと苦しいのではないかしら」
……正当性……そう。だって私何も悪い事していないから。何か犯罪をしたとか誰かの復讐だとかそういう話もなく、説明はいつも、カミサマ、カミサマ。
「だから、私から正当性のない、説明のつかない施しを受けることにも納得できない……のかもしれないなんて考えたわ」
施しを受けたくない。たしかにそれもこれも当たっていて、自分の中だけで渦を巻いていた、気持ちの悪い心地が、息を吐くごとに抜けていくようで強張って強く握っていた手が解ける。
「当たっているかもしれない……たしかに、施しは受けたくない」
「そうね。では一つ、私も自分の思考の癖を話すことにします」
「……癖?」
「ええ、私は、困っている人を囲い込みたくなる癖があるのよ」
手の力が抜けるとするりと優しく手をつながれて、イーディスを見つめる。
彼女は変わらず気さくな笑みを浮かべていて、とっつきやすい雰囲気が醸し出されている。
「私の飼っている魔獣のルチアは、飼育放棄されて弱っていたからもらい受けた子なんです」
「うん」
「あまり大きな声では言えないけれど、旦那……アルバートは気弱な面があるから、元婚約者に搾取されていて、つい囲い込んだような節もあります」
「そうなの? それは……女性からのDVってやつ? そういうの男の人だけがやるわけじゃないっていうもんね」
「DVはよくわからないけれど、おおむねわかる気がするので、そうだと言っておくわ」
……DVがわからないって……こっちの世界にはない言葉なんだ……。まあでも、大丈夫。私、男だからって女の人に暴力振るわれたり、お金を搾り取られるのが平気とは思わないもん。
どんな状況でも、やっていい事と駄目なことは決まっている。それを犯した時点で悪者だ。
「後はデリックの事もあるけれどそれは、あらかた聖女や聖者の知識を覚えてもらってから話をするわね。とにかく、そういう癖があるみたいらしいわ。あまり自覚は無いのだけど」
それから元の話題に戻って彼女は、自覚がないといった。もしかすると誰かに指摘されたのかもしれない。
それに、旦那さんというこれからずっと一緒にいる相手もそういう風な人を助けるような形で囲い込んで、さらに、その人と住む家にミオのような身寄りのない人間を住まわせるとなると、その癖は確実にイーディスにあるのだろう。
……それで、私も同じように、親切にしてくれるってことなんだ……。
「……そういう理由があって、私はミオを迎え入れようと決めたのだわ。……幻滅させてしまったかしら」
心配そうに言う彼女に、少しミオは考えた。人によっては幻滅するかもしれない。自分だから助けてくれたのだとまるで無償な愛を欲する子供のようにそう思う子もいるかもしれない。
でも、ミオにとっては、わかりやすい方がよっぽどありがたくて、イーディスの事をそういう人なんだと理解することが出来る。
「でも、一度迎え入れたからには、キチンと自立するまで面倒を見ますよ。だからなんでも頼ってくれると嬉しいわ。ミオ」
「……わかった」
きゅっと手を握られてミオも静かに握り返した。それから、これからの事を考えた。
そして、これから一緒に生活するのはいいとしても、これからどういう風な関係性になるのか、それもはっきりさせたかった。
「あのさ……私は、イーディスとどういう立場で接すればいいのかな」
「立場…………そうね。歳の差が近すぎて親子のようになんて言えませんから、兄弟姉妹のように、サポートできたらいいと思います。実際に貴族として私の元で暮らす場合には私の両親の養子にはいることもありますから」
「うん。わかった。……えっと、イーディス姉さん」
「!」
それはミオにとっては学園の部活動の先輩に呼びかけるようなつもりだったが、イーディスは姉と慕ってくれる人が増えたとすぐにうれしくなって彼女を引き取ってよかったと、早すぎる達成感を感じているほどだった。
「頼れる姉になりますね」
そういったわけでそんな風に言ったのだ。それに、何でこんなにうれしそうなんだとミオは疑問に思いながらもうんと頷いた。
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