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しおりを挟む二人でテーブルを囲んで夕食を共にする。食事を取るときに動物をそばに置くのはマナー違反なのでルチアは部屋でお留守番だ。
給仕をしてくれる使用人が、デザートのお皿をサーブして、そのデザートの小さなケーキの上に懐かしい花の砂糖漬けがのっていて、イーディスは思わず表情がほころんだ。
「このお花の砂糖漬け、アルバートと契約結婚を結んだ日にも同じものを食べたわよね」
朗らかに言って、彼に視線を向けるとイーディスの笑みにつられるようにアルバートも緩く微笑んだ。
「そうだね。実は、あの時初めて食べたんだけど、少し苦みがあって意外な味に驚いてたんです」
「そうだったの? 全然気がつきませんでした」
「はい、俺、節制していたので知らない事も多くて……」
昔を思い出している様子で彼は少し表情を曇らせた。
それにこれからたくさん知っていけばいいとフォローを入れようとしたが、丁度、この食事を終えてリラックスするタイミングなら、話をしやすいかと思い、切り出すことにした。
「貴族なのに不甲斐なくてすみません、イーディス」
「……私はいくらでもこれから知っていけばいいと思うし、気にしてません。……ただ、一つ、気になっていることがあるわ」
「……」
声のトーンを落として彼を見た。真剣な話だと伝わるように、目を合わせるとアルバートはすぐに察して硬い表情をする。
「それほど緊張しないで、ただ少し気になっている程度の話ですから」
「はい」
緊張しすぎもよくないと思い、緊張をほぐすようにぱちんと手を合わせて、少し微笑む。
しかしやはり、責めるつもりはないけれど、責められていると勘違いしてしまわないだろうかと少し不安になった。
……でも、なんでもないなら、大丈夫なはずよね。
それなりに彼の事をイーディスは信じている。緊張している彼につられてドキドキしてしまった自分を落ち着けるようにそう考えて気楽に言った。
「昨日、私が出かけた後に、一人で出かけたらしいというのを使用人からきいたんです。そのことを教えてもらっていなかったから、どこに行っていたのか気になりまして」
もちろん誰から聞いたとは言わずに、ふんわりと用事でもあったのかと問うように聞いた。すると彼は、一度目を大きく見開いてそれから固まる。
それはもう硬直というか、頭が真っ白という言葉がしっくりくるような様子だった。
「……」
「……」
「……」
「……アルバート」
決して怒っているわけではないと、言おうとしたのだが、彼はイーディスに呼ばれてガタンッと反射的に立ち上がった。
「っ、……」
突然の出来事に、イーディスも驚いて彼を見る。
とても思いつめた顔をしていて、何度も瞬きをして眉をしかめてイーディスを見ようとせずに机を見つめて、尋常ではない様子だ。
眼がギラギラしているというか、変に緊張しているというか、下手に刺激すると風船が破裂するように爆発してしまいそうな緊迫感を感じた。
そんな緊迫感に何もできず、ただ見つめていると、彼の瞳は焦点のあってないようになって、瞳に涙がたまっていく。
……え。
それは瞬き一つしていないのにアルバートの空色の瞳からぽたぽたとしずくを落として、よく見ると汗が首筋を伝って落ちていった。
「も、もうしわ、ヅっが」
そのまま震える体で急に膝を折って、跪こうとしたか、何かをしようとしたらしいのだが、彼は勢いそのままにテーブルに頭を打ち付けて痛みにもだえるように「っ~」と額を押さえた。
「アルバート、お、落ち着いて」
痛みで目が覚めただろうと思い、イーディスも立ち上がって彼のそばまで行くと彼はまた怯えたような目をしてイーディスを凝視し、そのままうかがうようにじっと見ながら涙をこぼし恐る恐る、イーディスの前に跪いた。
「申し訳ありません、もうし、はっ、ありません」
さらりとした彼のみ空色の髪の頭が足元にあって、これでもかと小さくなって謝罪をする彼は、どうあっても苦しそうで、しかしどうしたらいいのかわからない。
……呼吸も苦しそうだし、泣きながらそんな風に謝るなんて、いったい何をしたらそんなに罪悪感が持てるの……。
彼の態度に、とんでもない事態なのではないかと思うが、その自分の衝撃から、とにかく苦しそうな彼に畳みかけるように聞くようなことは出来ず、その背中にそっと手を置いた。
その背中すら触れただけで熱くて、体が発熱するぐらい酷い緊張状態にあるのだと思う。
「本当に、ひ、すみません。は、はっ、申し訳ありません」
「わかった。許します。とにかく許しますから……ええと」
強張って握りしめている手に触れて、包み込んで手の甲を摩った。
……もう食事をとろうという感じではないし、ここにいては使用人の仕事を邪魔してしまうものね。
選択を誤ったと思う。こんな風になるのならば、自室で二人きりの時に聞けばよかった。
そうすれば彼自身もこんな風に跪いているところを使用人に見られる心配もなかったはずなのだ。
……仕方ない部屋に戻るように促して、ここを一度離れるしかないわよね。
しかし荒く肩で呼吸をして涙を流し続けているという事には変わりはなく、このままでは自室に戻る間にいろんな人に彼の異常事態を把握されてしまう。
別に自分たちの屋敷なのだから構わないという考えの貴族もいるだろうが、それでは屋敷の主人としての威厳が失われてしまうだろう。居心地が悪い屋敷に住んでいたい人間などいない。
「一度皆さん下がってください、私たちは夜風に当たってきます」
顔をあげて戸惑っている侍女たちに告げて、イーディスはアルバートの手を引く。
「立ってくださいアルバート。何をしたのだとしても、アルバートがそうまでする理由にはなりません。行きますよ」
少し強い口調で言って、彼の手を強く引く、ぐっと力を込めて引っ張ると、今気がついたとばかりに今度は急に立ち上がって酷い形相でイーディスを見つめる。
そのまま手を引いて、庭園を眺められる位置についている掃き出し窓からテラスへと出る。
灯りも持たずに歩みを進める。これならば、夜の闇に紛れて彼が取り乱してもその顔を見るものはいないし、屋敷の中の仕事は滞りなく進む。
向かい合ってガーデンテーブルに座るのが本来のイーディスとアルバートの正しい距離感だが、そうも言っていられない。柵のそばに設置されている長椅子に座らせて、隣に座って彼がおちつけるように背中を摩る。
「……アルバート、大丈夫です。一度落ち着いてください。今は何も言わなくても良いです。私はきちんと待っていますから」
丁寧に言葉を紡ぐ、言い聞かせるように低くゆっくりと話した。それに耳を傾けているのかいないのか、彼は思いつめた顔のまま獣のように荒く呼吸をしてじっと一点を見つめている。
その瞳からは変わらず涙がぽたぽたと流れ落ちていた。
大きな背中を撫でつつもイーディスは、ふと昔の事を思いだした。
イーディスの妹であるダイアナは炎の魔法の使い手だ。
何にでも情熱的ですぐに熱くなる。それはいい所でもあり、同時に苦労する点でもある。真面目過ぎて衝突してしまったり、幼いころには癇癪も多かった。
仕事ばかりの父や母に構ってもらえず、自分の頑張りに評価が得られない。ナニーはダイアナの癇癪をしかりつけ、酷いときには一日中泣き叫んでいた。
そういう時にはいつも歳の近いイーディスが彼女の慰め役になってあげていた。
そうしていつかきっと報われるときが来るから、と声をかけて待ってやる。そのぐらいしかできなかったが、昔はダイアナからあれやってと求められるぐらいには気に入っていたらしい。
今では可愛らしい思い出だ。
「っ、……はぁ、っ、……」
次第に呼吸も落ち着いてきて、ぽんぽんと背中をタップするだけにとどめる。こうすると子供が落ち着くのは母親の体の中にいた時の心音を身近で感じられて安心するからなんだそうだ。
こんなに大きく育っている彼にその効果があるのかわからないし、まだ子供を育てたこともないイーディスなのでほんとかどうかもわからなかったが、人の心音に安心する気持ちはわかる。
イーディスが安心するのだからきっと彼もそうだろう。そんな風に結論付けて、しばらく夜風に当たりながら過ごした。
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