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しおりを挟む一歩一歩と歩みを進めるごとに、彼女は目をみひらいて、興奮したギラギラとした瞳でイーディスをにらみつけた。
「皆して、カミサマ、カミサマってバッカじゃないの?! ふざけんなっていってんの!! 家に帰してよ!!」
ソファーの後ろに立っている彼女に、あともう少しで触れられるという距離まで来た。
するとそんなイーディスに反応するように彼女のすぐそばに岩石が精製される。
これ以上近づいてくるな、そんな警告に感じた。しかし、イーディスはそれを無視して、一歩踏み込む。
瞬間バチンと耳のそばで音がしてし、びれるように頬から耳にかけてが痛む。
「っ、それは、今の私にはできないっことだけれど……とりあえず、わけのわからない状況から、いろんな説明をすることはできると思うわ。外に出て色々なことが実感できるように、ダレル国王陛下に話をつけてくる」
ジンと痛みが響いて、少し困るがそれだけだ。彼女はきっと混乱しているだけで、それほど元々の攻撃性は高くない。
他人を簡単に傷つけられる人間は、こんな風に怯えたりしない。口先だけではなく一人二人殺せるなら殺すだろう。
それをしないということは、見栄を張っているだけだ。
ただの威嚇、それか人殺しもできるが得意ではないのだと思う。だからイーディスが傷つけるつもりがまったくなければ、大丈夫……だと思ったのだけど案外思い切りがいいみたいだ。
そんな風に考えてから、一息ついて彼女を見た。
やってしまったと顔に書いてあるような表情をしていて、それにやっぱりダイアナと同じぐらいの歳のただの女の子だと思った。
……ただ少し、気が強いのね。それに、国王陛下夫妻は、きっとミオに会いに来るときに騎士を連れていたのだと思う。
急に見知らぬ土地で、交換条件を出されて男性に囲まれたら怖いわよね。
「……」
しかしそれにしても、彼女はものすごく驚いた様子で固まっている。それにやっぱり猫みたいだと思いながらイーディスは持ち前の気さくな笑顔で、話しかけた。
「丁度、ミオと歳の同じくらいの妹が帰省しているのよ。普段は魔法学園に通っているのだけど……よく考えたらあの子、進級できるのかしら。あ、まぁいいのよ、色々、焦って決めるよりも少し時間を掛けた方が、良い選択ができると思うの」
「っ、あ」
こうして会ってみて、やはりダレルの話も一理あるがやっぱり性急すぎると思う。彼女には聖女の力がある。ゆっくりと状況を受け入れて、行く先を決めればいい。
……ダレル国王陛下も私に預けるようなことを言っていたし、しばらく時間を置くことは大切よね。……ああ、でも一度持ち帰ってアルバートとダイアナにぐらいは相談しないといけないわね。
考えつつも不安にさせないように、イーディスは笑みを浮かべた。
「ひっ、っ」
しかし、それにしてもミオはすごく怯えている。そんなに驚かなくても大丈夫だ。すこし耳に掠っただけのような傷、水の魔法の魔法道具を使ってイーディスでも軽く治せるのだ。
……このぐらいのかすり傷……。
考えつつも首筋につうっと水分が流れて、背筋がぞわっとする。目線を自分の体に落とし、ドレスを見るとだらだらと血が流れていた。
……かすり傷?
咄嗟に首筋に触れるとぬるっとした感触があって、それからゆっくりと耳に触れると、まあるい半球状の作りをしているはずが、変な形に欠けていた。
「……とにかく、一度、主人と妹と相談してからまた来るわ。必ず来るから、少し待っていてね! 私の事は気にしなくていいですから!」
……参ったわ、耳が欠けてる、通りで痛いわけね。
イーディスは思った以上の大怪我に頭のなかはパニックになっていた。しかし、せっかく、驚きで素に戻ったような彼女を混乱させるのも良くないだろう。
まったく当たり前みたいな顔をして、ニコッと笑みを浮かべて、耳を抑ええているのとは、反対側の手でミオの手を取る。それから目線を合わせて、そんなに怯えなくても大丈夫だと訴えかけた。
ダレルもラモーナも悪いようにはしない、もちろんほかにも目を向ければたくさんの人がいる。
「ミオ、今日は会えてよかったわ! 次に会った時には貴方の話を聞かせてくださいね」
「っ、……」
次の約束をしてイーディスはミオから離れて踵を返す。最後まできちんと会話は出来なかったと残念に思ったが背後から、小さな声で「ごめんなさい」と謝罪が聞こえた。
それに振り返って「気にしないで」と言ってからイーディスは部屋を出た。数歩歩みを進めていると、痛みが広がって、じっとりとした脂汗がにじんでくる。
これは流石に、ちょちょいと水の魔法道具で治せたりはしない。
自分魔術として魔法を持っている人間はとても効率よく魔力を使うことが出来て、こんなに血がたくさん出るような怪我でもそれほど苦労せずに治せるが、これをイーディスが治そうとすれば、魔力欠乏で倒れてしまうかもしれない。
……色々とダレル国王陛下に話はあるけれど、流石にこのままではお目にかかれないわね。
そう判断して適当な使用人に、戻ってからすぐにミオについて手紙を出すと伝えて王宮から帰るのだった。
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