18 / 42
18
しおりを挟むデリックを迎えることにしたのはいいものの、ミオの件もありイーディスは忙しなく働いていた。
彼らを受け入れるために屋敷の余っている部屋に家具を入れ、使用人の数を増やし、ダレルとマメに手紙でやり取りをした。
ダレルはミオの件には当たり前のようにイーディスが面倒を見る為に教会への根回しを済ませてくれていたし、デリックの件について伺いを立てればイーディスの名前は使わずに、アルバートとダレルが、デリックの面倒を見ることになったという体で話を進めてくれるらしい。
アルバート自身も精力的に動いて、仕事をこなしつつも体裁を整えて、着々と準備は進んでいった。
そして難航すると思われてた、デリックの身元の確保は案外すんなりと終わり、ミオよりも先にオルコット侯爵家の若夫婦の屋敷にアルバートの弟デリックが住まいを移すことになった。
先にやってきた彼とイーディスは、仲良くやるつもりでいた。
しかし、デリックの事は任せてほしいと、アルバートはイーディスにデリックを会わせなかった。
それはひとえにイーディスに負担を掛けたくないというアルバートの配慮であり、使用人に様々な面倒を見てもらえる貴族というのは、関わりたくないと思えば案外かかわらなくても生きていけたりする。
しかし、それでも、家族とまではいかなくとも身内になる子供が寂しい思いをしてはいけない。
アルバートはデリックを迎え入れるためにオルコット侯爵家が負担する金銭の穴埋めをするために魔法使いの仕事を増やした。
魔法道具を作ったり、他の魔法使いと協力して大型の魔獣を討伐する立派な仕事だ。
けれどもその分、デリックは部屋に一人、誰ともコミュニケーションを取らない日が続く。
それは流石に子供の発達によくない。
なので今日も今日とてミオの部屋を整える仕事を続けつつ、イーディスは、キッチンワゴンに昼食を乗せて、心ばかりのデザートを自作してから、デリックの部屋へと向かった。
アルバートの部屋の近くに作ったその場所だが、今だにデリックは屋敷にやってきたその日以来、部屋から出てきてはいない。
ノックをすると、イーディスの肩に乗っていたルチアも「カァ」と挨拶するように言う。
その行動は、この部屋に来たときのみのもので普段は特にイーディスが誰の部屋を訪ねてもそういう事はしない。
……きっと獣の女神の聖者だからね。獣の姿をもっているだけではなく、魔獣を使役すると聞くし、何か特別な関係を感じているのかも。
そんな風に考えながらも声をかけた。
「ごきげんよう、デリック、今朝はよく眠れましたか? 昨日はアルバートの帰宅も夜遅かったし夜更かししているのではないかと心配していました。あまり遅寝をすると子供の体にはさわりますからね、朝、きちんと起きられるように眠るのが大事ですよ」
話しかけても返答は特にない、中から出てくるということもないので、少しは反応が欲しかったりする。
しかし、それでもこれはイーディスの自己満足でやっていることだ。
それに結果が伴わなくてもやるだけで満足だ。
もしかすると部屋の中にいるデリックは、まったくイーディスに興味もなくて今日も真面目腐ったことを一言言ってから食事を置いていくおばさんが勝手に喋っていると思われているかもしれない。
そうだとしたら、やっぱり少しだけ悲しかったけれど、そうではないかもしれないし、とにかく何でもいいのだ。
ただイーディスは面倒を見るのが好きな人間だ。
「それではまた明日、デリック、冷めないうちに食事を食べてね」
キッチンワゴンの車輪をロックしてイーディスはいつものようにそれを置いて部屋の前を去ろうとする。
しかし、そこでルチアがばさりと羽ばたいて、ちゃっと音をさせながら銀製のワゴンの押し手に止まった。
「……ルチア、行きましょう。私たちも食事の時間だわ」
そういって手を差し出すけれども、ルチアはその美しい瞳をイーディスに向けてキョトンとするだけで、イーディスの手に乗ってこない。
普通のペットならばそこで捕まえるなり、動物の気まぐれを仕方なく思う所だが、ルチアはカラスの体をしているけれど魔獣で風の魔法だって操る凄い子だ。
そんな彼がここにいるのだと主張してくるのならば、イーディスはそれを受け入れるだけだった。
「お腹がすいたら、私の元に来てくださいね」
「カァ」
「では、また後で」
彼の主張に沿った言葉を言うとルチアは一つ返事をして、ゴキゲンに体を揺らした。
それに、彼がこんなに機嫌がよさそうなのは珍しいと思いつつも、イーディスは部屋の前から去っていったのであった。
しかし、廊下を曲がり階段を下りる手前でふと立ち止まった。
……もし、デリックが出てくるのだとしたら……気になる。
このままダイニングへと向かって食事をとる予定だったが、ルチアがそこに残って、彼はデリックの姿を見られるのだとすると、うらやましく思ってしまう。
なんせデリックはこの屋敷に来た時も大きなローブをかぶっていて、少年だということはわかっていたが、べったりとアルバートに張り付いていて、離れなかったのだ。
だからまったく声を聴いていないし、顔も見たことがない。
来たばかりの時には一緒に暮らすのだから、いつか見ることが出来るだろうと思って気にしていなかったのだが、こうして彼は部屋からまったく出てこない生活を送っている。
そうなると一目だけでも、見てみたいと思うのが人の心というもので、盗み見るなんてよくないと思いながらも、一目だけ、と言い訳をしてほんの少し廊下の曲がり角から顔を出してみた。
「!」
すると丁度良く扉が開いて中から彼が出てきているところだ。
しかし、不思議なことにデリックぐらいの年頃の少年の頭のあるべき場所には何もなく、キッチンワゴンに止まっているルチアに鼻先を向ける立派な白銀の狼の姿があった。
……あ、ルチアが、食べられ、て、しまう。
突然の事に、思わず彼の元へと向かおうかと思ったが、彼は列記とした魔獣で、風の魔法だって使える凄い子だ。
ここでイーディスが飛び出して驚かせてしまったら、それこそデリックもルチアも驚いて大変なことになるかもしれない。
そんな考えが、イーディスの足をぐっとその場にとどめて、物珍しそうにルチアに鼻先を向けてスンスンと匂いを嗅いでいる狼、もといデリックをじっと見つめて、それからツンッ!と嘴でつついた。
「ヒャインッ」
……え。
鼻を突かれてデリックはびくっと飛び上がり、子犬のような声をあげる。
そして驚きそのままに後ずさって、足がもつれて廊下にゴロンと転がって、足をバタバタさせる。
それから尻尾を丸めて、ガチャガチャと爪の音を鳴らしながら部屋へと入っていき、勢いよく扉が閉まった。
……獣の聖者が魔獣の姿になれるとしっていても、驚く気持ちと、ルチアに物理攻撃だけでデリックが負けたのに驚く気持ちが半分半分だわ。
いや、別に、あんなに威厳がある姿で、嘴でつんとつつかれただけで逃げ出すような臆病っぷりがアルバートと重なってなんだかおもしろいとか思っていない。
獣の姿を見られたのもうれしいし、何なら獣の聖者の神聖性を感じて少し恐れ多いが、それよりも妙な親近感を感じてしまう。
全くの未知数で、イーディスの手に負えないとんでもない子だったらどうしようという気持ちもあったが今の一瞬で軽く吹き飛んだ。
しかし、笑うのは悪いだろう。ここは、狼の魔獣という人間も襲う恐ろしい姿をしているデリックを恐れないルチアという相手が悪かった。
そんな風に考えて、それでもやっぱりなんだか可愛くて笑みを浮かべて見ていると、ルチアがまた一つ「カァ」と鳴いた。
すると恐る恐るといった具合に、扉が開いて、中から出てきたデリックが、姿を変えて人の形になる。
そうすると初めて会った日と同じくらいの身長になって、その髪はさらりと白い白髪で、瞳もグレーの綺麗な男の子だった。
彼は、何やらルチアに話しかけている様子で、またルチアが一つ鳴くと仕方なさそうにキッチンワゴンごと部屋の中へと連れていく。
それにとっても不思議な物を見た気持ちになりつつ、イーディスはもうこれ以上ここにいても仕方ないのでダイニングに向かった。
彼らはこれから二人で何をするのかと、気になるけれど、そこは想像できっと毛繕いでもするのだろうと補って、ほんわかした気持ちになるのだった。
413
お気に入りに追加
1,207
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。


《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる